第59話 利用してやろう
同盟が成立したと知らしめると言ってもそこまで派手なことをする訳ではない。ただ、新しい同盟が生まれたことをそれとなく協会に告げておくだけでいいのだ。そうすることで、向こうもそれなりの配慮をしてくれるようになる。具体的に言えば、なにかしらの依頼を『夜明けの星』に頼む時には『紅蓮獅子』の方にも話してくれたり、そういう細かい配慮をしてくれるようになるのでこちらとしては楽だ。
今回の同盟でお互いがメリットを持つことになったのだが、俺たちの方がメリットは大きい。まず、弱小の少数ギルドから一気にメンバーが増えた扱いになるので、探索者協会からの扱いも変わってくる。それに関してはいいことも悪いこともなんだが……そこら辺はまたおいおい、だな。一番のメリットは迷宮探索がし易くなったことだろう。
迷宮探索には実力派の探索者を10人連れて行くよりも、中堅の探索者を20人連れて行った方が安全だったりする。それは迷宮という特異な場所を攻略する為に必要なのが、個の力と言うよりは集団での生存能力だからと言われている。どれだけ力を持った人間でも、常に四方八方に集中力を飛ばして警戒できる訳ではない。警戒する人間を分散させ、常に余裕を持って行動しなければ迷宮では長生きできない……迷宮内では自分に過度な自信を持った人間から死んでいくとは、言い得て妙な言葉だ。
「それは……何をしているんだ?」
「これですか? 活動日誌ですよ。ギルドマスターとして何をしてきたのか、逐一書いておかないと駄目かなーと思いまして」
「……そんなもの真面目に毎日書いている奴は少ないと思うぞ?」
「それでも、書けばメリットになるじゃないですか。書かなかったら後悔することになりそうですし……思いついたことはやっておきたい性格なんです」
「慎重……と言うか臆病だな」
「人間、臆病なぐらいが長生きできますよ」
「違いない」
最も優れた探索者とは、強い魔法が使える奴でも戦闘能力が異常に高い奴でもなく、どんな状況からも生き残ることができる人間、なにより仲間を危険な目に遭わせない存在だ。最強の探索者は最優の探索者ではない。つまり、最優の探索者にとって最も大切なの能力は危機管理能力だと考える。小動物のような臆病さを持つ探索者こそが、迷宮の中で生き残ることのできる最優の探索者なのだ。だから俺は、最強ではなく最優を目指したいと常々考えている。もっとも、俺の場合は迷宮にトラウマがありすぎて最優にも最強にもなれる気がしないのだが。
「それで、俺たちと組んでお前は最初になにをするんだ」
「……まずは迷宮探索をしたいと考えています」
「まずは、ね」
まだ話すことができない目的があると言っているようなものだが、オーバにはこれだけでも充分に伝わると俺が判断したからこその言葉だ。
他人に対して簡単に喋ることができない俺の目的は……封印されているらしい女神の力を復活させることだ。これに関しては世界の根幹にすら関わってくる話なので、おいそれと他人に喋る訳にはいかない。そもそも女神と魔の者に関する話なんて簡単にしたところで信じて貰えるかどうか。
俺とシェリーの最終的な目標は女神を復活させることではあるのだが、当面の探索者としての目的は迷宮の攻略だ。
フェラドゥが迷宮の本格的な探索を始めてから既に数百年が経過しているが、未だに最奥まで到達することすらできない魔の迷宮。何回も組み変わり、その度に出現するモンスターが変わる……まるでモンスターの腹の中のようなその迷宮をどうにかして攻略することが当面の目標になるだろう。これに関しては探索者なら誰もが目標に掲げているものではあるんだが。
「おーい! リンネ!」
「……なんですか?」
俺とオーバが割と真面目な話をしていた所にやってきたのはクロト。テンション高めでちょっと暑苦しい以外はいい奴だが……今回みたいに大きな声を出しながら近寄ってこられるとちょっと困る。
「これ見てくれ!」
「新聞?」
クロトが手に持っていたのはその熱血には似合わない新聞。ぱっと渡された新聞の中身をちらっと見ると……そこにはデカデカと号外が載っていた。
「聖女シェリー・ルージュが、新進気鋭のギルド『紅蓮獅子』と同盟締結? なんでこんな……えぇ……」
そこにはデカデカとニュースが載っていた。聖女と呼ばれるぐらいには国民から慕われているシェリーが人目を惹くのは理解するが、まさかこんな簡単に動向を察せられるほどだとは思っていなかった。そもそも、この世界の人間は識字率がそれほど高くないのだから新聞なんて大したことが無いと思っていたんだが……まさかこんなことになっているとは。
「新進気鋭のギルド? そんなことを言われたのは初めてだが……」
「多分、名前の売れてないギルドと同盟を締結したなんてニュースにしても大して興味を惹かれないから、ちょっと誇張して書いたんだと思います」
「だろうな。そもそも、同盟を締結したのは聖女シェリーではなくて、ギルドマスターであるお前なんだから」
「そうですよ。なんでリンネさんじゃなくて私なんですか」
「うわっ!?」
俺とクロト、それにオーバが顔を突き合わせて色々と喋っていたら、いつの間にかシェリーが近くまで寄ってきていた。シェリーの登場にクロトはびっくりしてそのまま飛び下がり、オーバは目を見開いていたが……俺は大して驚かなかったのでそのまま新聞をシェリーに手渡した。
「うーん……ここで無駄に注目を集めるのはちょっと嫌な感じですけど、逆にこれを利用さえできれば俺たちは大きな武器を得ることもできると思います」
「武器、と言うと?」
「知名度を、一気に上げることができるってことです」
シェリーを広告塔に使うような感じで本当は嫌なんだけど、俺たちの同盟には余りにも知名度が足りなさすぎる。資金はセレス姫の後ろ盾があるので潤沢にあるが、それ以外の部分は不足している。だから……ここらで騒動を利用してちょっと成り上がろうって話だ。
「成功すれば一気にギルドランクの上位だって夢じゃないですよ」
「失敗したら?」
「そりゃあ……空中分解じゃないですか?」
「反対だ。リスクがデカすぎる」
「でも、このまま放置していてもシェリーの話題によってリスクを背負い続けるだけですよ?」
シェリーが所属したギルドと言われれば、女神を信仰する信者たちはこぞってやってくるだろう。そうなった時に、弱小ギルドのまま燻ぶっていれば当然、シェリーには相応しくないと噂されるだろう。そこら辺はシェリーの自由にさせてやれと思うのだが、有名人ってのはそこら辺を自由にできないから有名人なのだ。
逆に言えば、それを利用して相応の実力を持っていると認められれば……探索者協会の外から依頼が殺到する可能性だってある。そうなれば協会としても見過ごすことはできない。俺たちのランクも必然的に上がりやすくなるってことだ。
「さぁ、どうします?」
「悪魔か?」
「やろう! 俺たちだって成り上がりを夢見てギルドを作ったんだからな!」
クロトの言葉に、オーバは呆れたようなため息を吐きながらも否定しなかった。腹は決まったみたいだな。
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