第37話 後悔した
他のギルドと同盟を結ぶ。言葉にすれば実に簡単なことだが、実際に行動しようと思うとかなりの苦労が強いられる。まず、自分たちと似たような実力の者たちを探さなければならない。実力に違いがありすぎると迷宮に潜った時に面倒なことになるし、後々に響いてくるような揉め事の種になりかねないからだ。なにより、信用できる人間が運営するギルドでなければならない。同盟を結んで共に迷宮を探索すると言うことは、同盟相手に自らの命を預ける必要がある。信用できない人間と同盟を結んで、命を預けることもできずに迷宮内でトラブルが発生して、多大な被害を出すなんて冗談みたいな話にはなりたくない。
結ぶにしても慎重に相手を選ばなければならないので、同盟を結ぼうって思いついても即座になにかできるようなものではない。だからこれはしばらく時間をかけながら考えていく課題みたいなものだな。
「……これとかどうなんだ?」
「報酬が安すぎますね」
「そうか。ならこっちは?」
「……報酬はいいですけど、目的地が遠すぎて赤字になるかもしれないですね」
「土地勘はないからそこら辺はわからないな」
「地図ならここら辺に……細かい土地の名前まで載ってませんね。えーっと、これは……」
俺がドリンクを飲みながら探索者協会で貰って来た同ランク帯の他のギルドをざっと眺めている横で、シェリーとメレーナが依頼書の写しを大量に机に広げて色々と吟味していた。俺が関わらなければそれなりに仲がいいのか、それともギルドを存続させるって目的の為だけに協力するぐらいの協調性はあるのか……なんにせよ2人は特に喧嘩することもなく依頼書を見続けていた。
単純な実力は、シェリーよりもメレーナの方が多分1枚上だと思うが……探索者としての感覚がないからそこら辺を考えるとシェリーの方が優れた探索者と言えるだろう。土地勘も無ければモンスターとの戦い方もそこまで上手い訳でもない。対人間の戦い方は、圧倒的にメレーナの方が上手いんだけどな。
「これは、安すぎるか?」
「でも近場ですからね。しかも目的のモンスターだってそこまで強くないですし……額の割には簡単な依頼なのでキープしてもいいと思います」
「ふむ。色々と勉強になるな」
「そうですね。まず、モンスターの名前からどれくらいの報酬で引き受けるのが相場なのかを学ぶこと。それと、目的地までの移動による支出を考えて最終的に黒字になる依頼以外は受けない方がいいです」
「例外は?」
「んー……たとえば、この依頼は馬車で数日かかる場所でこの報酬額だと滅茶苦茶赤字ですけど、これと同じ場所で報酬額が破格な依頼があれば、同時に受けて赤字部分を上回って黒字にすることもできる、と考えれば受けることも視野に入りますね」
「なるほど……遠征するには金が必要だが、その先で複数の依頼を受ければ1回分の遠征費で報酬が沢山貰えるってことだな」
なんだかんだ言って、シェリーは探索者の後輩って存在がいない環境で探索者をやっていたから、後輩に自分の知っていることを教えるのが楽しいんじゃないかな。俺に魔法について教えてくれている時もやけに楽しそうだったし。
「おっと」
紙束を抱えていたメレーナがバランスを崩して依頼書の写しを散らしてしまっていた。俺の足元にも数枚の依頼書が落ちてきたので、仕方ないと思いながら拾ったら……その中の1枚がやけに目に留まった。
「……どうしたんですか、リンネさん」
「え? あ、あぁ……なんでもない」
珍しいものを見てしまった。
フェラドゥに来る依頼なんてのは、基本的にその近郊か地方から飛んでくる救援依頼だけだ。しかし、俺の手の中にあるそれは……隣国からの依頼書だった。
ちらっと確認したが、依頼主の名前は「ジェーン・ドゥ」と書かれていた。これは身元不明の女性、もしくは正体を明かしたくない女性が使う名前である。
ここまででも既に滅茶苦茶怪しい依頼なのだが……内容もイカレたことが書かれていた。端的にまとめると、迷宮を調べたいから付き合ってくれる人を募集していますってものだ。しかも、何故か少人数を指定してきている。フェラドゥの迷宮は他国からも色々な意味で注目されている場所だから、他国の人間が興味を持つことは理解できるが、名前を伏せて少人数で頼むなんて言われて頷く探索者はいないだろう。
「それですか? 迷宮探索の依頼はまだ早いと思いますけど……報酬額は、出来高?」
「出来高ということは、依頼主の期待に応えれば相応の額が貰えるということか?」
「いえ、探索者の報酬が出来高と言っている人は、基本的に金を出し渋るので安いと思いますよ」
シェリーの言う通りだ。探索者の報酬は前払いが当たり前である。出来高なんて馬鹿みたいなことを言っている奴は、後から何か理由をつけてケチをつけながら安くするに決まっている。だから探索者たちは明確に金額が提示されていない依頼を受けることなんてまずないのだが……何故か俺の目はその依頼書から離れない。
「……話だけでも聞いてみたいな」
「嘘ですよね? え、こんな怪しい依頼を受けるんですか!? あんまり生活に余裕ありませんよ!?」
逆に、生活に余裕があればこれくらいの遊び心はいいかと見逃してくれるシェリーは優しいな。探索者は基本的に自分たちの得にならないことをしたがらない。傭兵よりも金にがめつく、国の要請で動くことが殆どない問題児であるとも言われるぐらいには利己的な連中だ。そんな探索者でありながら俺の意味不明な我儘を聞いてくれるシェリーは、やはり聖女と呼ばれるだけあって探索者のメンタルをしていないと思う。しかし、シェリーだって余裕がある時だけしか見逃してくれない。
「私は絶対に反対です! なにかの罠かもしれないんですよ?」
「でも、依頼主は隣国のアルティリア王国からわざわざ来てくれてるからな……もうこの街にいるらしい」
「こ、行動力の塊みたいな人ですね」
それは俺も思うよ。いくら迷宮に興味があるからって簡単に海を越えてここまでやってくる人なんて早々いない。それこそ、金を稼ぎに来る探索者ぐらいなものだろう。
「まぁ、会うだけ会ってみよう」
「後悔すると、思いますよ?」
その時は、まぁ……その時だろ。
「あんな怪しい依頼書で人が来るとは思っていませんでしたわ。しかし、来ていただいた方に対して無礼を働くほど、育ちは悪くありませんの。
うん……既に後悔してるわ。
高貴なオーラを放ち、高そうな装飾品を身につけて水色の長髪を綺麗に背後に流しているセレスと名乗った女を見て、俺はすぐに帰りたい気持ちになっていた。
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