第14話 レスター

 水の都……なんて言うほど大きくはないが、複数の山から流れ込んでくる川の合流点である大きな湖の傍に存在しているレスターは、御者の言っていた通り水の美しい街である。探索者による迷宮の産業でもっとも栄えている場所が王都フェラドゥだとするならば、それ以外の部分で都市として優れているのは間違いなくレスターだろう。

 王都フェラドゥから馬車でたった数時間でやってくることができるこのレスター、当然ながら立地的な環境もあって他国からフェラドゥを目指して途中の休憩ポイントとして利用する人も多い。


「うーん……空気が綺麗ですね」

「ここは山の上だからな」


 そう……フェラドゥは巨大な平原に作られた王都だが、レスターは山の中腹に作られた都市。フェラドゥとは空気が違う……体感だが、標高は1000メートルぐらいだと思うが……それでも地上に比べると空気が澄んでいる感覚がする。あるいは……あの湖に住んでいると言われている水の精霊のお陰なのか。


「それにしても、こんな水の街に本当にモンスターがやってくるんですか?」

「さぁ? でも、実際に探索者協会からはここに行けってことだけ書かれていたし……本当にモンスターが来るんじゃないかな。どうやってかは知らないけど」


 シェリーの疑問も理解できる。ここは山の中腹でモンスターが多く生息している環境ではない。更に標高の高い山から大量の水が流れてくる関係で、湖近くの川はどれも大河と言って差し支えない……人間も歩いて渡れない川が大量にあるのに、どうやってモンスターが大量にやってくるのか……それがわからないのだ。そもそもモンスターが徒党を組むなんてことが異常なのだから、細かいことなど考えていても仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 取り敢えず荷物を手に、俺とシェリーはレスターの探索者協会支部に向かわなければならない。探索者としてこの街で活動するには、しっかりとこの街にやってきたことを証明しておかないといけない決まりだからな。


 シェリーと共に探索者協会の建物を目指して街中を歩いていると、なんとなくだが……活気がないような気がする。シェリーも感じているのか、しきりに街をキョロキョロと眺めながら歩いているのだが……やっぱりなんとなく活気がない。全く人が出歩いていないとか、店がなにもやっていないとかまではいかないのだが……歩いている人もなんとなく顔が疲れているし、店もボチボチ開いているが、臨時休業になっている場所も多い。


「どうしたんでしょうか」

「さぁ……けど、これがフェラドゥより栄えている街なんて言われるのはおかしいよな」


 王都フェラドゥはよくも悪くも探索者が中心の街。迷宮を攻略する探索者たちを支援するための薬剤師や鍛冶師、情報屋なんかは大量にいるし、他国から来た人間をメインターゲットにした宿泊施設も多めに存在している。しかし、あくまでもそうした探索者に向けたビジネスが発達しているだけで、それ以外の産業はそこまで発展している訳でもない。実際、迷宮の何かが引き付けるのか、フェラドゥは年がら年中モンスターが街の近郊に湧いているし、大きな川だって近くを通っていないから行商のルートを確保するのも一苦労。挙句の果てに昼は暑くて夜は寒い、おまけに雨が少ないという、人間が住むにはあまりにも適していない環境だ……砂漠になっていない方がびっくりな都市である。

 それに比べてレスターは雨が多いこと以外は基本的に住みやすい。モンスターは少なく水は豊富、土地も余っているし標高のおかげで大して気温も上がらない。普通だったらこっちが王都になっていると思うが……まぁ、歴史があるんだろう。

 そんな王都と比較して栄えていると言われている街のはずなんだが……どうにも薄暗い感じが拭えない。もしかして、これが探索者協会の言っていたモンスターの大群による影響なのだろうか。


「お邪魔しまーす……どうも」

「珍しいですね、レスターの探索者協会になにか用ですか?」

「ちょっと王都から来まして、色々と聞きたいこともできたので」


 探索者として自らの身分を証明するカードを提示すると同時に、俺は協会から貰っていた手紙をそのまま手渡した。その中にはレスターの事件を解決するように、との命令が書かれているので……見せるだけで事情を離してくれるだろうとの判断だ。

 受付のお姉さんは、その手紙に書かれている内容を見ただけで俺とシェリーが何を聞きたいと思ったのかがわかったらしく、目を伏せた。


「……ここ最近の話なんですけど、湖の精霊様を狙ってモンスターが大量にやってくるんです」

「どこから?」

「空からです」


 空から、か……そりゃあ盲点だった。迷宮の中に出てくるモンスターで空を飛ぶような種類のモンスターはそう多くないから、頭から完全に抜けて落ちていた……空からモンスターが大群でやってくるならば、確かに地形などあってないようなものだろう。それにしても……精霊を狙ってモンスターがやってくるなんて、また妙な話を聞いてしまったな。


「モンスターが大量にやってくるようになってから、ここは活気を失いつつあります。今まで安全さと美しさで成り立っていた場所ですから……安全でないとわかれば人は出ていくでしょう?」

「精霊は?」

「今の所、襲われたと言う話は聞きませんが……もし、精霊様がモンスターに襲われてその命を失うことがあれば、それはこの街の崩壊を意味します」


 ま、そうなるよな。少なくとも湖に住んでいる水の精霊が死んだら、レスターの美しい水が消える訳だから……そのままレスターは崩壊していくことになるだろう。


「恐らく、貴方が考えていることよりも酷いことになります」

「ん?」

「精霊様があの湖に住んでいるから、この街は存在していますが……精霊様がいなくなったら山から流れてくる水は勢いを増し、山の斜面を洗い流してしまうはずです」

「それは、この街ごとってことですか?」


 シェリーが恐る恐ると聞くと、受付さんは悲痛な顔で頷いた。なるほどなぁ……レスターは精霊によって栄えている街ではなく、精霊によって生かれている街ってことだ。

 思ったより重要な問題を任されているみたいだな……どうやって解決しようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る