第84話 落陽

 鋭利なヒレによる切断をメインにした戦い方……接近戦が割と苦手な俺にとってはかなり面倒な相手だ。しかし、目の前で笑いながら突進してくる魚野郎はかなりの速度で移動している。まるで水中を泳ぐ魚のような速度で、平然と風を切って地上を走り回っているのだが、変幻自在の動きに俺はかなり翻弄されていた。


神の御手ホーリーライト!」

「遅い遅い! そんな鈍い攻撃が俺に当たるかよ!」


 ひたすらに追われている俺を助けるように、シェリーが何度も神聖魔法を放っているが……その全てがするすると移動する魚野郎に避けられている。そして、俺に近づいてきてその鋭利なヒレで首を搔っ切ろうとしてくるので、俺はそれを防ぐために肉体で対処している。

 腕を掴んでなんとかヒレによる攻撃を阻止するのだが、魚野郎は愉快に笑っているだけだ。


「いいね、まだまだ楽しめそうだ!」

「ちっ!? デザスターを倒しに来たんじゃないのかよ!」

「俺の目的は女神の力を持った奴を殺すことだ! あの裏切り者は確かに始末したいが、今は優先順位が違うな!」


 デザスターは始末する対象ではあるが、あくまでも俺の身体の中にある女神の力の方が厄介だと判断したのだろう。確かに、デザスターは強いが女神の力のように圧倒的な何かがある訳ではない。単純に強いだけの力と、女神の持つ特殊な力は全くの別物……こいつが俺を狙うのも理解できる。理解できるのはできるんだが……それで狙われるとちょっとムカつく。


『そんなに寂しいことを言うな。相手をしてもらおうかっ!』

「おっと! もうお前の力を侮ってはいけないことは学んだ……次からは油断しねぇよ!」


 デザスターが背中に太陽を背負い、その太陽から大量の小粒の炎を発射して魚野郎を狙うが、デザスターのことはしっかりと警戒しているのが、彼が太陽を背負った瞬間に俺から離れて森の木々の間を高速で移動しながらデザスターの攻撃を避けている。大規模な攻撃の予兆を見せれば俺に接近して戦い、小規模な攻撃の予兆を見せれば距離を取って機動力で避ける。実に合理的な戦い方だと思う。

 デザスターは確かに強力だし、真正面から戦えばこの魚野郎にも勝てるんだろうが、俺やシェリーを巻き込まないように攻撃することを考えたら大規模な攻撃を発動することはできない。だから、デザスターを動けないように縛りながら魚野郎は戦っている。


白の太陽サンライズ

大海洋オーシャンブルー!」

「ちょっ!?」

『ぐぉっ!?』


 俺もデザスターのように太陽を背負って、魚野郎を攻撃しようと思っていたんだが、俺が魔法を発動した瞬間に距離を取って魔法を使用した。大海洋オーシャンブルーの名前を聞いた瞬間にどんな魔法なのかと警戒したのだが、そんな警戒など無意味だと言わんばかりの水量が魚野郎の周囲から溢れ出した。まさしく大洋……圧倒的な水量によって俺は太陽ごと流され、デザスターも足を取られ転んでいた。


「ケハハハハハっ!」

「このっ!?」


 地上を走り回っていた速度よりも更に速いスピードで突っ込んできた魚野郎に対抗しようとしたが、一瞬で視界から消えた下からヒレで腕を切りつけられた。

 周囲が全て水に沈んでしまったことで、完全に向こうの独壇場だ。さっきまでのように前後左右からの攻撃だけならまだ対処できるが、これに上下が加わると途端に対処が難しくなる。普段から地上で過ごしている人間にとって、水中での戦いなど未知数……全く経験のない方向からの攻撃にはどうしても対処が遅れてしまうのだ。しかし、あの魚野郎はヒレからもわかるように、明らかに水中での戦いになれている……これは苦戦なんてレベルじゃない。最悪、こちらからは何もできずに一方的に嬲り殺しにされてしまう。


『舐めるなっ!』

「なにっ!?」


 水の中で一方的に殺されそうになっている俺を助けたのは、デザスターだった。

 白色の太陽が圧倒的な輝きと熱量を放ちながら、水を蒸発させていく。沸騰した水の中にいたら死ぬので俺も頑張って水の中から飛び出して逃げたところで、デザスターはその出力を最大にして太陽をそのまま発射した。

 周囲の水を一瞬で干上がらせながら、背後にあった山を消し飛ばして放たれた太陽によって、周囲は地獄と化した。森の木々が、熱波だけで発火したのだ。どれだけの温度を発することができればそんな芸当ができるのか、見当もつかないほどの火力だが……魚野郎の姿は見えない。


「がぁっ!」

「はぁっ!」


 女神の外套で空を飛んで周囲を見ていた俺の傍に、いつの間にか魚野郎が来ていた。半身を燃やされながらも、ヒレを動かして俺の命を狙って来た。


「はぁ……まさかここまでの力とは思っていなかったが、生き残ってやったぞ!」

「このっ!? 雷速ソニックボルト!」

「無駄ぁ!」


 空中でも水中と同じような速度で旋回して、雷速ソニックボルトを回避してきた。どんな力で空中を泳いでいるのか知らないが、空中を水中のように動けるってことは、さっきの水中と同じように立体的な動きで嬲り殺しにされてしまう。

 なんとか地上に逃げようと考えるが、それよりも速く魚野郎は俺の下に潜り込んで立体的な攻撃を仕掛けてきた。


『……仕方ないから手を貸してあげる!』

「仕方ないからってなんだ!」

『あんまり力を使いすぎるとこの意識も保てなくなるんだからね! さっきの次元の向こう側に届けた時に大分消耗したからほんのちょっとだけ! 一瞬で決めて!』

「わかった!」


 理由があるのならば仕方がない……俺がしっかりとその一瞬を逃さないように攻撃すればいいのだ。

 水中での立体的な攻撃には対処する方法が無いのだが……空中なら話は別だ。なにせ、外套のお陰で俺だって立体的な動きをすることができるのだから。それに、背後には白の太陽サンライズを展開し、上空は基本的にデザスターの目に入るので魚野郎としてもリスクがあるはず。真正面から突っ込んでくる可能性は低いし……残っているのは下だけだ。


「ケハハハハハハハっ! 死ねぇっ!」

『今っ!』

「よし!」


 一瞬、ほんの一瞬だけ女神によって身体の中から途轍もなく力が溢れてきた。その力を上手く身体に乗せて、魔力として体内を巡らせる。俺の背中で輝いていた白の太陽サンライズが女神の魔力に呼応して輝きを増し……俺の手元へと移動してくる。

 下から急上昇してきた魚野郎に向けて掌を向け……放つのは女神とデザスターの力を合わせた特別な魔法だ。


落陽サンセット


 太陽が水平線の彼方に沈むように、俺の手から離れた太陽がゆっくりと光を消していき……魚野郎の目の前で弾け飛んだ。

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