第92話 真実の告白
深淵から飛び出していく。
途中で骸骨から何度か視線を向けられたが……何も言われずにそのまま素通りさせてもらった。冥府の管理人であるあの巨大骸骨が消えたことは知っているはずだろうに、彼らはあのまま仕事を続けるのだろうか。彼らもまた、自らの消滅を恐れた魂なのか……それとも、最初からそのために作られた存在なのかは俺が知ることではないが、彼らなりに思う所はあるだろうが俺のことを放置してくれるらしい。
「り、リンネさん! その女性は?」
『女神か……本当に、冥府に肉体があったのか?』
「あった……さっさと戻ろう。魂に関する情報もここの管理人から聞けた」
他にも色々とあったが、冥府からはさっさと去った方がいいのは変わらないだろう。生きている人間がこんな場所に長い間いて、なんの影響もないとは思えない……それに、こんな気が滅入るような場所からさっさと帰りたい。
「帰る方法はあるんですか?」
「……知らないけど、上に行けばなんとかなるんじゃないかな」
『そこは聞いていないのか……だが、理屈としてはその通りだから、それ以外に方法を知らないならそうするしかないな』
「わ、わかりました」
猫より更に小さいサイズまで小さくなったデザスターが俺の背中に乗り、女神の肉体を左手に抱いてから右手を伸ばして俺はシェリーの身体を抱きしめる。
「飛べますか?」
「問題、ない!」
女神の外套は別に推進力で空を飛んでいる訳ではないから、どれだけ人数が増えても加速する為に必要な魔力は変わらない……はずだ。
空気を切り裂きながら加速して、深淵から離れて白い空へと向かって飛んでいると……真っ黒の深淵からゆっくりと巨大な腕が伸びてきたのがちらっと見えた。振り返っては駄目だと思いながら更に加速すると、俺の行動を不審に思ったシェリーとデザスターが振り向いたらしく、目を見開いていた。
「あ、あのっ!?」
「口は閉じててくれ……舌を噛まないようになっ!」
後ろを振り返らずに加速する。背後から何かを破壊するような音を出しながら巨大な気配が近づいてきているのはわかっているのだが、あえて振り向かずに俺はひたすらに加速し続けていく。外套の端を何かが掠めた感覚の直後に、急に景色が変わり……俺たちは女神を崇める聖堂の庭にある池の中から飛び出していた。
大量の水を周囲にまき散らしながら空を駆けるように飛び出してきた俺たちは、そのままバランスを崩して庭にそれぞれ不時着していく。デザスターは身軽な身体を利用して木の枝に着地し、シェリーは顔面から池に再び入水。俺は女神の肉体を離さないように気を付けていたら背中から思い切り地面に激突して激痛を味わいながら地面を転がる。
肺の中にあった空気が全部漏れるような声を口から発してから、俺はただ無言のまま地面をゴロゴロと転がっていたのだが……多分、傍目から見たらマジの変人だ。しかし、それぐらいの痛みだったので仕方がない。
「な、何事だっ!?」
すぐに神官たちがそれぞれの武器を手にしながら集まってきたのだが、頭から池に入水してびしょ濡れになっているシェリーを見て、困惑した様子を見せていた。
「これは……何があったのかお聞きしても?」
「あ、はい」
大神官の威厳を漂わせながらクルスクが俺の方へと視線を向けた。そして……俺の腕の中で眠っている女神の肉体を見て息を呑んでいた。
「取り敢えず、彼らに水気を拭えるようなタオルを……それから、私がいいと言うまで、誰も近寄ることがないようにしてください」
クルスクの要求は奇妙なものだったが、少し焦ったような大神官の言葉を信じたのか、神官たちはパタパタと音を立てながらみんなが走って動き始めた。クルスクは倒れている俺に手を差し伸べて立ち上がらせてくれたのだが……視線を俺の腕の中でぐったりしている女神の肉体に注がれていた。
「女神様の肉体、ですね?」
「そうです……まさか冥府にまで行くことになるとは思ってませんでしたけど」
「冥府? 王墓に行ったはずでは……いえ、そのあたりの詳しい話も含めて、内密に話せる場所でしましょう。聖女様、ご無事ですか?」
「は、はいぃ……」
『ぬぅ……まさかお前についてきただけでこんな波乱万丈な目に遭うとは思わなかったぞ。そういう所まで女神に似てなくていいんだがな』
「俺、女神に似てる要素あるのか?」
初耳なんだけども。
タオルを受け取りながら内密に話せる場所へとやってきた俺は、端的にクルスクへと説明をした。
王墓に入る為に川の底から続いている水路を進んでいったら……そのまま冥府へと繋がっていたこと、その冥府には、深淵と呼ばれる場所が存在して、女神のような力を持つ者が狙われていること、冥府に女神の肉体があったのは冥府の管理人を名乗る者が深淵へと引きずり込んだからだと自白したこと。そして……女神の魂はこの国の王が自らの死を遠ざけるために利用していることを話した。
俺の話を聞いて、三者三様の反応をしていた。
女神と最も関りの深いデザスターは、女神の肉体と魂が勝手に利用されていることに対して苦い顔をしていた。大神官クルスクは、なんとなく納得したような表情で、シェリーは能面のような冷たい表情をしていた。
「冥府の管理人……それは恐らく、ずっと昔に大神官を名乗っていた人物です」
「え?」
最初に口を開いたのはクルスクだった。
最初に喋るのは良くも悪くも空気が読めないデザスターだと思っていたんだが、どうやらクルスクは冥府の管理人について心当たりがあったらしい。
「歴史上の大神官の中で、1人だけ女神に背いたことで闇の底へと堕とされた……と伝えられている大神官がいるのです。まさか、何かしらの比喩表現ではなく、本当に深淵に落とされていたとは思いませんでした」
「そりゃあ……わからないな」
普通に考えて暗殺されたとかの比喩表現だと思うだろうな。今、初めてそれを聞いた俺も一瞬、何を言っているのかわからなかったぐらいだ。
「しかし、女神様の肉体を取り戻すことができたので、よかったということにしておきましょう……問題は、魂の方ですね」
王墓に赴く前にクルスクに調べておいてくれと言っておいたんだが、こんな短期間でなにかヒントが見つかっている訳が無いよな。挙句の果てに、俺が関係ない所で情報を入手してきちゃった訳だし。
自分を責める必要はないぞ、と諭そうとしたら……クルスクは急に頭を下げた。
「申し訳ありません……私は嘘を吐いていました」
「嘘?」
「国王が何百年も変わっていないのは、知っていたのです」
へ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます