第46話 報酬
「満足しました」
「はい撤収」
依頼主であるセレス姫が満足したと口にした瞬間に俺は撤収することを決めた。シェリーとメレーナはここからが迷宮の本番だ、みたいな顔をしていたが今回は元々無茶をしないと決めていたのだ。
そもそも、最初からセレス姫はまず迷宮を体感したいと言っていただけで、深くまで潜るなんて言っていない。なので、俺はセレス姫が満足するまで付き合うぐらいにしか考えていなかった。まぁ、流石にもう少し進むかなと思っていたが、やはりさっきの巨大昆虫への興味が尽きないのだろう。迷宮そのものへの興味よりも、その中に存在しているモンスターへの興味の方が強まった瞬間に、彼女は迷宮探索を切り上げた……ただそれだけの話だ。
「どうだった? 迷宮のモンスターからなにかヒントは得られそうだったか?」
「どうでしょうね……ただ、とても興奮しました」
うん……最初は自らの呪いを何とかする為にモンスターを研究しているもんだと思ったんだが、この様子を見るにどうやらそんなこと関係なく、自分が好きでモンスター研究しているらしいことがわかる。勿論、その先には自らの身体に存在する呪いを取り除く方法にも目は向いているんだろうが……それよりも更に先へと彼女の視線が向いているのは今のやり取りだけでもわかる。
「もう帰るんですか?」
「折角ならもっと潜ってみたいが、依頼主が満足してしまったなら仕方がないな。私はリンネの指示に従うぞ」
「その私がリンネさんの指示に従わない人間みたいな言い方やめてくれませんか?」
「なんでもいいけどさっさと帰るぞ」
猛吹雪の原因であった巨大昆虫は既に迷宮の染みになっているので、視界が妨害されることはない。それに、迷宮から入ってまだすぐの場所なのでこちらの消耗も少なく、帰りも楽に行けるだろう。油断している訳ではないが、シェリーがいるのだからこんな入口で死にかけることなんてない。
いつの間にか回収していたらしい昆虫の節を手に取りながら、セレス姫は怪しく笑っているが、あれは依頼には関係ない部分なので無視しておく。下手に変なことを言って実験かなにかに巻き込まれたら嫌だし、なによりあんな状態の人間に近寄っていいことが起きる訳がないと俺が思っているからだ。
結局、なにも起きずに迷宮から出た俺たちはそのままギルドハウスに戻った。
「リンネさん、これを」
「なにこれ?」
ギルドハウスで椅子に座って息を吐いて俺に、セレス姫はいきなり白い紙とペンを渡してきた。意味が分からなかったので聞き返そうとしてから、俺は嫌な予感がしてセレス姫より先に発言しようとしたが、遅かった。
「希望の金額を書いてください」
「……」
「そんな目で見ないでくださいよ。リンネさんがギルドマスターなんですから、依頼人との仕事はお任せします」
「よくわからないが大きい額を書けばいいのでは?」
富豪みたいな振る舞いをされてどうすればいいのか俺は無茶苦茶困っているのに、シェリーはいい笑顔で逃げるし、メレーナはよくわかっていないので素直にデカイ金額を書けと言ってくる。
目の前のセレス姫はニコニコしているので、きっと裏はないんだろうが……これでは滅茶苦茶圧力をかけられているようにしか見えない。仕事以上の金額を書けば強欲だと思われてしまうかもしれないし、仕事以下の金額を書けばこいつは相場もわからない馬鹿だと思われてしまう。無論、セレス姫にはそんな考えはなく、純粋に貴方が好きなだけの金額を提示してくださいと言っているのがわかるのだが……これはどうするべきなんだろうか。
「お、俺たちとしても色々と学ぶべきことがあった迷宮探索だったから、やっぱり相場より少し低めの額にしておこうかな。自分たちがトップ層と同じぐらいの実力者であるなんて驕りはないし、それに今回は浅めの部分までしか潜ってないからそこまで労力もない。そう考えるとやっぱり少しの金額で書くのが妥当だな! セレス姫だって暗黒魔法を使って助けてくれた──」
「好きな額を、書いてくださいね?」
今回の依頼によって得た物は大きいから、低い金額なんて書いたらこっちの面子が潰れんだよ、それぐらいわかってんだろうな。そう言っているんじゃないかと思うぐらいの笑顔で好きな金額と言われてしまった。ここまで来ると、本当にセレス姫には裏がないのだろうかと疑ってしまう。
「決め辛いようでしたら……これを報酬にしますか?」
「へ?」
セレス姫が懐から取り出して俺の掌に無造作に置いたのは、緑色の宝石だった。
「これは?」
「売ればこれくらいになりますよ」
さらっと俺に提示してきた紙に書かれた金額は、このギルドハウスがもう1軒ぐらい建つものだった。俺の額に汗がドバっと噴き出たのを見て、シェリーとメレーナはセレス姫を二度見した。
「あの……その、このハウスと同じぐらいの値段のものをポンと渡されると、心臓に悪いと言うか……」
「そうですか? この国の探索者ならこれくらいはポンと稼いでいるかと思ったのですが」
「流石にポンとは稼げないかな!」
確かに、トップの探索者たちはかなりの額を稼いでいる連中ばかりだけど、ポンとちょっと迷宮に潜るだけでこんな額が稼げるんだったらあんなに必死になってないと思うんだ。自分たちの国は貧困だとか言ってたけど、やっぱり王族は王族だったよ!
「普通に貰ってしまえばいいのでは? 金額をこちらから提示するよりもよほど楽だろう?」
「待ってください。その緑色の宝玉……最近高騰していると聞いたので、このギルドハウスが1つでは足りないぐらいの額になりますよ?」
「え」
俺は市場とか全く気にしてないから知らなかったんだけど、マジで言ってんの?
「あら? アルティリアでは最近逆に価値が下がっているのに」
「……これで、お願いします」
メレーナの言っていることに納得したので、これで終わらせることにした。このまま放置しているとドンドンと報酬が高額になっていきそうな気配がしたので、まずはこれで終わらせておこう……流石に一度に大量の金を渡されるとどうしていいかわからなくなっちゃうから。
「それにしてもいいことを聞きましたね。この宝玉、アルティリアでは大きな鉱脈が見つかったことでかなりの数が採れるようになったんですよ。これを輸出できれば……お金の問題にはしばらく困らずに済みそう」
「ソウデスネ」
こんなものをポンポンと輸出されて、フェラドゥは大丈夫なのだろうか。
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