第93話 頭脳戦は得意じゃない

 懺悔するようなクルスクの言葉に、俺の思考が一瞬だけ停止した。

 クルスクは、国王が数百年間変わっていないことを知っていたと、確かに言った。俺がその言葉に反応するよりも先に、シェリーが椅子を蹴飛ばして立ち上がり、全身から魔力を迸らせていた。


『落ち着け』

「……」


 机の上に座って毛繕いをしていたデザスターが暢気な声でシェリーを止めるが、その言葉を無視して彼女は殺気を放ちながらクルスクに手を向ける。次の発言次第ではこの場で殺すと言わんばかりの態度だが……なにがそこまでシェリーの心をかき乱しているのか、俺にも理解ができないので口を挟むことができない。


「大神官ともあろう方が、何故そんなことを今まで黙っていたのですか? それは女神に対する明確な背信行為ではないのですか!?」

「申し訳ありません……これは、大神官となった者が最初に教えられるこの国の秘密なのです。絶対に口外してはならず、もしその真実を漏らしたことがバレれば……適当な理由をつけて私は国王によって処刑される。そういう、国家の秘密なのです」


 今の話を聞く限り、国王は完全に教会の上に立っているように感じる。大神官となるものに敢えて真実を話すことの理由はわからない。信仰に篤い者に対して女神を欺いたという罪悪感を抱かせるのが目的……なんて考えてみるが、そんな回りくどいことをする理由は?


「それで、女神の魂をどうすれば取り戻せるかって話なんだけども」

「リンネさん! この問題を放置するんですか!?」

「いや、そんなこと言われても俺は女神のことを信仰している訳でもないから、教会内の話は勝手にやってくれて感じなんだよ」

「それは、そうかもしれないですけど……でも、これは国に関わる大事な──」

「そもそも、今から国王を殺しに行こうって話をしているのに、国に関わる話なんて言われても仕方ないだろ」


 シェリーの感情は俺には理解できない。子供の頃からずっと女神を信仰して生き、大神官ともずっと近い立場で会話してきたシェリーからするとかなり複雑な感情が内心に渦巻き、不信感と怒りが溢れ出しそうになっているのだろうが……世界の危機を前にすれば薄まってしまう程度の問題だ。

 今、もっとも重要なのは魔の者が復活しそうになっていること。そして、女神が否ければ魔の者が復活した瞬間に人間が安心して暮らせるような世界は二度と訪れないということ……これだけなのだ。細かい人間関係は人間社会が維持できる状態になってからゆっくりと解決してくれって俺は思っている。


『同感だな。今は世界の方が重要だ……後から誰を処刑しようが知ったことではないが、世界が無くなったらそんなことを考える意味もない』

「……わかり、ました」

「悪いな」


 理解できないだけで、なんとなく共感してやることはできる。根本的な寄り添いにはならないかもしれないが……今のシェリーに必要なのは慰めの言葉ではなく、考える時間だ。


「取り敢えず、女神の肉体は取り戻した訳だし、今回はこれで解散しよう。疲れてるだろうしな」


 こんな状態では話し合いにもならないだろう。

 俺は女神の肉体を横抱きにしながら部屋を出て……女神の意思が宿る部屋へと入る。


『……ごめんなさい。私が無力なばかりに』

「聞こえてたのか……どうやって?」

『力が戻ったから』


 そうか……まぁ、隠し通せるなんて思ってもないことだ。


『私の肉体、力、魂が世界にこんな影響を与えているなんて思ってもなかった。私からすれば、生まれた時から当然のようにあった力だから』

「だろうな。それが人間と神の違いって奴だと思うし……責任は女神にあるなんて思ってもない」


 力は何処まで行っても力だ。女神が切り離して世界にばら撒いたから問題になっているって面はあるかもしれないが、その力を拾った奴が正しく使っていれば、誰もが幸福になれていたはずだ。力に責任はない……あるのは邪な考えで自らの利益だけを求め、世界を混乱に陥れた奴だ。


「それに、アンタの仕事は人間のお世話じゃない。魔の者と戦うこと、だろ?」

『それも厳密には私の仕事ではないのですが』

「いや、そっちは仕事にしてくれ」


 人間じゃ太刀打ちできない相手なんだから、女神がなんとかしてくれないと世界はとんでもないことになってしまう。俺としてはそんな世界ごめんだから、女神が復活してなんとかしてくれって思ってる。


「魂に関してはなんとかするから……ほらよ」


 横抱きにしていた女神の肉体を捧げる。

 ちょっと躊躇うような息遣いの後に、女神の肉体に光の粒子が降り注ぎ……肉体が呼吸を始めた。


『……降ろしてください』

「動かせるのか?」

『動かせませんけど』


 肉体には体温も呼吸も血流も戻っているようだが、魂がないから動かすことはできないらしい。そのまま横抱きにして運び、部屋の隅に座らせておく。


『数百年も生きている人間はまともではありません。貴方が考えている以上の力を持っている可能性も高いでしょう……どうか油断しないで』

「そりゃあそうだな……油断はしてないけど、俺の想像を超えるような敵だったらちょっとキツイかもな」


 想定を超える実力を持っている存在には苦戦するだろうが勝てるだろう。しかし、こちらの想像を超えるようなことをしてくる敵にはどうしても対抗することが難しくなってしまう。なにせ、こちらが考えてもいなかったようなことをしてくる訳だから……それの対策を考えようと思うとどうしても後手に回ってしまうことになる。


『そんな時の為の私だ。お前の想像で補えない部分にはついては私がしっかりと補ってやろうじゃないか』

「本当に大丈夫か?」

『冥府みたいな管轄外でなければな』


 デザスターの言葉はちょっと頼もしいような気もするが……それはそれとしてちょっと怖い感じもする。まぁ……想像できない敵だったとしたら、ここでごちゃごちゃ考えていても無駄なので大人しく諦めて、その場しのぎでなんとかしよう。



 女神の肉体と力を取り戻した訳だが……残りの魂を取り戻したらいよいよ魔の者と戦うことになる。秩序の女神は自分が復活すれば大抵のことは上手くいくと言っていたが……一度敗北している魔の者が無策で再び女神と戦うとは思えない。こちらからも用心しておかなければならないか。

 はぁ……頭使うの、そんなに得意じゃないんだけどなぁ。

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