第34話 外套
ギャーギャーと騒いでいるシェリーとメレーナを無視して、俺は再び遺跡の中で女神の遺産を探し始めた。魔の者がここを狙っていると言うことは、絶対にここにそれはあると思うんだが……これだけ探しても見つからないものが本当にあるのかどうか疑わしくなってくる。案外、魔の者もここにあると勘違いをしているだけで、本当は存在しないのではないか……そんな疑念が俺の中に生まれ始めた頃に、それは唐突に現れた。
円形状の模様が描かれた床に触れながら俺が地下空間がないかと確認していたら、突如その模様が光り輝いたのだ。
「な、なにが起きている!?」
この現象には全く心当たりがないのか、俺のことを懐疑的な目で見つめていたエルフたちも驚愕の表情を浮かべていた。勿論、俺もなにかを意識して起動した訳ではないので滅茶苦茶に焦っている。
もし、これがなにかの封印を解くものだったり、あるいは自爆装置だったらどうしようなんて考えていたが……そんな俺の考えなんて知ったことではないと、光り輝いていた模様はどんどんと広がっていき、遺跡の床に描かれていた線が全て輝きだす。最終的に、数十秒で遺跡全体に描かれていたあらゆる模様が光り輝き、天から光が降り注いできた。光の行方は……俺が立っている場所の目の前。
「あ、あれは……なんだ?」
「リンネさん、これは?」
「俺だって知らないよ……ただ、なにかしらの仕掛けが動いたことは間違いない」
光に照らされた何の変哲もない床がガコン、という音と共に動き出し、瞬く間に祭壇のような物を作り出していく。周囲に散らばっていた遺跡の破片もゆっくりと浮かび上がりながら一つになり、建物の残骸が祭壇の形になっていく。
もしかして、俺とシェリーは勘違いをしていたのかもしれない。大聖堂と同じ造りをしているのだから、この遺跡は女神を祀っていた聖堂に違いないと、俺たちが思っていただけで……実際に造られていたのは、神器を祀る祭壇だったのかもしれない。
誰もが勝手に動いて組みあがっていく祭壇を前に動けずにいる。しばらくそのまま放置していると……最後に祭壇の左右に大きな燭台が突き刺さり、いきなり火が点いた。
「……なにこれ」
この世界に転生してきて魔法みたいなファンタジーには慣れたつもりだったけど、流石にこれは予想外って言うか……勝手に組みあがる祭壇とか割と恐怖映像だと思うんだ。勿論、これが女神の仕掛けであって、神聖なものであることは理解しているんだけども、それにしても勝手にガンガンと組みあがっていくのを見せつけられると流石にちょっと引く。
誰も言葉を発することができず、動こうとしないので俺が1人で踏み出して階段を上る。
「あ、待ってください!」
「勝手に1人で行くな!」
シェリーとメレーナが背後から俺を追いかけるようにして走り出したらしい。勝手に1人で行くなって言うけどね、そもそも誰も動かなかったから俺が動き出しただけで、あのままじっとしていても仕方ないでしょうが。
階段を1歩ずつ上がっていると、途中で茫然自失の状態から目覚めたらしいエルフたちが下からなにかを叫んでいるのが聞こえた。そっちに視線を向けて耳を傾けてみると……なんとなく汚い言葉が聞こえてきた。
「勝手に上るなー!」
「降りて来い!」
「人間が女神様の祭壇に近づくなんて不敬だぞー!」
「……不敬ってなんだよ。そもそも俺が起動した仕掛けなんだから俺が上る以外の選択肢があると思ってるのが間違ってるだろ」
「私もそう思う。これはリンネ、お前が切り開いた道なのだからお前が進むべきだ」
いや、切り開いた道とかそこまではいかなくてもさ、今回の場合は俺がたまたま見つけた場所なんだから俺が最初に行くのは当たり前でしょって話で。
口々になんか言っているエルフたちを見て、族長は呆れたようなため息を吐いているので族長は俺が上ることに反対していないようだ。ただ、表立って人間の味方をできる立場でもないので何も言っていないだけだろう。
エルフたちの抗議を無視して階段を上ると……そこには勝手に作り出されたとは思えないほどにしっかりと形の整った祭壇があった。祭壇の横にある燭台からは炎が吹き上がり、まるで神聖な儀式を行おうとしているような気持ちになってしまうが……実際は遺産を取りに来ただけだ。
「あれが……目当ての遺産か?」
「マント、に見えますけど」
シェリーとメレーナが困惑したように指を向ける先にあるのは、風に靡くようにゆったりと揺れている白色の外套。俺の背中を全部隠してくれそうなぐらいの大きさを持っている外套のようだが……これが遺産、なのだろうか。
3人で視線を合わせてから、こんな所で黙っていても仕方がないと歩きだしたら……俺以外の2人はその場から進むことができなかった。
「え?」
「な、なんだこれは……進めないぞ!?」
壁があるような感じではない。ただ、シェリーとメレーナが焦って走り出しても一向に前に進んでいないのだ。まるで2人だけが無限の距離を進んでいる様に、全くこちらについてくることができない。しかし、俺はそんなことお構いなしに先に進むことができたのは……精霊樹の言っていた選ばれた者にしか使えないってことなんだろうか。
急に自分が選ばれた人間であるなんて言われても、正直ピンとこない。もっと若い頃だったら自分は特別なんだって思って嬉しく思えたかもしれないけど、ある程度社会の荒波に揉まれて自分が没個性の人間であることを理解してそのように振舞うことを覚えた人間としては、特別だと言われてもあまり実感がわかない。ただ、事実として外套に対して手を伸ばすことができるのは俺だけの様だ。
不思議な感覚だ。当然、初めて見る物なのに……まるで昔から俺の物だったかもしれないと思うくらいにしっくりくる。外套を片手で掴んで羽織って、最初に感じたのはそんな謎の感覚だった。女神がなにかをしたのか、それとも俺の肉体がそういう風に作られているのか……どちらにせよ、掴んだ瞬間にその使い道が頭ではなく身体が勝手に理解していた。
「さて、目的は達成した訳だし、さっさと帰ろうか」
「精霊樹の枝葉を忘れてませんよね!?」
「あ、悪い……普通に忘れてた」
流石に色々なことが起きていたからそこら辺は忘れちゃってたな。
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