第40話 光と闇が合わさるとかっこいい

 秩序の女神と出会った経緯はなんとなくぼかし、彼女から世界を救って欲しいと頼まれたこと。そして、魔の者が復活しようとしているから世界に散らばっているらしい女神の力なんかを集めてなんとか女神をこの世界に顕現させなければならいって使命を与えられていること。そして、魔の者が既に世界中で動き出しており、俺が2回ほど魔の者の関係者と戦いになったこと……今までに起きたことを全てセレス姫に対して喋った。

 俺の話を聞きながら百面相のようにころころと表情を変えていたセレス姫は、俺が話を締めた瞬間に紅茶のカップを手に持った。大胆にカップの持ち手に指を突っ込んで、口元に持っていた紅茶のカップは……セレス姫の手の震えによってカチャカチャと音を立てながら水面にも波紋を生み出していた。


「……なるほど」

「あの、無茶して飲まなくてもいいのでは?」


 さっきまで優雅に紅茶の持ち手を外から支えていたのに、今はしっかりと指を突っ込んでいる。まぁ……多分自分の手が震えてまともに紅茶が飲めないことを察していたんだろうけど、そうまでして飲まなくてもいいから。


「げ、激動の人生、ですのね」

「ここ数週間の話だけどね」

「んぐっ!? げほっ!?」

「あぁ……ごめん」


 最初に魔の者に騙されてしまった男と戦ってからここまで数週間しか経っていないのだが、それが余計にセレス姫の動揺を誘ってしまったようだ。


「ふ、ふぅ……貴方が、魔の者とかなり因縁深いことはわかりました。だから、ティリエル王家が呪われていると知っていたのですね」

「んー……まぁ、それは別件なんだけども」


 女神から与えられた力によって魔法を見ただけで模倣でき、書物で読むだけでも数日で習得することができる俺は、今でも暇があれば積極的に魔導書を呼んでいる。その中に、特筆するべき魔法であるとして書かれていたのが彼女の言っている呪いによって生み出された特異な魔法。


「まさかなんて言える訳ないだろうしな」

「……そうですね」


 ティリエル王家が呪われることになった原因とは、かつて何かしらの存在との戦いで傷ついた魔の者の肉片を、喰らったことである。今でこそティリエル王家なんて偉そうな地位についているが、かつてティリエルの姓を持っていた人間はただの農民であり、飢饉に対抗する手段はなく……仕方なく天から降ってきた神の肉体を貪ったらしいのだ。勿論、魔の者はその程度で死ぬような存在ではないが、見下していた女神の人形である人間如きに自らの肉体を食われたことに怒った魔の者は、その一族を呪った。


「闇の呪いはその身を蝕み……長生きすることができない」

「そうです。しかし、私たち一族はその呪いを逆に利用した」

「それがティリエル王家相伝の魔法……暗黒魔法か」


 固有魔法の一つになるのであろう、暗黒魔法。それはティリエル王家が自らの身体の内側を蝕み続ける呪いを外に出す形で放たれる非常に強力な魔法。その力は女神の魔法とされる神聖魔法と同格、あるいはそれを超えているとされるほどの威力を持っている。まぁ、女神が人間に授けただけの神聖魔法と、魔の者が本気で呪った魔法では格が違うだろう。

 ティリエル王家は、自らの身体の内側を蝕む呪いを外に放出することで呪いを消そうと考えていたらしいが、実際には強い魔法が生まれただけで呪いを放出することなどできないでいる。ただし、根源が身体を蝕む呪いなだけあって、暗黒魔法には魔力消費が存在しない。短い寿命と引き換えに、神聖魔法よりも凶悪な魔法をその身に宿した……見方によってはまるで悪魔と取引して力を得ている一族みたいなものだ。だからこそ、その事実を公表しなくなったんだろうけど。


「貴方が依頼を引き受けてくださってよかったですわ。何も知らない人間が暗黒魔法を見れば、きっと恐れてしまうから……」

「恐れられる、か」

「はい。ティリエル王家はアルティリアの民から恐れられているのです。当然ですわね……あんなドス黒い、人間が発するようなものではない魔力を身体か発し、何処まで残酷で凶悪な魔法を扱い一族ですもの」


 価値観の違い、かな。

 ドス黒い魔力に関してはこちらの国でも恐れられる原因にはなると思う。それぐらい、ティリエル王家が発する魔力……いや、延々と受け継がれる呪いは人間を忌避させる力を持っている。しかし、暗黒魔法に関してはこの国で嫌うのは……神聖魔法のことを異様に崇めている一部の狂信者だけじゃないだろうか。なにせ、このフェラドゥにおいてもっとも価値の高いものは、力だからだ。力のない者は日々を慎ましやかに生き、力のある者は傲慢に全てを手に入れることができる……それがフェラドゥという国だ。


「あの……こんなこと言うのも変なんだけど」

「はい?」

「暗黒魔法、迷宮に行った時に見せてもらえると嬉しいなーって」

「……何故?」


 不快って感じではなく、心の底から理解できないって顔をされてしまった。まぁ……その呪いによって苦しんできた人間としては理解できないかもしれないけど、俺は魔法を模倣することでなんとか探索者やってるからな。最近、女神が残した外套を手に入れはしたけど……これだって敵を消し飛ばすことができる、みたいな攻撃アイテムではないから。

 神聖魔法を模倣することができたんだから、暗黒魔法もできないかなーって思っているんだ。精霊魔法は精霊と契約しなければならないって制約があるから俺には模倣できないが、呪いから生じた闇の力を扱う魔法なら、なんとか魔力で疑似再現できないかなと思っているのだ。


「興味があるんだよ。暗黒魔法だけじゃなくて、魔法そのものに」

「いい、ですが……その、本当に何故? 不快ではありませんか?」

「こっちが聞きたいんだけどね」


 君のトラウマとか知らないけど、興味あるから見せてくれよって普通に考えて馬鹿みたいなことを言っている自覚があるから、無理にとは言わないんだけど……セレス姫的には見せるだけなら何の問題もないらしい。ただ、見せて欲しいなんて人生で一度も言われてこなかったからなのか、心底不思議そうな顔をしている。

 もし、俺が本当に暗黒魔法を模倣できるとしたら……それはかなり凄いことなのではないだろうか。だって秩序の女神から人間が授かった光の力である神聖魔法と、魔の者が人間を呪うために与えた闇の力である暗黒魔法、その両方が使えたら……マジでかっこいいし強いと思う。

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