第87話 王墓

「こちらです……リンネさん?」


 シェリーと大神官クルスクによって案内された先の部屋に入って、俺はついそのまま動きを止めてしまった。その部屋に入って瞬間に、身体の中に確かにあった女神の力がすーっと抜けていくような感覚がしたからだ。いや、正確には女神の力そのものが俺の中から完全に失われた訳ではなく、心の中でぐちゃぐちゃと騒いでいた女神が消えたのだ。


『よく、やってくれましたね。私の力を取り戻してくれたこと、感謝しています』

「キャラ変わり過ぎだろ」


 聞こえてきた声に対して俺が最初に思ったことはそれだった。

 女神の声が聞こえてきたと思ったら、急に俺が変なことを言ったのでシェリーとクルスクは口を開いたまま停止してしまった。そして……数秒後に何もない所から頭を叩かれるような衝撃を受けた。


「またこれかよっ!? なんでそっちからこっちには普通に干渉できるんだよっ! てか、そもそも肉体も無い癖にどうやって叩いてんの!?」

『貴方が私の力を取り戻したからでしょう!? 全く……もう少しこの世界の女神としてしっかりと敬って欲しいものです……ねぇ? 貴方たちもそう思うでしょう?』

「いや、自分が信仰している女神にいきなりフランクに話しかけられて、頷けるような人間はいないと思うぞ」


 全く……とんでもない神様だよな。しかし、これで女神の力を取り戻したことで身体と魂の位置もわかるようになっただろう……俺たちに声を簡単に届けることができるようになったのも、きっと力がある程度戻ったからだろう。


「で、身体と魂は?」

『身体は……貴方の予測通りにこの国の地下深くにありそうですね。魂の方は……あれ?』


 ん?


『魂も、この国にありますね』

「はぁ……」


 非常に嫌な感じだ。

 過去にこの国でどんなことがあったのか知らないけど、なんで女神の魂と肉体を平然と外に持ち出すのか理解に苦しむ。信仰している女神を利用してなにかしたかったのか、それとも女神が持っていた力を手にしたかったか。なんにせよ、力を別の場所に保管して守護者を置いてあったのは英断だったな。

 仕方ない……魂と肉体をちゃっちゃと取り戻して、今にも復活しそうらしい魔の者を何とかしなくちゃな。


「魂の正確な位置は?」

『ここから東の場所ですね。人が大勢いますが』

「……東にある、人が多い場所?」

「あの……それって、王城じゃないですか?」


 マジかぁ……え、本当なの?


「やっぱり国そのものが俺らの敵か?」

「ふむ……少しばかり早計な気もしますが、我々の方でも女神様の魂を王家が管理しているなんて情報はありませんから、仮に隠しているのだとしたらこちらとしても対応を考えなくてはなりませんね」


 おぉ……大神官であるクルスクがそんなことを言っていると、マジな感じが凄いな。実際、教会に黙って肉体も魂も持ち去っているのだとしたら、とんでもないことだし……それが理由で戦争が起きてもおかしくないレベルの話だ。問題は……必ずしも今の王家がそれを知っている訳ではないかもしれないってことだな。


「やったのは過去の王族で、今の国王は知らないかもしれないし、絶対に敵だとは断言できないけど……教会に黙って持ち出した過去があるのは事実だな」

「戦火の最中なのか、はたまた教会の人間に引き渡した人物がいるのかは定かではありませんが、少しばかりこちらからも調べなければならない事柄があるようですね」

「大神官、私はリンネさんと共に女神様の肉体と魂を取り戻します」

「聖女様……肉体が保管されているのであろう王墓に入ることは、私にもできないことです。世界の為に致し方無いとは言え……潜入することになるかと」


 大神官ならもしかして、とも思ったんだが、そうはいかないか。

 しかし、王城に潜入するよりは遥かに簡単だと俺は思っている。王城はそれだけ警備もキツイし、なにより王墓と違って何処に隠されているのか見当もつかない。魂っていう曖昧なものが目当てだってのもあるしな。

 それに比べれば、王墓は当然ながら入口以外に警備はいないだろうし、中に入ってしまえば肉体を探すこと自体は簡単だろう。人間の肉体はそう簡単に隠せるような大きさじゃないしな。


「王墓への入り口は騎士団が四六時中見張りについています。こちらも中に入るのは容易ではないでしょう」

「別の入り口は?」

「……川から、水を引いていると聞いたことがあります。もしかしたら、その流れに乗って内部入ることができるかもしれません」

「王墓の中に川?」


 それはまた……変な構造だな。


「王墓には歴代国王の遺骨の一部が納められていますが……その内部は冥府をイメージして作られていると聞きました。冥府に流れる川をイメージされているのではないでしょうか?」

「うーむ……とにかく、入ってみるしかないってことですよね」

「はい」


 内部の構造なんて知っているのはそれこそ王家の、しかも限られた人間だけだろうし……そんな場所に人を連れて行くのも憚られるか。本当は色々と詳しそうなセレス姫とか連れて行きたいんだけど、流石に国際問題が過ぎるよな。


「迷っている時間はありません」

「まぁ、そうだな」


 シェリーの言う通り、俺たちに迷っている時間なんてない。魔の者が復活した場合に、人間だけで対抗できるなんて思いは既にない……あれだけの力を持った連中を見てきた後だと、な。


『魂と肉体を取り戻せば、私は完全にこの世に復活することができます。そうすれば魔の者と戦うこともできますし、封印が万全ならば再び魔の者を異次元から出さないようにすることもできます。ですので、今はとにかく魂と肉体を、お願いします』

「わかった。なんとか頑張ってみる」

『はい……こんなことを貴方に頼むことしかできない自らに、悔しさを感じてしまいますね。デザスター、2人を守ってあげてください』

『わかっているとも……そう心配するな』


 女神としては、自分がやり遂げられなかったことみたいなものなんだろうな。実際、どういうことがあって魔の者とせんそうになったのかなんて知りもしないが、女神としては人間に頼らざるを得なくなった現状に悔しさしかない訳だ。しかも、余所の世界から俺みたいな奴を呼ぶ羽目になった。


「大神官、王家に関して……頼みます」

「はい。2人とも、お気をつけて」


 そうだな……こっから先は国に反逆するようなものだからな。

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