第43話 吹雪

 自らの影を操り敵を攻撃する暗黒魔法。その威力にも驚きだが、これが彼女の内側に存在している呪いを外に放出することで発動する特異なものである、というのが更に驚きだ。

 通常の魔法は身体の内側に存在する魔力を消費して超常現象を引き起こすもの。その魔力の代わりに内側の呪いをほんの少し外に出すことで、あれだけの現象を引き起こしているのだ。そう、彼女は身体の内側から外に出しているだけ……つまり、彼女の身体を蝕む呪いは非常に強力であることがわかる。

 暗黒魔法は神聖魔法と対極に存在するものとされているが、実際はどちらも神の如き存在から与えられた力であり、本質的な部分では殆ど同じなのだ。


「ふぅ……」

「暗黒魔法……自らの内側に存在する呪いを外に放出することで発動する特異な魔法。魔力を消費することのない超低燃費の魔法なんて言われてるけど……実際は相当な体力を消耗するんだろう?」

「あら、バレてました?」


 シェリーとメレーナには聞こえない距離で、俺はセレス姫に静かに質問する。返ってきた答えは、予想通りのものだった。

 魔力は消費していない。それは確かなことだろうが、自らの身体を蝕む強力な呪いを外に放出して、なんの負荷も身体にかかっていないなんてことがある訳がない。恐らく、彼女の身体に大きな負担を強いる魔法なのだろう……なにせ、モンスターを倒す為に2回魔法を使っただけで、彼女の肌には汗が滲み出ていた。通常の魔法ではありえない、圧倒的な身体への負担と体力の消耗。低燃費と称される魔法にしては随分と代償が重い魔法じゃないか。


「貴方は魔法を観察するのが得意なのですね」

「まぁ……好きで得意になった訳じゃないけどな」


 色々とあってこの力を手に入れてしまった訳だが……彼女は俺が暗黒魔法の負担を見抜いたことを言っているのだろう。まぁ、でも身体の負担に関しては少し考えれば誰だって理解できることだろう。人間の寿命を容易く削ってしまうような呪いを外に向けようとする力はどこからやってくるのか……なにかを動かそうと思ったら必ずどこかから力を持ってくる必要がある。単純に、暗黒魔法の場合はその力が術者の肉体的、精神的疲労から来ていると言うだけのことだ。


「そう言えば、先ほどはメレーナさんと同じ魔法を使っていましたわね」

「そうだな」

「互いに魔法を教え合ったりしているのですか?」

「いや、俺は見ただけで魔法が使える」


 正直にそう答えると、セレス姫は目を見開いて俺の肌に触れてきた。


「そんな特異体質な人がいるとは知りませんでしたわ。私、モンスターの研究をしている人間ですが、同時に魔法についてもかなり詳しく調べているのです。だから……貴方に興味が湧いてきました」

「俺も、君が扱う暗黒魔法について興味が湧いてきた所だよ」


 内側の呪いを外に放出して扱う暗黒魔法……当然ながら、内側に呪いなんて抱えていない俺には扱うことができない魔法だ。、疑似的な再現が不可能かと言われたらそんなことはない。メレーナの扱う精霊魔法とは違い、魔力が呪いになっているだけで扱い方は基本的に通常の魔法と何も変わらない……つまり、その呪いによって得ている出力の部分を魔力に変換することができれば、呪いが内側に存在していない人間にも扱うことができるだろう。勿論、そこにはある程度のイメージ力と魔力、そして暗黒魔法への理解が無ければ不可能だろうが。

 女神から与えられた俺の瞳には、神聖魔法と同様に暗黒魔法は再現できるものだと映っていた。固有魔法に分類されるだけあって、他の魔法とは違ってかなりの難易度になるだろうが……やろうと思えばできるって感じだろう。


「2人とも、遅れていますがどうしたんですか?」

「……いや、さっきの魔法について色々とね」


 こうやって言っておけば、シェリーも深くは追及してこない。彼女は俺が他人の魔法を模倣することができることを知っているのだからこそできる言い訳だが……俺としてはちょっと心苦しい所だ。シェリーは女神に仕える者として、セレス姫の暗黒魔法は受け入れることができないものだろう。別にそれに対してなにか言うことはないが……俺はあの魔法を実に有用なものだと思っている。

 シェリーが扱う神聖魔法は、基本的に魔を滅するものだが、セレス姫の暗黒魔法は生きとし生ける者全てに対して攻撃することができる、まさに呪いのような魔法だ。モンスターと戦っている時は別に神聖魔法でもいいが、ことになったら……きっと暗黒魔法は役に立つ。勿論、無暗に人間と戦闘なんてする気はないが、またどこで人間に襲われるか、あるいは魔の者が人間を誘惑して手先にするのか知れたものではないから……暗黒魔法を知っておくのは良いことだと俺は思っている。


「ふむ……地下迷宮はモンスターよりも環境と、リンネが言っていたこともよくわかる。それぐらいには厳しいな」


 俺たちのことなんて全く気にせずに先を歩いているメレーナに、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。別にそこになにか思うことがあるとかではないのだが……なんともマイペースなことだ。

 さっきまで寒くて霜があるだけの空間だったのに、何度か曲がり角を通ったら……急に迷宮内に猛烈な吹雪が吹き荒れていた。目の前が見えなくなるぐらいに白い吹雪を正面から浴びて、俺は寒さを感じながらも前を歩く。隣には迷宮に慣れていないセレス姫がいるのだから、ここは多少の無茶をしてでも前に出るべきだと判断したのだが……当の本人は吹雪に何故か興奮している。


「ふふふ……いいですねぇ」

「なにが?」

「あら、気が付きませんか? この吹雪……魔力が混じっていますよ」

「魔力が?」


 純粋な環境による吹雪ではないと言いたいのだろうか……たとえそうだったとして、ならこの吹雪はなんなのか。


「モンスターが起こしているもの……そう考えると、研究者としてワクワクするに決まっていますわ」

「あー……うん」


 俺には全く理解できないが、モンスターがこの自然現象を起こしていると考えると凄いことだろうなってのは理解できる。つまり、セレス姫はモンスターが吹雪を起こしていることに興奮しているのであって、吹雪そのものには興奮していないってことでいいんだよね? ならよかった……流石に、自然現象で興奮する変態ではなかったか。

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