第83話 新たな刺客

『多分だけど、これで数年は向こうから直接干渉してくることはできないんじゃない? こっちから向こうの次元に移動して目の前に飛び出せば話は別だろうけど……さっきみたいにモンスターを送ってくることはできないと思うよ』

「そう、なのか」


 なんて言うか……想像してたのとちょっと違う。

 もっと女神らしくキラキラとした魔法で次元に干渉できないように操作するとかじゃなくて、次元の向こう側にいる敵にそのままダメージを与えて、しばらく向こうから干渉してくることができなくするって……脳が完全に戦闘に染まっている。いや、魔の者と戦争していた神様なんだから、ある意味当たり前なのかもしれないけど……それでも秩序の女神なんてすごい司法神みたいな名前をしておいて、やっていることは戦女神みたいだな、なんて口にしたら怒られるかもしれないので黙っておく。


『誰が戦女神よ』


 あ、そう言えば今は俺の身体の中にいるんだから心の声が聞こえるんだった……しまったな。だが、ここで謝ることは俺の考えが違うことを認めるようなものなので謝らない。どう考えたってさっきの女神は戦女神みたいなことしてたから、野蛮人であってるだろ。


『もっと酷くなってるじゃない! 訂正しろー!』

「痛っ!? その状態でもこっちに干渉できるのかよ、痛いっ!?」

『なにをやっているのやら……まぁ、性格の相性が良さそうで羨ましいぞ』

「何処がいいんだよ! シェリーも助けてくれ」

「デザスターさん、ご無事でよかったです。怪我をしていたら私が治しますから」


 ガン無視!?


「ほらぁ! 女神が変なことするからついにシェリーにまで無視されるようになっちゃったじゃん!」

『私のせいじゃないもーん。そもそも君が変なことするのが悪いんだもーん。そもそも女神に対して脳筋とか戦女神とか、変なこと言うような不敬物が悪いんだよ?』

「邪神!」

『はぁっ!? それだけは聞き逃せないからね! 絶対に訂正してもらうまで身体を乗っ取って好き放題にやってやる!』

「身体を乗った取られる感覚なんて1回で慣れたから次は絶対に抵抗してやるから関係ないな! この邪神!」


 青筋を浮かべた女神がするすると人の身体に入ってきたので、気合で耐えようとしたが普通に右腕が俺の思考とは全く関係ない感じで動き出した。あれ、さっきまでとなんだか感覚が違うんですけど。


『これが女神の力だぁっ!』

「ぐはっ!?」


 じ、自分の腕に殴られたっ!?


『何をやってるんだあの馬鹿共は』

「放置しておいた方がいいですよ。女神様はどうやら自由な方みたいですし、それに付き合って騒いでいるリンネさんも自由な方ですから」

『お、おぉ……女神のことを信仰しているんじゃないのか?』

「信仰と呆れは別ですから。女神様のことをこの世界を創った素晴らしい神様であると認識していますし、魔の者から世界を守って人間が生きられるようにしたことには本当に感謝していますが、それはそれとして人格面はあんな感じなんだなって……まぁ、ちょっと親近感が湧いたので悪いことばかりではないんですけど」


 信者から親近感を持たれる神様ってどうなんだ?


『私は昔から神様として崇められるのは嫌いだからいいの。人間の友達だって沢山いたから……ねぇ?』

『いたか? 厄介な奴ぐらいの扱いを受けていた記憶はあるし、砂漠の方では迷惑者みたいな扱いになっていた気がするが……』

「あ、やっぱり迷惑な奴って扱いなんだ」

『今でもそうだったのか? ふははははは! これは傑作だな』

『デザスター、お座り』

『ぬぉぉぉぉぉぉぉっ!? まだその呪い残っておったのかぁ!?』


 え、女神が俺の身体を借りてお座りって言っただけでデザスターが足を丁寧に畳んで犬のように座り込んだんだけど……呪いって何ですか?


『昔、モンスターとして地上で暴れていた時に私が躾けに使った魔法だよ。ちゃんと従順になるように調教してからは使ってなかったから、本人はとっくになくなってたと思ってたみたいだけど……こんな便利な魔法を解除する訳ないのに』

「えげつねぇな……やっぱり秩序の女神って嘘なのでは?」


 すごい美化しても戦女神ぐらいだと思うんだけどな。


「はいはい、早く帰りますよ……いつまでもここで遊んでいても仕方ないですから」


 ついに呆れていたシェリーが手を叩きながら俺たちを諫めてくれた。俺、と言うか女神なんだけどな。


『ついていって騒ぎにならないか?』

「なると思うけど……女神に仕えた白き神獣として伝承に残っているから、迫害されることはないと思うぞ。王族まで出てくる騒ぎにはなるかもしれないけど」

『とにかく、フェラドゥに戻って私の力も完全にしておきたいし、なにより本体と私を融合させてさっさと肉体と魂を取り戻したいじゃん?』

「それには賛成だな……なんだかんだ言って、世界中に魔の者による侵攻の痕が残っているから……なんとかしないと──」

「ケハハハハハっ!」


 女神の言葉に適当に返事をしていたら、いきなり上空からけたたましい笑い声を響かせながら人っぽい何かが降りてきた。土煙を上げながら着地したそれをよーく観察しようと目を凝らした次の瞬間には、俺の目の前に鋭利な爪が迫っていたので、反射的にその腕を蹴り飛ばして背後に飛ぶ。


「いい反応だなぁ……女神の力を宿しているだけはある」

「こいつ……魔の者の手先か」

「応! お前が殺したクラーケンの同僚よ!」

「へぇ……」


 やっぱり、魔の者直属の存在らしい。以前にエルフの森で倒したクラーケンの同僚ってことは、それこそここら辺の侵略をそのまま任されている敵、ぐらいなもんだろう。

 全身に鱗のようなものが生えている青白い肌をしたモンスター……竜ってよりは、魚みたいな鱗だ。クラーケンは完全にイカだった訳だし、魔の者ってのは魚なのかな? しかし、最初に俺が鋭利な爪だと思ったのは、どうやら肘から伸びているヒレらしきものらしい。


「お前らが、ブラックゴートを消し飛ばしてくれたお陰で、しばらくはこっちにモンスターを送れなくなっちまったんだよ……だから俺が直接来たって訳だ」

「あぁ……やったのは俺じゃないけど、さっきのあれか」


 ブラックゴート……まぁ、普通に黒い山羊のことだろうな。意識的に送ってきているとは思っていたが、やはりこちらをしっかりと認識していたらしい。


「そこの裏切り者を始末するのにここまで手間取るなんて思ってなかったんだがな……あのお方の言う通り、侮れなかったわけだな」


 魔の者は自らが生み出したモンスターだからこそ、デザスターの能力を知っている。だから油断するなと言われていたのに、こいつは慢心したってことだな。しかし、そうなると俺がつけるような隙はもうないのかな。めんどくせぇ……どうにかならないかな。

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