第45話 昆虫退治
ホワイトアウト……雪が降った時に同時に強風が巻き起こると発生しやすい気象現象であり、一瞬にして視界が真っ白になって自らが立っている場所さえもわからなくなることから白い闇とも呼ばれる。そんな気象現象、昆虫は自らの力で起こしていた。
身体の節々から発せられる冷気によって周囲を冷やされる空気と周囲を舞い散る雪の結晶が、昆虫が発する強烈な暴風によってホワイトアウトに変わっているのだ。
視界が真っ白に染まっている中では敵を見つけることだって容易くはないのだが……どうにも、奴は何らかの手段でこちらのことをしっかりと認識しているらしく。真っ白な視界の中でもいきなりぬっと目の前から襲い掛かってくる。紙一重でそれ避け続けてはいるのだが……それだっていつまでもできる芸当ではない。
「シェリー!」
「もうちょっと待ってください!」
もうちょっとって言われてもなっ!?
幸い、と言っていいのか奴の攻撃手段はそこまで多くないらしい。さっきから突進してくるか、氷柱をこちらに向かって飛ばしてくるかのどちらかだけだ。突進は敵の図体がでかいので下を潜り抜ければ避けられるし、氷柱も急所に刺さらないように気を付ければ多少当たっても死ぬことはない。しかし……どちらもホワイトアウトの中で飛んでくるってのが厄介な部分だ。
時折、メレーナが放ってであろう
「くそ……俺には何にもできないか」
いくつかの魔法を試してみたが、強力な甲殻で覆われている昆虫には基本的に効果無し。やはり倒すには神聖魔法を使うしかないのだが……こうも視界が悪いとそれも難しい。シェリーが手間取っているのも敵がしっかりと捕捉できないからだろう。
「えぇい! もう面倒くさいですね! いきますよ!」
「なにを!?」
痺れを切らした、とでも言わんばかりのシェリーがなにか叫んでいるが、俺には状況が全く理解できない。困惑している中でこちらに向かって飛んできた氷柱を避けながら上を見ると、ホワイトアウトの中でもくっきりと見えるぐらいの光が降り注いできた。
まさか、とは思ったが……どうやらシェリーは昆虫がしっかりと捕捉できないことに痺れを切らして迷宮の広い範囲をそのまま焼き払うことにしたらしい。
「
神聖魔法が通常の人間には効かないからこそできる無理矢理な超範囲攻撃。ホワイトアウトの中に隠れていようとも、避けることができないと断言できるほどの神聖魔法の光によって、俺の目の前まで迫っていた昆虫は動きを止めた。
じゅわ、という何かが蒸発するような音と共に昆虫の身体から白い煙が立ち昇っていた。先ほどまでの全てを凍結させる煙ではなく、肉体が焼けているかのような煙を発しながら、昆虫はその場でびくびくと暴れ始める。びくびく、なんて言うが相手が数十メートルサイズにもなるとそれだけで巻き込まれるかもしれないこちらはヤバい。
昆虫が暴風を止めたことで徐々に視界が回復してきたが……今度は暴れる昆虫から逃げる必要が出てきた。巻き込まれないように逃げていると、いつの間にか俺の足元に黒い闇が迫っていた。
「
芯のある小さな声によって放たれた魔法は俺の足元を闇で覆いつくし、迫っていた虫の脚に対して壁のように上に伸びて弾き返した。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……これ、暗黒魔法?」
「はい。暗黒魔法の基礎にして奥義ですよ」
よく見ると、彼女は座り込みながら大量の呪いを放出していた。額には汗が大量に浮かび上がっており、この魔法がどれだけ無茶をして発動しているのかがわかる。
彼女の足元にあるはずの影がこちらに伸びて、覆いつくしているのだ。恐らく、この魔法は自らの影の面積を増大させて操ることができる影の総量を増やす魔法なのだろう。そう考えると、彼女の体力が消耗されている理由もよくわかる。自分の影を少し操るだけでもかなり体力を消耗していたのに、その影を広くして操る魔法なのだから……2倍に増やせば2倍以上の、3倍に増やせば3倍以上の体力を消耗することは間違いない。基礎にして奥義ということは、この魔法こそが影を操る基礎的な魔法であり、範囲を広げることで他の暗黒魔法の威力を絶大に高めることができる奥義にもなるってことだ。
よくもまぁ、と感心してしまう。だってそもそも暗黒魔法は人間が考え出したものではなく、魔の者から受けてしまった呪いなんだぞ? その呪いをここまで体系化した魔法にしてるんだから……セレス姫の先祖は、余程の馬鹿で天才だったらしいな。
「ぐぅっ!
「おっと、俺も手伝わないとな……
昆虫を仕留め切るにはシェリーだけでは時間がかかってしまうらしい。なので、俺も手伝ってやることにした。俺も神聖魔法が使えるのだから、当然ながら昆虫にダメージを与えることだって可能だ。暴れ回っているだけでこちらを狙っていない昆虫に対しては、しっかりと狙いを定めて……天から光をぶち込んでやれる。
「……私、なにもすることがないな」
「適材適所といいます。ここはゆっくりとしているのがいいかと……個人的には、エルフの扱う魔法にも興味はありますが」
「実験動物にされるのは嫌だぞ?」
「安心してください。貴女が魔法を使っている所を観察するだけでも満足ですので……精霊魔法、美しい響きですから使えるなら私も使ってみたいのですが」
俺とシェリーが頑張って魔法を放っている最中に、背後でメレーナとセレス姫が雑談しているのにちょっとイラっとした。とは言え、メレーナの精霊魔法でも昆虫に対してダメージを与えることは難しく、セレス姫の暗黒魔法なら有効打はあるかもしれないが……先ほどの
天から降り注ぐ光と杭によって、昆虫モンスターの身体が弾け飛ぶ。もっと灰になって消える、みたいな感じをしてくれれば倒したって感じになったのに、最後に身体をちょっと膨張させてから弾け飛ぶなんて考えていなかった。
「……汚い」
「我慢しろ」
周囲に散らばる緑色の体液とバラバラになった身体の節に対して、シェリーが不快感を示していたが……これくらい我慢してくれ。
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