第97話 領域

 幻の世界が蠢いている。国王が領域内を移動するたびに景色が変わり、大地が不自然な動きをして、俺たちに襲い掛かってくる。しかし、問題は周囲の地形が変わったり襲い掛かってくることではなく……何度殺しても国王の身体が幻に消えてしまうことだ。


「ふむ……攻撃速度、判断能力、分析能力、魔力、全てにおいて優秀だ。お前が女神に選ばれ、女神の力を持つに値する人間であることは理解した」

「上から目線で人を評価してんじゃ、ねぇっ!」

「残念ながら、儂の方が上なことは事実。人間が上から見下ろされることを嫌うが、仕方のないことなのだと諦めておけ」


 近づいて蹴ったはずの身体がすり抜け、直後にその足を掴まれてしまった。やはり任意に事象を書き換えているとしか思えない……しかし、すり抜けながら俺を攻撃することまではできないと考えると、そこまで無敵な訳でもない……とは言えないんだよな。なにせ、奴は攻撃された後から事象を書き換えて自らの本体を移動させているのだから。しかも、攻撃を避けながら攻撃することはできないのは本人だけであり、地形を動かして攻撃することはできるのだからやはり無法だ。


神の裁きホーリージャッジメントっ!」

「温い」


 ただし、魔の者に与する者である以上はシェリーの放つ神聖魔法が致命的な攻撃になるという弱点から逃れることができない。神の裁きホーリージャッジメントのような超範囲の攻撃を放たれれば、掴んでいた俺の腕を放してかなりの距離を取る。弱点と言えなくもないが……シェリーだって無限に神の裁きホーリージャッジメントを撃てるわけではないので、やはり厳しい戦いと言えるだろう。


「総合的な能力ではこちらが圧倒しているはずなのに、それを全てなかったことにされている」

「自らの方が優れていると言いたいのか?」

「上から見下ろされても諦めろって言ったのはお前だろ?」


 国王の眉間に皺が寄っているのが見えた。口での攻撃に対する耐性はあんまりないみたいだけど、だからと言って無暗に突っ込んでくるような性格でもないので中々有効打にはならないだろう。


「シェリー、大丈夫か?」

「まだまだ大丈夫ですけど……このままだとジリ貧ですね」

『うむぅ……私の魔法では奴をそこまで追い込むことができん。神聖魔法が使える聖女に頼りきりになってしまうとはな』


 既に見上げるサイズまで大きくなっているデザスターだが、領域内の全てを好き勝手に操作できる国王を相手にはどうしても後手に回ってしまう。


「やっぱり、この領域そのものを破壊することから考えないと駄目だと思う」

『そうは言うが、そんなことができるのか?』

「どんな魔法にだって原理は存在している。原理が存在しているのならば、構造上の欠点となるものが必ずあるはずだ……やってみないとわからないけどな」


 魔法は完全無欠の力ではない。使用すれば魔力を消耗するし、強力無比な魔法にだって弱点は必ず存在している。この領域を生み出しているのが国王の魔法なのだから、必ずこれにも弱点はあるはずだ。


「任せました」


 シェリーは俺のことを全面的に信頼してくれているので、疑問を持たずに一歩前に出る。その盲目的な信頼には普段からちょっと困っていたが、こういう場面で指揮官の言葉に疑問を持たずに行動してくれるのはありがたい……まぁ、俺の良心は悲鳴を上げているんだけども。

 シェリーが突っ込む前に、デザスターが雄叫びを上げながら突っ込んでいった。シェリーを前に立たせない方がいいというデザスターの判断なのだろう。再び身体を少しずつ小さくしながら、国王へと向かっていく。


「学習しない獣畜生だな……いや、獣畜生だから学習できないのか?」

『どうかな!』


 デザスターの口から放たれる魔力のレーザーは威力絶大だ。一瞬で地形を変化させるほどの威力を持っているが……当然ながら巨体になればなるほどに細かい狙いをつけ辛くなり、同時に味方を巻き込みかねない技になっていく。


 デザスターとシェリーに国王を任せて俺は領域そのものを破壊する手段を考えていく。まず、この領域がどのようにして形成されているのかを考えなくてはならない。候補として考えられるのは、結界のような物を生み出してその内部構造をコロコロと変えているというもの。そしてもう一つ考えられるのは俺たちを予め用意してあった領域に転送したって可能性だ。

 前者だった場合は、結界を維持して内部構造を変えるためにそれなり以上の魔力を消耗するだろうと考えられるが、魔の者から力を得て人間を超えた存在となった国王に魔力切れは期待しない方がいいかもしれない。そうすると、突破する手段は結界に損傷を与えて破壊すること。

 後者だった場合は、事前に用意してあるということから考えて破壊は困難であろうということが考えられる。しかし、逆に言えば破壊して突破してしまえば簡単にもう一度領域内に転送、ということはできなくなる。

 ふむ……総じて考え、俺がこの状況からやるべきことは……結界を破壊することにある。まず、現実世界とは全く違う環境を生み出しているってことは、なにかしらの境が存在しているのは間違いない。その部分を破壊してしまえばこの領域は自然と崩壊していくだろう。


雷速ソニックボルト


 手始めに国王に背中を向けてから雷速ソニックボルトを放ってみるが……彼方へと消えていった。壁のようなものに当たったような気配も無ければ、魔法によって弾かれるみたいな感じもない。結界の端が認知できないようになっているのか、それとも単純に広いだけなのか。


「よし」


 しかし、情報は得られた。破壊不可能な壁みたいなのが現れたらどうしようと思っていたのだが、逆に壁が全く存在していないのは破壊がしやすい方だと思う。

 まず、結界の特性を考えればいいのだが、無限に全てを閉じ込めることができる結界なんてものが作れるとは考えられない。つまり……その許容限界を超える量の何かを生み出してしまえばこの結界は破壊できるってことになると思う。


疑似・侵食する闇ナイトメア


 セレス姫の持つ自らの影を領域として周囲を侵食する暗黒魔法。それを疑似再現してひたすらに俺の領域を広げていく。この魔法も、自らの領域を周囲に広げるような魔法……ひたすらに広げ続ければ、いつかは国王の幻の世界と干渉するはずだ。


「何をしているかと思えば、儂の世界を破壊する気か。そんなことができるものか」

『だがあいつはやろうとしている』

「私たちはそれを信じて、貴方をここで足止めするだけです」

「くだらんな……人格の違う他人を信頼するなど、何処までもくだらない行為だ」


 じわじわと広がる領域を眺めながら、俺はなんとか堪えてくれと心の中で祈ることしかできない。

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