第88話 死神

 冥府への渡し舟に乗らずに、冥府まで来てしまった。

 王城の近くを流れる川に潜り、ひたすらに地下へと繋がっていそうな穴を探していたら、吸い込まれるようにして俺とシェリーは王墓の中に入り込んでしまったらしい。

 水の流れに身を任せて地下へと降りていた途中、明らかに雰囲気が変わる場所があったのだが……当然ながら水に流されているので何処で違和感があったのかなんて知ることもできずに俺とシェリーは水路のような場所へと投げ出され、そこからなんとか石畳の上に這い上がって、肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ……ここが、王墓なんですか?」

「多分、だけどな」

「薄暗くて、寒くて……なんだか怖いです」


 シェリーの言いたいことはわかる。まるで本当の冥府に来てしまったかのような不気味な場所だ……全身に寒気を感じるし、なんとなく俺たちの存在そのものが異物なのではないかと思えるほどの違和感。なにより……完全に暗い訳ではなく、ゆらゆらと不自然に揺らめく青色の光によって灯されている廊下が、余計に恐怖を引き立たせる。

 人の気配なんて当然なく……何処までも不気味な暗黒が広がっている。


「まずは、下を目指してみよう」

『地下深くと女神が言っていたからな……妥当な判断だと思うぞ』


 背負っていた袋から飛び出したデザスターは、犬のように身体を震わせて水気を飛ばしてから少しずつ大きくなっていき、普通のライオンぐらいの大きさへと変わった。小さくなるには数日かかったのにと思ったが、戻っている速度も遅々としているからもしかしたら元の大きさに戻るにも数日かかるのかもしれない……知らないけど。


『行くぞ』

「あぁ」


 デザスターが背中に白い太陽を出現させた。灯りを確保するのと同時に、常に周囲を警戒することができるからなんだろうが……冥府みたいなこの場所に白色の太陽は似合わないな……こっちとしては助かるんだけども。

 川を下るようにして歩き始めたが……通路と川以外になにも出てこない。もっと派手な棺とかがあるのかと思ったんだがな……なにせ、ここはフェラドゥの歴代国王の遺骨が納められている場所なんだからな。フェラドゥの歴史の長さが、そのままこの王墓の大きさに直結していると思っていたから、もっと大きなものだと思ったんだが。

 フェラドゥは誇張抜きで4000年ぐらいの歴史がある国のはずだからな。今の国王だって、確か300代目とかじゃなかったかな。歴史の中で幾度もその王族としての立場を奪われかけてもその座を死守してきたのは……もしかしたら聖堂から運び出した女神の肉体と魂が関係しているのかもしれない。まぁ、明らかに普通ではないよな。


「リンネさんっ!?」

「ん?」


 俺の背後を歩いていたシェリーが急に声を荒げていたので振り返ったら、俺の目の前に錆び付いてボロボロになった剣が迫っていた。

 奇跡的に避けることができた俺は、その勢いのまま後ろに転がって無様に地面に倒れ込んだのだが……背後から俺に襲い掛かって骸骨に対してシェリーとデザスターが攻撃をしようと構えた瞬間に、その姿が陽炎のように揺らめいて消えた。


『馬鹿な……魔力の痕跡も無しに消えたぞ!?』

「魔の者ですか?」

『いや、そんな禍々しい魔力も感じなかった。しかし、私たちでは理解できないような魔法を使っているという感覚でもない。全く理解できない……幻のような存在だ』

「本当に幻だってことはないんですか?」

「いや……」


 右目の少し上……額に剣が掠っていたらしく、小さな傷ができている。今のボロボロの骸骨は間違いなく存在していた……2人が攻撃しようとした直前までは。

 そもそも、背後を歩いていたシェリーが俺の背後に現れた骸骨に気が付かないことがおかしいのだ。シェリーの反応からして、突然俺の背後に現れたのは明白……つまり、敵は蜃気楼のような幻覚ではなく、瞬間移動のような能力を駆使している可能性が高い。ただし、デザスターでもその痕跡を感知できないほどの魔法だ。


「どうしますか?」

「決まってる」

『だろうな』

「え?」


 この状況で俺たちができる選択なんて限られている。

 立ち上がった俺は、荷物をしっかりと身体に結び付けてデザスターに視線を向けて……頷いてから、全力で走り出す。


「こういう時は逃げるに限る!」

「えぇっ!?」

『走れ! 何処から現れるかわからんからな!』


 少し遅れて俺とデザスターを追いかけるようにシェリーが走り出したのを確認してから、俺は周囲を警戒しようと右に顔を向けたが、その時には既に骸骨が俺たちと並走するように存在していた。


「ちっ!」


 ある程度の心構えができていたので、向けられた殺意と刃を避けながら足払いをしかけてやろうとしたが、俺は虚空を蹴っていた。並走していたのではなく、そもそも足が存在していない……上半身だけで浮いていたのだ。


『ガァッ!』


 即座にデザスターが反応して噛みつきにいくが、これもまた虚空をすり抜けて背後の壁を噛み砕いて終わっている。どんな原理で俺の近くに現れて、どんな原理で攻撃を避けるようにして移動しているのか全くわからない。ただ、明確に2度、俺を狙ってきていることはわかる。


神の裁きホーリージャッジメント!」

「シェリーっ!?」


 既に消えた存在に対して神の裁きホーリージャッジメント放ったシェリーに驚いてしまったのだが、俺を中心にして放たれた光は傍に近寄っていた骸骨に直撃してその存在を塵へと変貌させた。


「え」

「え?」

『たまたまか』

「でも、また来たぞっ!?」


 シェリーによって消し飛ばされたのかと思って足を止めたら、今度は鎌を持った骸骨が俺の正面からいきなり現れて首を狙って来たのでそれを避けながら胴体を蹴ったら、蹴った感触もなくそのまますり抜けていった。

 マントから腕と頭だけ見えていたのだが、どうやら胴体部分も存在していなかったらしい。その勢いのまま水の中に落ちそうになったのだが、デザスターが服を掴んで助けてくれた。


「ありがと」

『うむ……全くわからんな』

「ど、どうしましょう……ひたすら神の裁きホーリージャッジメントしますか?」

「そんなことしたらシェリーだって数分で倒れ込むだろ」


 神の裁きホーリージャッジメントは広範囲を光で覆って魔に属する者をひたすらに消滅させる強力な魔法だが、消費魔力だって馬鹿にならないのだから。しかし、これで確信に変わったが……敵は俺だけを狙っている。デザスターやシェリーには見向きもせず、俺だけを執拗に殺そうとしているが……その違いはなんだ。それがわからなければ、謎は解けないだろう。

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