第95話 躊躇いは捨てた
俺が近づいた瞬間に感じ取った異質な魔力は……通常ならば人間が絶対に発することはない魔力だった。それは人間離れした力を感じ取ったとか、女神の魂から魔力を引き出していたとかではなく……感じ取ったのは魔の者の配下と同じ魔力。ドス黒く、底が見えない異質な闇の魔力であり……人間が持っているはずのない力。俺はその魔力を肌で感じ取った瞬間にこいつを殺すのはシェリーの方がいいと判断した。フェラドゥに数百年間君臨し続けていた国王……こいつは間違いなく魔の者となにかしらの関係を持つことで、自らの死を遠ざけていたのだ。
「ハヌマーン、なんて名乗ってたか?」
「今の名前はそうだったな。その前にこの顔を使っていた時はアグリ、その前はオセロスだった」
そう……こいつは数百年間生き続けながら、何度も代替わりしているように見せてきたので、とにかく名前が多い。国王、としか呼ぶことができないのは膨大な名前を把握しきれず、恐らくだがこいつも自らの名前などとうに忘れてしまっているからだ。
「それがなんだと言うんだ? 儂の名前がハヌマーンであろうとも、アグリであろうとも、オセロスだったとしても何も変わりはしない。所詮、名前などつけられたものを判別するためのものでしかないだろうに」
「……俺は、名前にこそ意味があると思っている」
だからこそ、魔法には名前を必ずつける。
名は体を表すという言葉があるが……魔法という人間には解明しきれない要素が存在している力を行使する以上は、多少はオカルトに傾倒しても構わないと思う。なにより、言霊というのを俺は信じている。名前を与えられた時、初めてその存在はこの世界に確定するのだ……だから、俺は名前のことを大切に思っている。
「くだらんな」
国王が腕を振るうと同時に、巨大な赤色の爪が現れて俺を切り裂こうと迫ってきた。魔力によって具現化されたイメージがそのまま攻撃してくる魔法……人間の魔法には存在しない系統の魔法だが、イメージが具現化するということは逆に言えばそれを避けることができれば当たらない魔法ともいえる。
地面に大きな傷跡を生み出しながら、巨大な爪はそのまま虚空へと消えていく。俺が回避を選択した時点で既にシェリーと国王は同時に動き出していた。
「ちっ!」
シェリーが神聖魔法を放とうとした瞬間に、距離を詰めようとしていたのをやめてそのまま大きく下がった。国王が距離を取って逃げ行くのを見て、今度はシェリーが魔法を止めて俺に近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ……やっぱり既にまともな人間ではなさそうだな」
「そうですね。私の魔法をここまで過剰に避けようとするってことは、そう言うことだと思います」
「それにしては、女神の魂を利用してるんだよな」
魔の者の力を扱いながら、女神の魂を利用して死を遠ざけている……いや、待てよ。
魔の者が普通の人間にそんな力を与えるようなことをするだろうか? 直接魔の者と相対したことなんてないが……今までの行動と女神からの情報を擦り合わせると、魔の者は人間という存在そのものを下に見ている。どれだけ汚い欲望を持っている人間だとしても、使い捨てにするのが関の山だと思うんだが……実際にはこんな風に数百年間も人間のことを利用している。これは異常なことだ……まず、魔の者みたいな情も無いような奴は年数を経て考えが変わるなんてことはない。つまり、魔の者にとってあの男は力を与える価値があるってことだ。ならそれはなにかと考えたら、間違いなく女神の魂だ。
「勘違いしてたな。女神の魂、その力を使って自らの身体から死を遠ざけていると思ってたんだが……お前は女神の魂を魔の者に捧げることで力を得ている。そして……その力によって死を遠ざけている」
「……どうやって気が付いたのかは知らないが、そこまで知られては流石にこちらも手加減はできなくなってしまうぞ」
雰囲気が変わった。
ブレていた見た目の姿がゆっくりと重なっていき……半身が老人で、半身が青年の姿になった。もしかしたら、あれが本当の姿なのかもしれない。魔の者に力を貰ったことで、既に人間ではなくなった存在か……殺すことに躊躇いは、ない。
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