第42話 暗黒魔法

 入った瞬間に感じたのは物凄い寒気だった。恐怖から来るものならば精神を克服すればそれでいいのだが……どう見ても地下迷宮の道に霜がついているので、迷宮が冷えているのだろう。誰かの魔法によるものかと思ったが、しばらく歩いてみても何処もこんな感じなので、今の地下迷宮はこんな感じなのだろう。


「……シェリー」

「私もこんな冷えた迷宮は初めてですよ。そもそも、私は確かに迷宮に潜って戦ったことはありますけど、経験豊富ってぐらい何回も潜っている訳じゃないんですからね?」


 まぁ、年齢的にもそうなんだろうけどさ。しかし、少なくとも俺よりは経験があるじゃないか? 俺なんて探索者をやっていた期間はシェリーより長いかもしれないが、基本的には荷物持ちか他人のサポートしかしていなかったから、シェリーのようにバリバリ前線で戦っていた探索者に比べると経験は薄い方だ。

 ちらりと背後に目をやると、メレーナは白い息を吐きながら平気そうな顔をしていた。そして、探索者ですらない依頼人のセレス姫は……白い息を吐くことすらしていなかった。この低温の場所ならどう頑張っても息をすれば白くなるはずなんだが、セレス姫は白い息を吐くこともなくそのまま普段通りの姿で俺たちの背後を歩いていた。しかし、その瞳は少年のように光り輝いており、地下迷宮そのものに興奮しているのは簡単にわかった。


 地下迷宮はランダムな周期でその姿を変える。そして、その環境によって出てくるモンスターも変わってくるのだが、それ以上に環境によってはモンスターが殆ど出てこないなんてこともある。迷宮なんて名前だけのだだっ広い平原のような環境の時には、人が普通に立って歩くことすらできないほどの暴風に、目も開けられないぐらいに強い雨が降っていた。その時は、モンスターも殆ど出現しなかったものだ。

 この極寒の環境の中で活動するモンスターがいれば、きっと出てくるのだろうが……今回は依頼の内容的にモンスターにさっさと遭遇しておきたい。


「足跡もないですね……人が通った痕跡がありません」

「もしかして、俺たちが入る直前に構造が変わったとか?」

「いえ……どちらかと言えば」


 シェリーの視線を追いかけるように背後に視線を向けると、そこには俺たちが歩いてきた足跡が……残っていない。


「環境が消してしまっていますね」

「霜を踏んだ跡がすぐに消えるってどういうことだよ」

「さぁ……下から霜が湧いてきてるとか?」


 いや、意味がわからん。

 シェリーと顔を見合わせて首を傾げていると、迷宮と言うのが如何に面倒な場所かがわかる。こんな場所なんて普通は入りたくもないのだが、放っておくと王都にモンスターが溢れかえるほどに迷宮の入口から飛び出してくるって言うんだから途轍もないものだ。勿論、だからって俺たちが迷宮で戦わなければならない理由にはならないのだが、今回は生活費の為に依頼をこなさなければならないので、ここで帰る訳にも行かない。


 雪が降る訳でもないのに物凄い冷えて地面を覆う霜が増え続けている迷宮の歩いていると、突然前方から複数の足音が迫ってきた。

 足音に反応して即座にメレーナが弓を抜き、俺も魔法を放てるように準備をする。数秒後、霜を踏みしめながらこちらに走ってきた複数の狼は、俺たちを視認すると牙を剥きだしにして襲い掛かってきた。基本的に、迷宮のモンスターは出会えば即座に戦闘になる相手ばかりである。地上で出会うモンスターも問答無用で人間に襲い掛かってくるが、迷宮のモンスターは更に凶暴で、狙った相手が死んでも死体が誰にものかわからなくなるまでぐちゃぐちゃにしてしまうぐらいには、人間のことを憎んでいる……のか? 単純に敵として襲い掛かってくるだけかもしれないけど。


「数は?」

「正確にはわからないが……10匹以上はいそうだな」

「遠距離から頼めるか?」

「任せろ……魔弾フライクーゲル


 遠距離から攻撃できるならそれに頼らない手はない。そもそもモンスターとの戦いに卑怯もクソもなく、あるのは生き残った方が勝ちというシンプルな生存競争だけだ。

 メレーナが弓から放った矢が、光を帯びて加速する。群れでこちらに向かって来ていた狼たちがそれを避けると、魔弾フライクーゲルはぐるっと空中を回転してそのまま狼の頭部を刺し貫く。


「よし、疑似・魔弾フライクーゲル


 メレーナだけに任せずに、俺も指から銃を放つような感覚で魔力の弾丸を放ち、それに誘導の効果を後付けする。疑似的に再現した魔弾フライクーゲルは狼の心臓部を撃ち抜いてそのまま絶命させる。


「っ! リンネさん!」


 シェリーの慌てたような声に反応して、メレーナを横抱きにしながらその場から逃げる。数秒もしないうちに俺たちが立っていた場所に白熊のようなものが勢いよく降ってくる。狼もまだ全部片付いてないのに、新手が出て来るなんて運がない……そう思っていると、セレス姫が物凄く嬉しそうな顔で手をかざしていた。


「やべっ!?」

穿つ暗黒シャドウランス


 禍々しい気配と共にセレス姫の影がぐにゃぐにゃと動き、一瞬の後に白熊の身体を串刺しにした。

 自らの影を操って武器とする……これが魔の者から受けた呪いを外に放出することで発動する暗黒魔法。自らの影を媒体として、武器とする歪で独特な魔法……しかし、やはり魔法と言うよりも呪いの類だ。

 シェリーとメレーナも、暗黒魔法を間近で見て表情を強張らせている。それだけ、今のセレス姫からは禍々しい気配が溢れているのだ。どちらがモンスターかわからないほどに、今のセレス姫から発せられる魔力は人間のものとは似ても似つかない。


切断する暗黒シャドウカット


 身体を刺し貫かれてもまだ動こうとする白熊に対して、セレス姫は油断もなく貫いた影を動かして胴体をバラバラに切断してしまった。そして、ついでと言わんばかりに近くまで迫っていた狼たちも無慈悲にバラバラにしてしまう。

 その姿は、やはり人間と言うよりも悪魔。まるで魔の者と契約して力を得たような非常に強力で禍々しい魔法だ。


「大丈夫ですか?」

「……私、やっぱり貴女のことは好きになれそうにないです」


 秩序の女神を信仰しているシェリーからすれば、受け入れがたい人間だろう。暗黒の力を扱うだけならまだしも、身体からあんな呪いのような魔力を噴出させていればそういう顔もされてしまうだろう。なにせ、彼女は女神に仕える聖女なのだから。こればかりは仕方がない。


「俺はかっこいいと思うけどな」

「リンネさんは魔法ならなんでもかっこいいって言うじゃないですか」


 そ、そんなことはない、よ?

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