第44話 巨大昆虫

 前言撤回……この姫様、全てに興奮する変態だったわ。

 俺たちの目の前には、滅茶苦茶デカい虫のようなモンスターが1体。そいつの身体の節々から、冷気が物凄い勢いで吹きだしており……それが吹雪となって迷宮を包んでいた。もっと動物的なモンスターを思い浮かべていたんだが……まさかこんな馬鹿みたいな虫がいるとは想像もしていなかった。自分が想像するものよりも意味不明なものが飛び出してくるのは、やはり迷宮だからなのだろうか。それにしても、こんなクソデカイ昆虫は……見ているだけで気持ち悪いぞ。


「……どうする?」

「どうするもなにも、そもそも倒さないと先に進めませんよ」


 ドン引きという表情のメレーナの言葉に対して、嫌そうな顔をしながらも倒さなければならない現実から逃げたいと言わんばかりの表情をして答えるシェリー。そして、俺の横にいるセレス姫は……何処から取り出したのかスケッチブックにパパっと昆虫の絵を描いていた。


「こんな巨大な虫型のモンスターは初めて見ましたわ! あぁ、やはり期待を裏切らない場所ですわね! ふふふ……あははははは! あの虫はどれだけの戦闘能力を持っているのかしら。あの吹雪のような冷気は何故節々から放出されているの? あれだけ巨大なモンスター、迷宮の何処からやってきたの? 疑問が尽きないわ……」


 あんなモンスターを見て興奮できるのは途轍もない才能だと思う……ああなりたいとは全く思わないけど。


「真正面から戦って勝てるか? あんなデカイ虫を相手に」

「どんな攻撃をしてくるかもわかりませんからね。周囲を見る限り……他の探索者も何度か交戦しているようですね」


 あのクソデカイ虫は全身から冷気を放ちながらもずっと動きを止めている。目に見えるような傷はないようだが……迷宮の壁はボコボコに破壊されている。その中には明らかに魔法でつけられたであろう傷や、武器によって切り刻まれたのであろう迷宮の壁、その残骸が転がっていた。あの虫がそんな多彩な攻撃をしたとは思えないので、普通に考えるのならば既に何人かの探索者と戦っているのだろう。それでもなお、活動を停止していないのだから……戦った相手を殺したか、勝てないと判断させて撤退させたか。まぁ、後者だろうな。

 今の俺たちは壁に隠れながら虫を眺めている訳だが、奴がどっかりと居座っているのは迷宮の先に続く道だ。あいつを迂回して先に進むことはできなさそうだし、そもそもあれを止めないとこの吹雪が止まらないことを考えると、早急に殺してしまうべきだ。勿論、簡単に勝てるなら苦労はしない。


「真正面から戦うしかないだろ。そもそも昆虫と同じなら外殻は滅茶苦茶硬いだろうし、背後から攻撃したって大して効果はないだろ」


 見た目的にはカブトムシの雌に近いかな。羽があるのかどうかは知らないが、見た感じ角はなさそうだし……あの冷気をなんとかすれば接近はできると思う。しかし、呼吸するように常に吹きだしている冷気をどうするかって話だ。

 昆虫系のモンスターは基本的に外殻が硬く倒すのに苦労するものが多い。しかも、全身が筋肉で覆われている昆虫を元にしているだけあって瞬発力も半端ではないし、まともな人間が攻撃を受ければ肉体を五体満足ではいられないぐらいの強さがある。ただし、それ相応に頭は悪いので基本的に直線な動きしかしない。動きは速いが、単調なので見極めることができればなんとか戦うこともできるだろう……あの大きさの昆虫型モンスターは見たことないけど。ざっと見ても30メートルぐらいはありそうだ。


「ここは神聖魔法だな」

「やっぱりですか?」


 モンスターという存在に対して絶大な効果を発揮する神聖魔法ならば、外殻を無視してダメージを与えられることができるだろう。なにせ神聖魔法は魔の眷属を焼き払う特別な魔法なのだから。そうなると、メインアタッカーは俺かシェリーということになり、メレーナは必然的にサポートに回ることになる。


「セレス姫は」

「囮にでもなりましょうか?」

「絶対だめだからな?」


 隣国の姫様なんて立場で、しかも俺たちの依頼人でもある人物を囮にするなんて普通に考えてありえないだろ。なんならこの壁から出ないでくれって言いたいぐらいなのに……絶対に従わないってわかってるから言ってないけど。


「お気遣いいただかなくても、私はしっかりと戦えますよ」

「……メレーナ、念のために傍にいてやってくれ」

「わかった。どちらにせよ、私の魔法では傷を与えられそうにないからな」

「よし……シェリー、俺が派手に暴れるからなんとか倒してくれ」

「はい……え?」


 セレス姫は依頼人、シェリーは神聖魔法、メレーナはセレスの護衛って考えると俺しか残っていない。俺は確かにシェリーから模倣させてもらった神聖魔法があるからある程度の戦いにはなるだろうが、神聖魔法だけで見るとやはりシェリーの方が熟練度は上だ。ならば、俺はシェリーが攻撃することができる隙を作ろう。

 壁から飛び出して虫の脚を蹴る。奴にとっては脚になんか当たったぐらいの感覚だろうが、こちらに意識が向くならばそれでいい。

 のっそりとした動きで俺の方へと視線を動かした虫は、俺が走っているのを確認してから口を開いて白い息を吐いていた。


疑似・魔弾フライクーゲル!」


 まずは牽制のような扱いで顔に向かって魔弾フライクーゲルを放ってみるが、口から漏れ出していた白い煙に触れた瞬間に魔力の弾丸は凍り付いてしまった。


「……嘘だろ?」


 魔力は温度があったり触れられたりするものではない。その魔力の弾丸が凍った……つまり、俺には理解不能ななにかがあの虫の息にはあるってことだ。

 こちらの動揺を感じ取ってか、6本の脚を軋ませながら体勢を変えた虫は、そのまま地面を蹴って飛ぶ。それを予測していた俺は身体の下を通り抜けるように姿勢を低くして突進を避ける。巨体だからこそ身体の下にそれだけ空洞が生まれている訳だが……突っ込んでいった迷宮の壁を粉砕しながら、奴は周囲に冷気を噴出して吹雪を巻き起こす。視界が真っ白に染まっていくのを見て、流石に俺は焦った。なにせ、奴の突進は受けたら即死レベル……なのに視界妨害だ。


「やべぇっ!?」

神の御手ホーリーライト!」


 マジで焦っている俺の前に、シェリーの神の御手ホーリーライトが降り注ぐ。地面を砕きながら何処からともなく落ちてきた光の杭は、圧倒的な存在感で吹雪の中でも光り輝いていた。その光が少し陰ったのを見て、俺は勢いよく姿勢を低くして再度の突進を避けることに成功する。

 今のは、助けてもらってなかったら死んでかもしれない。

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