第39話 呪いの被害者

 結局、迷宮に少し潜るだけでそれなりの報酬を貰えるということで受けることに決まった。勿論、セレス姫を連れて地下迷宮の中に入ることのリスクはあるが……取り敢えず入口付近だけでも見ておきたいというセレス姫の意向を汲んだ形になる。

 シェリーは地下迷宮の恐ろしさを知っているので、素人が入ることにはやはり懐疑的な部分もあったようだが、俺とメレーナがなんとか説得することで頷いてもらった。実際に入ったら俺かメレーナが常に護衛につくのがいいか……いや、メレーナだって実力はあるけど地下迷宮に入るのは初めてなんだからやはり俺が適任か。


「依頼、引き受けて頂きありがとうございます」

「あぁ……まぁ、色々とね」


 その日のうちにさっさと迷宮に入りましょう、と言うセレス姫を、迷宮は危険だから入るには万全の準備をしてからでないと後悔することになると今度は俺とシェリーが2人で説得した。準備に1日欲しいので、建てたばかりで部屋の空きも多いギルドハウスに泊まってもらい、準備が終わるのを待ってもらっている。


 夜、俺が1人で酒をチビチビと飲みながら迷宮探索に必要なものをちょっとずつ書き出していると、いつの間にか近くにセレス姫が立っていた。闇の中からゆっくりと現れたことにちょっと驚いたが、別にこちらに害を与える訳でもないので放置していたら、そのまま俺の正面の椅子に座って手に持っていた酒を奪われた。


「ん……弱いですね」

「……酒はそんなに得意じゃないからな」


 アルコール度数が弱めの、ほぼジュースみたいなものを飲んでいたから、セレス姫には微妙な顔でアルコールが弱いって言われてしまったが、そもそも俺はアルコールの味が得意ではないので普段は飲まないのだ。

 酒を全部飲み干したセレス姫は、そのまま机に突っ伏しながら俺の手をつんつんと突いてきた。なんか、付き合ってからそれなりに年数が経過したカップルみたいなことするのやめてくれませんかね。直接言う勇気はないのでそのまま放置しているが……多分、セレス姫はなにかしらのことを喋りたくて俺の所まで来ているんだと思うんだが。


「呪われた血族」

「ん」

「知ってるんですよね?」


 急になにか言ったなと思ったらその話か……やっぱり知られていることに抵抗があるのだろうか。


「アルティリアではそのことを知っている人は少ないんです。かなり昔に情報統制があって……民衆で知っている人は殆どいないはずです」

「自国で知らなかったら、そりゃあ他国の人間がもっと知らないと思うよな」

「えぇ……だから、貴方がそのことを知っているとわかった時、これでも驚いたのですよ? まさか私たちの過去をしっかりと知っている人間がいるなんて、夢にも思わなかったんですもの」


 そりゃあ、自国でずっと前に規制したものが海を越えた先で残っているとは思わなかったんだろうが……まぁ、これに関してはあんまり首を突っ込む話じゃないから黙っておこう。


「構いませんよ。私たちの過去の行い……その全てをお仲間に話していただいても」

「あー……いや、人の過去ってあんまり穿り返すものじゃないかなって」

「私は先祖を愚かだと思いますけどね」


 結構がっつり自分の祖先のことばを馬鹿にするんだな。


「考えても見てください。普通に考えてそんなことされて当たり前だろうと思うようなことしかいていないんですもの。ですから、私は過去のことを話すべきではない恥ずべき行為ではなく、しっかりと語り継いで繰り返してはならない恥ずべき行為だと考えています」

「……君、王家の中で嫌われてたりしない?」

「滅茶苦茶嫌われていますね。国王と正妻の間に生まれた子供だから王位継承権第7位の地位を与えられていますが、私にその機会が巡ってきたらまず間違いなく暗殺されるだろうと、自分でも覚悟していますわ」


 おぉう……そりゃあ、王家が今までひた隠しにしてきたものを平然と口にするべきだと主張する女なんて、滅茶苦茶嫌われるだろうな。


「幸い、今はただの変人として扱われているので敵とも思われていませんが……私が王位を求めていると思われたら、速攻で殺されますわね」

「狙ってるの?」

「まさか。あんなお先真っ暗なクソ国家……失礼、口が悪くなりましたね。とにかく、私はアルティリアの王位になんて興味ありませんの」


 自国のことお先真っ暗なクソ国家って言わなかった?


「ダンジョンに潜ってモンスターの研究をしたいのは、このについて色々と考えたいからです。この呪いはモンスターの存在が深く関わっていますから……だから、通常のモンスターとは生態からして全く違うと噂の地下迷宮には入ってみたかったのです」

「呪われた過去のことは気にしてないけど、呪いは解きたいんだ」

「当たり前じゃないですか。それとこれは別です。誰が好き好んで呪われたまま生きていたいなんて考えるんですか」


 言われてみれば、そうだな。呪われた過去のことは教訓としてしっかりと語り継ぎたいけど、それはそれとして血族にかけられた呪いは解いておきたいってのが考えなんだな。なんというか……こういう言い方は失礼かもしれないが、ちょっと庶民的と言うか。王家の人間なんて言うから、もっと高飛車で意味わからないことばかり言っているものだと思ったんだが、研究者だからなのか知らないけど普通の感性をしている気がする。シェリーとかの方がぶっとんだ感性してるよ。


「ん……なんとか協力したいな」

「何故? 地下迷宮に入ることには手伝ってもらうつもりですが、呪いについては私たち王家の問題……貴方には関係ないはずでは?」

「俺も、魔の者とは色々とあってね」

「魔の、者」


 その名前が出た瞬間に、セレス姫が纏っていた雰囲気が変わった。

 掴み所がないふわふわとした謎の雰囲気だったのに、急にこちらを刺すような気配に変わったのだ。勿論、俺が魔の者の名前を出したからだろうってことはわかるんだけども……そこまで変わるものなのかと思ってしまった。


「この呪いについて知っていることにも驚きましたが、まさか魔の者が口から出てくるとは思いませんでした。詳しく、説明してもらいましょうか」

「いいよ」

「……軽くないですか?」


 いや、俺にとっては秩序の女神に頼まれただけのことだから……滅茶苦茶深刻な問題って訳でもないんだよな。勿論、協力してくれって言われたら協力するけど、それはそれとして世界を救ってくれって願いはなんとなく曖昧でわかりにくいからさ。

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