第35話 家を買おう

「ほぉ、ほぉほぉ! それが女神の残した遺産か……なるほど、興味深いなぁ」


 俺が羽織っているマントを見て、精霊樹がひたすらに興奮した様子で喋りかけてくる。まさか本当に見つけて来るとは思わなかったと最初に言われた時は殴ってやろうかと思ったが、驚いた様子で嬉しそうにマントを観察している姿を見てとりあえず踏み止まった。


「で、枝葉は?」

「すまん、まさかあの無理難題をこなすことができるなんて思っていなかったから用意してない」


 今度は迷わず手が出た。


「痛っ!? 偉大な精霊様を殴るなんてそれでも女神に選ばれた人間か!?」

「ごちゃごちゃ言うな! 俺たちはしっかりと約束を守ったんだからしっかりと渡すもんを渡せ! 俺たちはさっさとこの森を出るんだからな!」

「そ、そんなに慌てて出て行かなくてもいいじゃないか。この森はいい場所だぞ?」

「追放されたエルフがそんなこと言っていいんですかね……それよりリンネさん、枝葉はしっかりと回収してくださいね。そうじゃないと私たちが依頼主から金を貰えないんですから」


 わかっているとも。そしてその金がないと俺たちはそれなりに貯金を崩して生きていかなくてはならない生活になってしまうことも理解しているとも。


「……人間社会での生活と言うのも、大変だな」

「そうですよ。だから貴方がリンネさんについてくるのは許可してあげますけど、一緒に来るなら生活費はしっかりと稼いでもらいますから」

「お、おぉ……いや待て、何故お前に許可してもらう必要がある? 許可するのはあくまでもリンネだろう?」

「はいー? 私がリンネさんの正妻だからですけど?」

「む、心が狭いな……お前が正妻なら私は2人目でも……いや、そもそも私はあいつに思いを寄せてなどいない!」

「……」

「本当か、みたいな目でこちらを見るのをやめろ!」


 聞こえないふりをしておこう。俺がここで変に口を挟むと余計なことになるのはわかりきっている。具体的に言うと、メレーナの味方をすればシェリーから怖い顔で微笑まれるだろうし、シェリーの味方をすればメレーナから抗議の視線で訴えられることになる。女性同士の言い合いを止めるのは至難の技なのだ。少なくとも、俺の眼では模倣することができない神業と言えるだろう。いや、本気で女性を口先だけで手玉に取ってる人とか見ると滅茶苦茶感心しちゃうもんね……あの人たちでもこの面倒くさい女が相手にできるのかどうか知らないけど。


「やぁやぁ、君に殴られた頭が痛いが、しっかりと精霊樹の枝葉を持ってきてあげたぞ」

「当たり前のことなんだよなぁ……最初から用意しておけ」

「これは手厳しい。しかし、死地へと向かう人間を見送ってから、無事に帰ってきた時の為に祭りの準備をするなんて、些か滑稽に映るだろう? だから私は無駄になることをやらなくていいように、準備をしていなかっただけ──」

「──腹立つな」

「痛っ!?」


 もう一度、頭を叩いておく。


「痛いぞ……やれやれ、目的を達成したならばさっさと帰れ。うむ、二度とこの森の足を踏み入れることがないことを祈っているぞ」

「俺も二度とお前とは会話したくないよ」


 こんな適当な奴、なにが精霊なんだか。

 俺は受け取った精霊樹の枝葉に視線を移す。淡い青色に光る半透明の枝葉からは、確かに驚くべき魔力が零れだしている。濃縮された魔力の結晶みたいなものだとは聞いていたが、まさかここまでとは……人の病を治すことができるって話には懐疑的だが、きっと依頼主の貴族は藁にも縋る想いだろうから、しっかり届けてやるかな。

 背後でまだ小さな争いを繰り広げているシェリーとメレーナを放置して、俺は枝葉を抱えながら森の外、王都フェラドゥに向かって歩き出した。


「あ、待ってくださいよ!」

「そうだぞ。そのまま進んで、しっかりと森の外にまで出られるのかわからないだろう? 私がしっかりと案内してやる」


 俺が歩き出したのを見て、2人は言い争いをやめてすぐに背中を追いかけてきた。勿論、最初から置いていくつもりなんてないのだが……とにかく面倒なことになったかもしれないな。



 襲撃されることもなく、ただ歩いて森を出るだけならば結構すぐだった。やっぱりあの時は迷宮の魔法を使われて方向感覚を狂わされたり、メレーナとかに追いかけられていたからそれなりに時間がかかっただけで、実際にぱっと森から出るだけならそこまで時間がかからないんだな。


「ば、馬鹿な……私の案内なしで簡単に」

「いや、真っ直ぐ歩いていただけじゃないですか」

「まぁ、森の中で真っ直ぐ歩くことって結構難しいから、メレーナの言っていることもわからなくもないんだけどね」


 人間、目を閉じて真っ直ぐ歩くのはそれなりに難しかったりする。利き足や重心の影響でどうしても左右のどちらかに寄ってしまうことだってあるし、その時のコンディションで変わってしまったりもする。

 なんの目印もない森の中というのは、目を閉じているのとあんまり変わらない環境だ。代り映えしない風景に加えて太陽の方角もわかりにくいほど鬱蒼とした木々、そうした環境で人は簡単に迷ってしまう。メレーナは土地勘があるから案内してくれるって言ったんだろうけど……常に自分の中心に気を付けながら歩けばそこまで迷うような距離ではない。山の中みたいに岩とかで行き先が塞がれている訳でもないからな。


「メレーナは、フェラドゥについたら探索者として登録しないとな。ギルドに入るための手続きも必要だし……寝泊まりする場所も考えないと」

「ふむ……リンネとシェリーはどうしているんだ?」

「同じ部屋で寝ていますよ?」

「……は?」

「合ってるけども!」


 なんか言い方が違うじゃん! まるで愛し合っているから同棲しているんですよみたいなテンションで喋られると違うじゃん! いや、お互いに気持ちは通じ合ってはいるんだよ? でも、なんか違うじゃん!


「……一緒に住む」

「はい?」

「これから同じギルドメンバーなんだろう? ならなにもおかしくないな」

「今回の依頼の報酬は全額、住居に使おうか! それで決まり!」


 これだけの額があればある程度は生活できるなーとか考えてたけど、全額使ってギルドハウスを買おう! 大きなギルドハウスを買うことなんてまだできないけど、同じ屋根の下で3人住むよりは健全だ!

 はい、もう決定! これはギルドマスターとしての権限で決めました!

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