第96話 幻の世界

 魔の者から力を受け取った人間がどんな末路を迎えるのかは知らないが、少なくともまともな人生を送っているようには見えない。まぁ、本人からすれば自らが最も恐れた「死」を遠ざけて生き続けることができるだけで、既に目的は果たされているのかもしれない。しかし、魔の者にとって人間など所詮は使い捨ての駒にもならない下等種族という評価は変わっていない筈なので……国王から受け取っている女神の魂、その力を吸収し切ったら速攻で殺されそうな気もする。そうでもなくとも、魔の者が復活して世界を支配することがあれば、人間だからという理由で殺されるだろうな。

 国王だって魔の者がどういうものなのか知っているはずなのだが……それでも自らが死にたくないと言う思いの為だけに契約したのだろう。もしくは、人間を辞めて完全に魔の者に与する覚悟があったか……どちらにせよ馬鹿なことだ。


 俺も、女神から超常の力を授かっているものだからわかるが、こんな力は人間が持っていていいものではない。人間の根本的に歪み、自分の外殻がゆっくりと解体されていき……最後には力だけのあやふやな存在になってしまうだろう。俺は女神から節操なく力を大量に受け取った訳ではないから人間として生きていられるが……半身が青年で半身が老人のあの姿を見れば、もう国王がまともな人間ではいられなくなっているのがよくわかる。


「さぁ、儂を殺してみろ! 自らが正義と思いあがり、世界の秩序は自分こそが担うと考えている女神の手下共! 世界とは──」

『貴様の御託になど興味はないっ!』


 両手を広げて高々と叫び始めた国王に対して、デザスターが吶喊していった。話を聞く気など最初からないデザスターのブレスが国王の上半身を消し炭にしてしまった。女神の魂が何処にあるのかも聞いていないのに、なんてことをしてくれたんだと思っていたが……国王の気配はまだ消えていない。


「……畜生に人間の言葉は難しかったか? 人の話は最後まで聞いた方がいい」

「デザスターっ!」

『ちぃっ!?』


 上半身を消し飛ばされた国王の身体がゆっくりと倒れたと思ったら……そのまま蜃気楼のように風に吹かれて消え、地面の下から何人もの騎士が現れてデザスターの足を掴んでいた。騎士をよく見ると、兜の中身は伽藍洞でなにもない……鎧だけが意思を持って動いているのだ。

 偉そうなことを言いながらすっと現れた国王は、顔面にニヤニヤとした表情を浮かべていた。


「さて、儂の領域で戦おうなどと思ったその無謀な考えを戒めてやろう」


 国王が右腕を振ると同時に周囲の花畑が消え、荒野に変わっていた。しかも白い霧がゆっくりと周囲を覆い始め……まともに視界が確保できなくなってきた。

 わかっていたことだが、やはりここは国王が生み出した魔法による領域内……つまり、国王の掌の上だ。


「白き神獣……あの方に力を貰って生み出されておきながら、あの方を裏切った愚かな獣畜生よ。貴様の終わりはここだ」

『ふ……あんな奴に従っていられる貴様の方が愚かだと私は思うがな。あいつは自分以外の全てが等しくカスだと思っているぞ。配下の魔族も、利用される貴様のような人間も、この世界そのものもな!』

「だからよいのだ。人間社会の平和とは、仲良く平和に手を取り合うことではなく、最も偉大で最も公平な考え方をする者が支配することで成り立つ……それがわからんのか?」

「支配者として君臨してくれるならそれでいいんだけどなっ!」


 拘束されて動けないデザスターを助けるために国王に接近して神の射手ホーリーアローを放つが、煙のように身体をすり抜けていった。しかし、デザスターを拘束している伽藍洞の騎士たちは現実に存在している。俺とシェリーで鎧を破壊してデザスターを助け出し、3人で背中を預け合う。


「お前の言っていることはわかるさ。確かに、人間の平和は仲良く手を繋いで横並びなんかでできる訳がない……圧倒的な個による支配こそが人間の恒久和平の実現の現実的な理屈だ」

「ほぉ? それがわかりながら儂に歯向かうか?」

「お前の言っていることはわかるが、そもそも魔の者が俺たちを支配してくれることなんてないと思ってるからな」


 魔の者の根本にあるのは破壊だ。創造は破壊の中からしか生まれないが……創造したものを維持するには秩序が必要だ。人間を支配することができるのは破壊の力を持つ者ではなく、秩序の力を持つ者だ。


「それに、現実的なだけの理屈なんて誰もついてこない。人間は自由だからいいんだよ」

「自由か……愚かな言葉だ。自由があるから人は迷い、争い、殺し合う。不毛だと葉思わないか? 儂が愛した人も、そうして死んでいった」

「そうかい。なら、その時にお前も死んでおくべきだったな」


 長生きしてこんな人に迷惑をかけるなら、死んでおいた方がマシだったってもんだな!


神の裁きホーリージャッジメントっ!」

『私が囮になる! お前たちで倒せ!』


 シェリーの神の裁きホーリージャッジメントで地面から再び生えてきた伽藍洞の鎧どもを消し飛ばしてから、太陽を背負ったデザスターが霧の中を走る。確かに、脆い人間である俺とシェリーが囮になるよりは、屈強な白き神獣であるデザスターが囮になった方が生存率は高いだろうが……相手は得体のしれない力を使う。デザスターを1人で行かせたら不味い気がする。

 シェリーの方へとちらりと視線を向けると、小さく頷いてくれた。


「理想だけではなにも成せん……愚かな夢を見たまま死ぬがいい」

『貴様が死ね!』

「阿呆。獣畜生如きがこの儂を殺せると思っておるのか? だから獣畜生だと言うのだ」


 デザスターが全方位に向かって放ったレーザーをすり抜けて、国王が背後から奇襲する……背中を見ながら俺が飛びかかる。


「こっちだっ!」

「ほほぅっ! やはり人間が儂の敵になるか!」


 奇襲の拳は受け止められてしまったが……俺は今、国王の身体に触れた。つまり、目の前にいるこいつが本体で間違いない!


「シェリーっ!」

神の御手ホーリーライト!」

「少し遅い」


 受け止められていた拳がするりとすり抜け、上空から降ってきた柱も虚空を貫いただけだった。確かに本体だったはずなのに、後天的にすり抜けさせることができるのか? それとも、幻を生み出して本体を自由自在に移動できるのか?

 敵の領域内なのだから、なにができてもおかしくないと考えるべきか……それにしても、厄介な相手だ。

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