第38話 呪われた血族
アルティリア王国……それは迷宮を中心に昔からずっと栄えていたフェラドゥとは対照的に、昔からずっと貧困に喘いでいた国である。国としての歴史は長いが、その歴史は常に戦争と分裂、そして併合の繰り返しだったらしい。
フェラドゥとは隣国、と言っても大きな海峡を越えた先にある国であるため、国同士の友好関係は殆ど存在しいてなかった。時折、海を越えてフェラドゥの迷宮を目指してやってくる探索者はいても、国際的な交流があった訳ではない。そもそも、貧困と戦争によって常に荒れていたアルティリア王国がまともに国際的な外交ができるようになったのがここ十数年の話なので、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
そんな隣国の王位継承権を持っている女性が、俺たちの前に座っている。しかも、王位継承権第7位なんて少し手を伸ばせば王座に手が届きそうな程の血縁者……恐らくは現王の直接の娘と思われる人間が、紅茶を片手にこちらのことを観察していた。
「あー……セレス姫?」
「セレスで構いませんわ。アルティリアの姫と言ってもフェラドゥには関係のないこと……それに、恐らくですが私よりも貴方たちの方がいい生活をしているはずですから」
「そんな貧乏なの?」
「そうですね……フェラドゥの迷宮が生み出す利益だけで我が国の経済を傾けることができるぐらい、と言っておきましょう」
えげつない格差だな。しかし、確かによくよく見てみると……セレス姫が身につけている装飾品は良く磨かれて高級そうに見えるが、原材料はそこまで高くなさそうだ。フェラドゥの貴族がじゃらじゃらと身につけているびかびかの宝石のような汚い輝きは見せていない。
「それで、姫様が国を渡ってまでわざわざ迷宮の調査を依頼とは、フェラドゥの機密を手に入れたいと言うことでいいんですかね?」
「んー? いえ、私はモンスターについて幼い頃から研究していまして……迷宮のモンスターは通常のモンスターとは生態そのものが違うと言う話を聞いたことがあって、それについて詳しく研究してみたいと思っただけですわ」
俺は少し考え込んでしまった。困ったことに、セレス姫の言葉には嘘がなにも含まれていない。つまり、彼女は政治的になにか用事があったとか、フェラドゥを追い抜かしてアルティリアを繁栄させるためにダンジョンについて調べに来たとかではなく、単純に迷宮に興味があったから来ただけなのだ。これは……扱いに困ってしまう。
もし、彼女がアルティリアのためにフェラドゥにやってきたスパイみたいな存在だったとしたら、多少雑に扱ってもスパイだったからと言えば、きっとフェラドゥはアルティリアとの対決姿勢を示す為に俺たちを庇ってくれただろう。もしくは、丁重に扱っても俺たちはアルティリアの偉い人をしっかりと守ったという事実と相手が誰であろうともしっかりと仕事をこなしたという実績が残る。しかし……セレス姫は自分は興味があってきただけだからそこまで気にしなくていいと言うのだ。
「……まず、他国の姫様を相手に雑な扱いなんてできないですし、研究してみたいからと言って、迷宮に連れて行くなんてまぁ……無理ですよ」
彼女はモンスターについて研究したいと言っているが、それはつまり迷宮の内部にまで入りたいと言っているのだ。探索者協会の規定として、フェラドゥの地下迷宮に入るには探索者であること、もしくは特別な許可を貰わなければならない。当然、アルティリアの出身である彼女は探索者の資格なんて持っていないし、許可を貰うにはその身分を明かさなければならない。隠れて迷宮に連れて行ったなんて知られたら、俺たちが一発で探索者の資格を剥奪されてしまう。
「そこら辺は調べました。許可は普通に貰えそうなので問題ありません」
探索者協会……なにしてくれてんだお前。
普通に考えて他国の姫様に死地に入る許可を出すか!?
「それに……貴方が思っているよりも、私は弱くありませんわ」
瞬間、シェリーが魔力を練り上げ、メレーナが弓を手に取り、俺は紅茶を啜った。幾つかの物が落ちて茶器が割れる音と、小さな悲鳴が聞こえてくる。
シェリーとメレーナは何を暢気にお茶を飲んでいるんだと、冷や汗を浮かべながらこちらを見てきた。確かに人間の本能に訴えかけるような、不吉な気配を全身から醸し出されればそういう反応にもなるかもしれない。
王立魔導図書館で何気なくパラパラと魔法について書かれた本を読んでいた俺は、事前に知っていたから彼女が身体から放出する人間の悪意を煮詰めたようなドス黒い気配を浴びても特に驚きはしなかったが、シェリーとメレーナはそうでもないらしい。
「……人の往来が多い所でやることではありませんでしたね」
ちらりと店の外を眺めると……誰もがなんとなく早足になっていたし、店内の店員と客が物を落としたり、冷や汗を浮かべながら悲鳴を上げたりしていた。
「なんでそんなに冷静なんですか、リンネさん」
「ん? あぁ……ティリエル王家が扱う相伝の魔法はそれなりに本で読んだから」
相伝、という言葉に反応してセレス姫の眉がピクリと動いた。俺がその歴史まで知っているのかもしれないと考えて、力で脅したことを後悔したって感じの動きにも見えたが、単純に不快だって動きにも見えたな。
「相伝? 魔法は遺伝で使るとか使えないとか、そんなものは決まったりしないだろう?」
メレーナの言葉に俺は頷く。シェリーの両親が普通の人間なように、メレーナの精霊魔法があくまでも精霊の力を借りているだけのように……魔法が使えるとか、使えないっていう性質は遺伝しないと考えられている。
「この世で唯一、血族で魔法を受け継ぐ……それがティリエル王家だからな」
「魔法を、血族で受け継ぐ」
信じられないって感じの表情で、セレス姫を見つめるシェリーに対して、見つめられるセレス姫は無の表情で俺のことを見つめていた。
「貴方は、知っているんですのね。私たちティリエル王家が持つこの相伝の魔法について」
「本で読んだだけだからそこまで詳しい訳じゃないけど……多分、ね」
俺が直に魔の者が操る敵と相対したからこそわかったことだが……さっき、セレス姫が全身から放った悪意を煮詰めたみたいなドス黒い魔力は、魔の者が関係しているものだ。勿論、ティリエル王家が魔の者に与している人類の裏切り者とかではないことはわかっているが……想像以上に厄介な依頼主であることには間違いないらしい。
さて……呪われた血族である姫様を、どう扱えばいいのやら。
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