第36話 覚悟を決めろ
ギルドハウスと呼ばれるものがある。正式に行政がそういう名前を付けているとかではなく、一般的に探索者たちの中でそう呼ばれるものがあるってだけのことだ。行政上の扱いは通常の住居と何も変わらないが、探索者ギルドのメンバーが寝泊まりしたりする場所として用意する場所。迷宮内では数日かけて寝食を共にしながら探索することもあるので、探索者たちは共同生活に対して特に何とも思わないことが多い。
ギルドの拠点となる建物、それを探索者たちがギルドハウスと勝手に呼んでいるだけのことなのだが……これを持つことはそれなりに金を持っていると言うこと。そして、金を持っていると言うことはそれなりの規模であることを証明しているのだ。つまり、ギルドハウスを持っているギルドは人が加入しやすい環境でもある。
「筈なんだけどね」
「勧誘活動もしてないですし、そもそも普通の家をちょっと改造しただけのギルドハウスじゃそんなもんですよ」
こういう時のシェリーは嫌に現実的だ。
俺たちが購入したのは、所謂三世帯住宅と呼ばれるもの。親、子、そしてその祖父母が住むための少し大きめの家なのだが……それを改造して俺たち『夜明けの星』のギルドハウスにしたのだ。1階が吹き抜けになっている建物だったので、玄関からすぐの場所をちょっと広めに使い、ギルドとしてみんなが交流する場所にしようと思ったのだ。まぁ……メンバーが増えていないので、俺が寂しくドリンクを飲んでいるだけの場所になっているんだが。
「個室まで用意して貰って助かったぞ。この女と共同生活なんて死んでもごめんだからな」
「はぁ? もう少し仲良くしないとリンネさんに追い出されますよ?」
「お前がな?」
「両方だよ」
メレーナが来てからシェリーはこんな感じだ。今まで2人きりだったのに、という苦情が俺に届いていたが、俺としてはいつまでもシェリーと2人きりの生活というのも気まずかったので……勿論、俺とシェリーは気持ちが通じ合っている仲ではあるんだが、まだ正式に恋人になっている訳じゃないのだ……俺がヘタレだから。
「それにしても、よくこんな家が一括で買えましたね」
「あぁ……うん、そうね」
そこら辺もあんまり突っ込まないで欲しい。本当はもう少し小さめの家を買おうと思っていたんだが……依頼主の貴族が、ちょっと訳アリだったからね。依頼書に書いてある以上の大金を貰ってしまったので、どうしたものかと思っていたんだよ。
この家を買ったことで依頼で貰った金は全て溶けてしまったが、これからの生活費は働いて稼げばいいので問題なし。メンバーも1人増えたことだし、そこら辺を考えてもそろそろ探索者ギルドとして真面目に活動を始めないと駄目かな。
「勧誘したいな……人手が欲しい」
「ギルドハウスを買ったんですから、これからギルドとしてのランクを上げていかないといけませんからね」
そうなんだよな……俺たちのギルドのランクは作り立てだから勿論最低のGランク。実績を積み上げていくことでランクを上げていくことができるんだが……ここで問題なのが、ギルドランクをEより上、つまりD以上にするには必然的に迷宮に潜らなければならないのだ。
王都フェラドゥの近郊に存在する迷宮。それは数百年以上前から幾人もの実力者たちが集まり、そして奥深くまで潜りながらも未だにその全容を掴むことができない謎の穴。古代ではモンスターが湧いてくることからそれに対抗して、人々は武器を持って戦い続けていたとか。最近では技術が進歩したことでその迷宮の出入口に蓋を作ってモンスターを内部に閉じ込め続けている。しかし、それでもモンスターはいつか外に出てきてしまう……そこで王都フェラドゥの為政者、つまり国王が考えたことは……軍隊を使わずに民間の人間にモンスターを倒させることだった。それが、迷宮探索者の始まりである。
探索者の始まりを知れば、何故ギルドランクが迷宮に潜らなければ全然上がらないのかがよくわかる。つまるところ、迷宮に潜らない探索者なんて必要無いのだ。
「勧誘するって言っても、具体的にどうするんだ?」
「人手がないとギルドランクを上げることは難しい、けどギルドランクがGの所に入ってきてくれる奇特な人間はいない」
「矛盾しているな」
「そうなんですよねぇ……いっそのこと私の知名度で人を釣るとかどうですか?」
聖女シェリー・ルージュの知名度で釣る……それは確かに使えなくない手段に思えるが、シェリーを目当てに入ってきた人が、3人しかいないことを知ったら多分そのまま逃げると思う。シェリーは有名ではあるけど、別に万能の最強探索者って訳じゃないから、新入りも含めて4人で迷宮行こうぜって言ったら速攻で逃げると思うね。
「ここは地道に勧誘していくしかないか」
「他に方法と言ったら……別のギルドと同盟を結ぶ、とかですかね」
シェリーの提案を聞いて、俺は椅子を蹴り倒しながら立ち上がってしまった。
その手があったか、と。全く頭の中になかった選択肢だ……何故ならば、役立たずと罵られながらも俺が所属していたのはAランクのギルドだったのだから。Aランクのギルドは基本的に貪欲に上を目指すだけの連中なので、基本的に他のギルドと仲良くすることはない。傘下のギルドはあっても同盟を結ぶ対等なギルドはいないってことだ。そんな所に長い期間所属していたこともあってそんなシステムが存在していることすら忘れていた。
「同じGランク、もしくは1つ上のFランクのギルドならもしかしたら俺たちと同盟を組んでくれるところがあるかもしれない」
「同盟とはなんだ?」
あ、メレーナはそりゃあ知らないよな。
「ギルド同士で協力する関係のことだな。探索者協会でも制度として認めてくれているもので、基本的にギルドマスター同士が話し合って色々な条件を決めて、協力しながら活動することができるシステムだな」
「ふむ……つまり、お隣さんと一緒に子育てと家事を分担しよう、みたいな感じか」
なに、その田舎の集落的な考え方は。いや、言っていることは合ってるんだけど……それでいいのか?
「とにかく、同盟を結べば人員の問題は解決しますし、今すぐにでも迷宮に行けるってことです」
「いや、俺は迷宮が大嫌いだからあくまでも人員だけの話であって」
「リンネさん、覚悟決めてください」
「はい、すいません」
と、トラウマなんだけど……ギルドマスターになってしまったからには仕方がないのか。
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