第27話 精霊樹

「あ……ぐっ!?」


 評価を改めなければならないだろう。完璧に入った一撃によって意識を刈り取れると思っていたが、寸での所でメレーナは踏み止まった。とは言え、意識が残っただけでこれ以上の戦闘は不可能だろう……その証拠に、彼女が召喚した2体の精霊は既に消えている。契約者であるメレーナの意識が一瞬でも飛んだから、魔法の効力が消えてしまったのだ。

 想像以上のタフネスさにちょっと驚いてしまったが、結果的にはなにも変わりはしない。メレーナは動けず、俺とシェリーが勝負に勝った……それ以外の結果はここに存在していない。


「まだ、おわって」

「もう終わった……そのまま動くと死にかねない」


 悲鳴を上げている身体を無理に動かせば命に影響があるかもしれない。不法侵入している俺たちが言えることじゃないかもしれないが、命を捨てるなんて馬鹿なことは極力しない方がいいに決まっている。それでも、立ち上がってくると言うのならば……その時はしょうがない。いっそのことこちらの手で引導を渡してやるのが慈悲ってものかもしれない。


「おー、派手にやってる」

疑似・魔弾フライクーゲル!」


 膝ががくがくと震えているのにまだ立ち上がろうとするメレーナを見つめていたら、いきなり耳元で声がしたので振り向きざまに魔弾を飛ばしたが……魔弾は対象を発見できずに空に消えていった。設定した相手に対してとことん追尾して命中させる魔弾が、全く追尾することもなく消えていった事実に俺は目を見開き……の女を見つめる。


「聖域で魔法使って暴れるなんて中々ないぞ?」

「……誰だ? と言うか、何者だ?」


 魔法が当たらない。魔弾は確実にこの女の胸元を貫いていったはずなのに……まるで最初から対象がいなかったかのようにそのまま真っ直ぐに進んで途中で消えてしまった。と言うことは、目の前にいる女は物理的に干渉することができない存在……あるいは、幻のようにそこに見えているだけの存在なのかもしれない。


「私の正体なんてどうでもいいだろ? 問題は……お前たちが精霊樹を欲していると言う点だ」

「悪いことなのか?」

「いやぁ? エルフたちが勝手に神聖な場所で、神聖な樹木だからって崇めているだけで枝葉をちょっと持っていかれてもは気にしないさ」


 私、か。

 推測だが……目の前のこいつは、精霊樹に関係している精霊のような何かだと思う。言い草的に……精霊樹の意識そのものかもしれないが。


「枝葉を分けてやることぐらいなんてことはないんだが……ちと面倒なことが最近起こっていてな? それの手伝いをしてくれたら、枝葉をやるよ」

「あんまり時間をかけると死んだと思われて報酬が貰えないかもしれないから、短く済むような依頼にしてくれよ」

「わかってるって……おい、そこのエルフ」

「ん……な、なんだ? 身体が……」


 面倒くさそうに手を振った女の仕草だけで、メレーナの身体にあった傷が全て消えた。神聖魔法でもそんなことはできない……シェリーが驚くのも無理はないだろう。

 身体から傷が消えたメレーナは、すぐさま距離を取って弓を構える。俺とシェリーが不法侵入者であることに変わりはない訳だから、傷が治れば当然ながら再び戦闘になる訳で。


「こいつらに聖域を狙っている連中の話をしてやれ。最前線で戦ってたお前らの方が詳しいだろ……私は、ただこの聖域に引き籠っているだけだからな」

「……精霊、か? 見たこともない精霊だが、何故人間に肩入れする」

「人間に肩入れぇ? 馬鹿なこと言ってないでさっさと説明してやれよ……これはエルフとか人間とか言ってられる時期をとっくに過ぎてんだよ」

「……もしかして魔の者とか言う奴が関係してたりしないよな?」

「正解っ!」


 勘弁してくれ……その魔の者とやらはどこまで手を広げてるんだよ……行く先々で出会うのは最早運命を感じざるを得ないぞ。いや、神に選ばれたとか云々を考えると運命ってのもあながち間違いではないのかもしれないが……それはそれとしてそんな面倒な奴がいるなら最初からしっかりと教えて欲しかったって感じはある。自分が封印から復活すればオールオッケーみたいなテンションで喋ってた癖に、問題山積みじゃないかこの世界。


「聖域になにかがあって、それを狙ってるってことか?」

「そうそう……その何かが問題なんだなぁ、これが」

「精霊樹とかじゃなくて?」

「魔力が強いだけの樹だぞ、私なんて」


 やっぱりこの精霊は精霊樹の意識そのものなんだな。


「……この聖域には、神が残したとされる遺産があるらしい。エルフに伝わる話だが、それを狙って魔の者は何度も手先を送り込んでいる」

「遺産? それって……武器とかってことか?」

「その正体はわからないが、とにかく敵の手に渡しては駄目なものだと言い伝えられているが……それぐらいしか詳細はわからない」


 そんな大事なものならもうちょっと詳細を残しておけよなぁ……こっちが困るんだから。まぁ、口伝によって伝えられたものなんて基本的に信用ならないが……精霊がそう言っているんだから本当なんだろうな。


「その遺産は何処にあるんだ?」

「回収しようと思っているなら無理だぞ。選ばれた者にしか触れることができない……なんて言われているからな」

「初耳だが?」


 エルフにもわかってないこと多すぎるだろ。

 精霊も全てを知っている訳ではなさそうだし……非常に面倒くさいことになってきたな。


「そもそも何処に隠されているのかもわからないからなぁ……」

「それがわからないと防衛もままならないだろ」

「だから、私たちエルフは森に入ってくる全ての存在を敵として認識している。勿論、お前たちもだ」


 へいへい……こうして喋ってくれているだけでも感謝しろよってことなんだろうけど、確かにここまで面倒なことになっていると森に入った連中は全部敵ってのも妥当だな。

 エルフたちがやけに殺気立っているのはこういうことだった訳か。勿論、人間が精霊樹を狙って森の入ってくることも許せなかったんだろうけど、森がモンスターによって何度も襲われて、その度に怪我人が出ているとしたら……森がピリピリするのも理解できる。


「お前、余所で魔の者の関係者と戦っただろう?」

「どうして?」

「闇の魔法を使ってたからな……完全に同じではなかったが、あれは確かに魔の者の関係者が扱う闇の魔法だった」


 メレーナに使った疑似・闇の衝撃シニスターインパクトのことを言っているのかな? 確かにあれは、魔の者と取引して力を得ていた男から盗んだ魔法だけども、それだけでわかるぐらいには特徴的な魔法なのか。疑似・闇の誘いダークコーリングも無暗に使わない方がいいのかな。


「とにかく、この問題をなんとかしてくれたら精霊樹の枝葉なんて幾らでもやろうじゃないか」

「……無理じゃね?」


 何処にあるかもわからない遺産を狙ってくる連中をなんとかしろって、無理難題な気がするんだけども。

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