第91話 妄執
「断る」
「……女神の魂がいらないのか?」
「いや、そういうことじゃなくて……そもそも国王を殺して欲しい理由とか、女神の魂が関係している理由とか全部話してもらわないと受けることはできないんだよ」
「なら何故断るなんて言った」
「そっちが問答無用で殺してこいみたいなこと言うからだろ」
俺は理由に納得できないと絶対に受けないからな。金をくれるなら考えてもいいが、それでも理由がしっかりとしていた内容じゃないと俺自身が納得できないから。心で納得したことじゃなければ、真っ直ぐに向かっていけない。真っ直ぐに問題に向き合えなきゃ……面倒なことになるだけだ。
冥府の管理者を名乗る巨大骸骨は俺の言葉を聞いて悩まし気な声を響かせながら……深淵から腕を出現させて顎をさすり始めた。
「わかった。簡単な概要だけ説明しよう……それで納得できなければ無視して構わない」
「おう……で?」
「私が国王を殺せと言った理由は……世界の法則を乱す存在だからだ」
うん、そっちはなんとなく予想していた。
冥府の管理人が1人の人間を殺してくれなんて言う理由は、それが仕事に支障をきたすような存在だった時だけだろうと思っていたから。どんな理由で国王が冥府の管理者であるこの巨大骸骨に狙われることになるのか……その具体的な理由はわからないが、ある程度予測することはできる。
ここは冥府で、死者の魂が集う場所……そして、世界の法則とは恐らくだが、生きとし生けるもの全てが避けることのできない概念「死」であることは予測することができる。しかし、それが殺す理由と女神の魂に繋がる理由はわからない。だから……骸骨の言葉を待っている。
「フェラドゥの国王は代々、顔を隠しているのは知っているな?」
「いや、知らん」
「はぁ……奴は魔法によって顔がしっかりと認識できないようにしているのだ」
そうなんだ……確かに、言われてみれば国王の顔って思い出そうとしてもぼんやりとした輪郭は思い出せるけど、詳細な顔のパーツまでって言われると思い出せないかも。
「理由はただ1つ……国王は死を超越し、現世に留まり続けているからだ」
「ちょっと待ってな……え? 死んでないってこと?」
「そうだ」
う、うわぁ……マジか。全く予想していない方向の話が出てきたな。
俺はてっきり、現国王が寿命を引き伸ばしているぐらいだと思ったんだけど……まさかそもそも死んでいないとは思わなかった。
「初代国王から変わってないのか?」
「いや、変わっていないのは奴が女神の魂を手に入れてから。奴は女神の魂を利用して現世にしがみついている……とんでもない悪霊のようなものだ」
冥府の管理人として、世界の法則から逸脱した存在を許すことができないってことか。そして、その世界の法則から逸脱することができたのは女神の魂が関係している……つまり、女神の魂を手に入れたければ自分の頼みごとを聞くことになるって言いたいのか?
「……国王を殺さずに女神の魂を手に入れる方法は?」
「奴が現世にしがみついていられるのは女神の魂が手元にあるからだ。それを貴様が奪えば、当然ながら奴は寿命が訪れて死ぬ」
「なら、女神の魂を奪われないようにしている……戦いは避けられないってことだな」
「そういうことだ」
なんか、口車に乗せられている気もするが、女神の魂を手に入れるにはどうしても国王を排除しなければならないのならば、どちらにせよこちらに選択肢はないってことになる。
冥府の管理人を自称するこの骸骨が言いたいことはなんとなくわかったが……まだ完全に信用した訳ではない。最後に、一つだけ確認しなければ安心することができない。安心することは大切だ……いつ、背中から撃たれるかもわからない状態で真っ直ぐに進むことなど人間にはできない。背中の安全を確保するためにも俺からこの骸骨に聞かなければならないことがある。
「女神の肉体が、何故この深淵にある」
「……なるほど、そこを聞いてくるか」
女神の魂が国王の手元にあり、生にしがみついている国王を冥府の管理人が殺して欲しいと頼む……なるほど、しっかりと納得できる理由だ。だが、そもそも何故女神の肉体がこの冥府に、しかもこんな深淵のそこにあるのか……それを聞いていない。
「女神の肉体がこの場所にあるのは……私がこの場所に引きずり込んだからだ」
俺の背後に太陽が出現する。次の言葉次第では、目の前のこの骸骨が俺の敵になるかもしれないという可能性が高まったからだ……変な言葉出てくれば、容赦するつもりはない。
「フェラドゥの国王は女神の魂を利用することで生にしがみついている。私は女神の肉体を利用することで死にしがみついている」
「死に?」
「死した者は魂だけとなり、新たなる生命へと還元される。そうして魂は巡っていくことで、この世の生物の総量はコントロールされているのだが……奴は死を恐れ、私は生を恐れた」
骸骨の懺悔のような声がゆっくりと深淵に響く。
「冥府の管理人など名乗っているが、実際は魂の輪廻に巻き込まれて自我を失うことを恐れただけの存在と言うことだ」
「なら、俺が女神の肉体を現世に持ち帰ったら」
「あぁ……私の魂は輪廻に戻るのだろう。それが世界の法則だ」
理解できない。
自らの存在が消えることを恐れた……それは理解できる。誰だって死を恐れるのだ……意識が消えて新たな命に変わることは死と何も変わらない。だから忘却を恐れてこの深淵にしがみついているのは理解できるのだが……俺が肉体を持ち帰ったら自分が消えることを理解しながら、穏やかな声で語りかけてくる意図が理解できないのだ。
「そう不思議に思うな。私は長い間、この冥府で魂たちが巡っていくのを見送ってきたが……それこそが最も美しいことなのだと気が付いただけなのだ。命は巡るからこそ美しい……死なない命など、歪なだけだ」
「だから、フェラドゥの国王を殺せと?」
「そうだ……私と同じく、自らの消滅を恐れたまま妄執に囚われた奴を解放してやってくれ。私は先に逝く」
深淵から闇が吹き上がり、俺の視界を遮ったと思ったら……目の前にとんでもない美女の肉体が現れた。同時に、さっきまで喋っていた骸骨の姿はなく……ただ闇の中で女神の朽ちない肉体だけが輝いていた。
「……仕方ないか」
最期の願いってやつだったのだろう。
あんな話を聞いて、無視してやろうと思うほどに薄情な人間になった覚えはない。
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