第89話 冥府

「はぁ……」

「あの、大丈夫ですか?」

「全然、大丈夫じゃない」


 あれからずっと俺だけが骸骨に狙われ続けている。条件は不明……急に現れたと思ったら急に消えることも多いし、そもそも数分間現れない時もある。

 いつ、どこから敵が襲ってくるのかわからないという心理的なストレスはかなりのものである。実際、距離的に言うと数キロも歩いていないのに俺は既に疲れ果てている。

 シェリーとデザスターが俺を守るように近くに立っている間は襲ってこないことが分かっているのだが……常に誰かが傍にいてくれないといけないなんて、そんなことがあり得るのだろうか。


『今までの襲われた状況と、敵が消えた状況を纏めて考えてみればいいのではないか?』


 状況ねぇ……正直、歩いている時も、走っている時も、立ち止まっている時だって襲ってくるのだからそこまで違いがあったようには感じないのだが。

 強いて言うのならば……通路の壁から離れている時が多かった印象はあるが、それだってあくまでも印象の話だしな。


「では、少し離れてみますね」


 え、そんなことされたら俺がまた襲われちゃうんだけど。

 シェリーは俺の内心なんて気にせずにそのまま少しずつ離れていったが……特に骸骨が襲い掛かってくるようなことはなかった。ますます条件がわからなくなっただけな気がするんだが……これはどうすればいいんだ?


「じゃあ、私が更に近づいてデザスターさんが離れてください」

『ふむ、わかった』


 シェリーがすっと俺の傍にやってきてから、デザスターがゆっくりと離れていく。


『……どうだ?』

「特に異常はないような──」

「ちっ!?」


 デザスターが更に1歩離れた瞬間に、俺の背後に骸骨が出現してきた。シェリーとデザスターが即座に反応して近づいてきたら、攻撃してこずに再び消えた。俺以外の人間が近くにいること……それが条件ってことではなさそうだったが、ちょっとわからない。


『わかったぞ』

「マジ?」

「どんな条件が」


 教えてくれって言う前に、デザスターが背中の太陽を消した。その瞬間に、デザスターの横を通り抜けて俺の方へと骸骨が突っ込んできて……デザスターが再び太陽を生み出した瞬間に消えた。


「明るさ、か?」

『あぁ……どうやらそうらしい』


 通路の壁に近づくと現れなくなるのは出現することができる空間がなくなるからではなく、壁に明かりが灯っているから……つまり、骸骨はある程度以上の明かりがある場所には存在することができず、出現することもできないってことか。俺以外の生物が近寄っているから骸骨が出てこないのではなく、デザスターの背後で輝く太陽の光によって出現していなかっただけ……これで完全な解明と言っていいだろう。


「光源に近くにいれば俺は襲われてないってことだよな……そんでもって、壁に明かりがあるこんな場所で、明かりがない場所から襲ってくる敵を召喚する魔法なんて使っているってことは……攻撃してきている敵と、この通路を作った奴は別だと考えていいんだよな?」

『だろうな。そうでなければ壁に明かりをつける意味がわからん』


 ま、この王墓が作られたのは随分と昔の話なはずだから、数百年後ぐらいに罠を追加したって可能性はあるが……そうだとしたら納得できないことが一つ生まれる。それは……何故俺だけが狙われるのかって部分だ。こちらに関してはなんとなく予想がついているのだが……どうなんだろうな。


「先に進みましょう! あ、光源はどうしましょうか?」

『私がついてやろう』


 しゅるしゅるといつの間にか猫サイズまで小さくなっていたデザスターが俺の肩に飛び乗ってきた。背中には太陽を背負ったままだが、身体だけ小さくしたらしい。結果的に、俺の背中に頭ぐらいの大きさの太陽が通路を照らしている状態になった。


「進もうか」


 取り敢えず奥まで進まないと話にならないからな。

 川から出て骸骨に追われるままにここまで来た訳だけど、未だに墓らしきものは全く見つかってこないので、ここが本当に王墓の為に作られた場所なのかも定かではないのだ。何かを隠すために王墓と言っているだけの可能性は、無い訳ではない。


 明かりを絶やさない様にしてひたすらに歩いていると、急に開けた場所に出た。横を流れていた川が滝のように下へと落ちていくのを横目に、前に進もうとして足場がないことに気が付き、そのまま上を見た。


「……どうなってんだ、これ」


 上には……太陽が見えた。

 円形上に作られた穴の中には、螺旋構造の階段が伸びていて、俺たちはその中腹ぐらいにいるらしい。吹き抜けの建物のように空いている真ん中には何も見えず、虚空に向かって大量の水が流れ落ちている。吹き抜けの空には太陽が輝いているのにも関わらず……どこか灰色の靄がかかっている。

 異常だ。何故ならば、フェラドゥの近くにこんな大穴は存在していないのだ。これほどの規模の穴を隠しておくことなんてできる訳がないし、こんなものが存在していたら女神だって知っているはずだ。


『まさか』

「心当たりがあるのか?」

『あ、あぁ……だが、話に聞いたことがあるだけだぞ?』

「なんでもいい。今はとにかく少しでも情報が欲しい」


 この光景に納得できるだけの理由が存在しているのならば、それだけでいいのだが……デザスターが言葉を詰まらせるような事態なのだろうか。


『女神から、何度か聞いたことがあるのだ。人々が死に、魂となって辿り着くことができる場所が存在していると。冥府……その入り口は青白い太陽が輝く巨大な穴であり、螺旋の階段を降りて死者の集う場所へと誘われるのだと』

「は?」


 えーっと……青白い太陽に、螺旋の階段ね。


「あの……もしかして私たち、知らない間に死んだんじゃないですか?」

「嘘だろ?」


 え、もしかして俺たち川の中を潜っているつもりで、実際は溺死してしまったこんな場所に辿りついたってこと!? じゃあ俺に何度も襲い掛かってきた骸骨は俺たちの魂を回収しようとしていた死神だったりするのだろうか。


『いや、私たちは死んでなどいない。魂だけの存在になったのならば、肉体的な反応などない……お前たちが歩いて足が疲れているのならば、死んでいない……はずだ』

「おい」


 いや、疲れてはいるけども……はずだって言われて納得できるか!

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