第55話 虚勢
同盟を結ぶこと自体は簡単である。実際になにかしらのシステムがあって国からの許可が与えられて同盟って形になる訳ではなく、基本的にはギルド同士の関係でしかないからだ。勿論、協会側はそれを考慮して色々と評価してくれたりはするので半公式的に認められている制度と言えなくはないが……基本的にはただの口約束みたいなものである。
ギルド同士が協力し合う関係になる同盟はいいことばかりな気もするが、実際には互いに距離が近くなりすぎると言うデメリットが存在する。そもそもギルドとは探索者たちが1人では迷宮やモンスターを攻略できないかもしれないと考えて、相互幇助として作られた組織が形になったものが最初なのだが、今ではしっかりとした形として色々と制度が存在している。ちょっと現実的で嫌なことを言うならば、ギルドとして活動していると探索者として国に払わなきゃいけない税金が減税されたりするってメリットがあったりもする。とにかく、ギルドは既にただの相互幇助の場所ではなくて、探索者たちが所属する企業みたいなものなのだ。で、問題になるのが同盟相手に何処まで腹の内を見せるかって話だ。企業のようなものだから、勿論隠し通したい部分も存在しているのでそこら辺を隠しながら協力し合う関係になりたい。だが、探索者はあくまでも命がけの仕事……命を預け合う相手に対して隠し事をし過ぎると、最後の一瞬で頭の中に迷いが生まれる可能性もある。故に、大手のギルドは基本的に誰とも協力することはない……同盟は、もっぱら実力が足りなかったりメンバーが足りないギルド同士が行うものであり、上手くいく時も大体そのうちどっちかに併合されたりするのだ。
「それで、同盟は上手くいきそうなんですか?」
「うーん……そこら辺は向こうの話し合い次第、かな」
こちらのギルド『夜明けの星』はギルドランクがEで、お相手のギルド『紅蓮獅子』はギルドランクがDだから、基本的には向こうが受けるメリットはあんまりない。命の恩人が相手であるからって多少は甘くなってくれるだろうが、それでも将来的なギルドの運営には全く関係のない話だから、基本的には実利を考えて丁寧に色々と話し合って、結論としてどうするかをギルドマスターであるクロトが決めることになるだろう。しかし……あの反応だと、なんとかメンバーを説得して同盟を結ぶ方向に持っていこうとするだろうな。正直に言えば、命を助けることで相手にそれなりの印象を持たせ、有利に交渉を進めようとは考えていた。ここまで上手くいくとは、全く思ってなかったけど。
「同盟を結んだら次はいよいよ地下迷宮の攻略ですね」
「……まぁ、そうなんだけども」
ちょっと興奮した様子のセレス姫に俺は呆れながらも、そういう契約みたいなものだから仕方がないかと割り切る。未だに地下迷宮に対するトラウマみたいなものはある。迷宮と呼ばれるだけあって入り組んだ地形に、強力なモンスターが跋扈している魔の迷宮……半端な覚悟で足を踏み入れれば、五体満足では帰ってこれない危険な場所だ。それでも、トラウマを背負っていると自分で理解していても……探索者として生きていくには地下迷宮は避けては通れない場所だ。そもそも、この国の探索者は迷宮を探索するのが本業なのだから。
ま、同盟が成立しなかったら話が進まないのでここから先はまた後で考えよう。
数日後、俺は『紅蓮獅子』のメンバーと対面していた。
「急な呼び出しで申し訳なかったな」
「いえ……まぁ、俺しかいないですけど」
急な話だったので、他のメンバーは全員用事で外している。シェリーは大聖堂に行ったし、メレーナは森に帰省していて、セレス姫は街の様子を見てくるとルンルン気分で出掛けて行った。なので、俺だけが指定された場所に向かった。
「同盟の話、受けようと思ってな」
「本当ですか? ありがとうございます……でも、条件があるんでしょう?」
「その通りだ」
普通に受けてくれるって雰囲気ではないよなって思っての発言だったんだが、俺の言葉に反応してクロトの背後にいた男がゆっくりと前に出てきた。ツリ目で威圧感のある風貌をした若い男が、俺のことを真正面から睨み付けてきた。
「俺の名前はオーバ。一応、この『紅蓮獅子』の副代表をさせてもらっている。俺がいない間に、仲間が君に助けられたそうだな……そこには素直に感謝させて貰う」
素直に頭を下げられると、なんとも反応し辛いと言うか。
「俺としても仕事ではあったので問題はないんですけど……」
「ただ、仲間を助けて貰ったことと、同盟を結ぶことは別だ。君もギルドマスターなら知っていると思うが、同盟というのは8割が上手くいかずに空中分解すると言われている。同盟とはそれほどまでに水物であり、慎重に扱わなければならない話……勿論、ギルドマスターであるこの馬鹿が結びたがっていることは知っているが、それでも副代表として先々の不安を考えると及び腰にもなる」
そりゃあそうだろう。人情に訴えかけるようにして俺は同盟を結んでくれないかと言い寄っているのだから、それに待ったをかける人がいるのは当然のこと。
同盟をどうしても結びたい俺としてはこの人が障害になっている、と思わなくもないが、実際にはこうしたブレーキ役がしっかりと『紅蓮獅子』の内部にいるとわかっただけでも僥倖。より安心して同盟を結ぶことができるってものだ。そして……目の前のオーバが何を言いたいのかも既にわかっている。
「俺の実力を見たいんですよね? ギルドランクが上のそちらが、格下相手に同盟を結ぶメリットは、俺たちのギルドが急成長した時に大きな戦力になってくれるかもしれないという点。現時点での俺の力を見ておきたい」
「その通りだ。頭の回転は悪くないらしいな」
頭の回転が早いんじゃなくて、単純に俺は事前に色々と考えているだけだ。頭の回転速度は凡人と思ってもらって構わないが……事前準備は執拗にやる性格だからな。
さて、同盟を結ぶまであと1歩のところまで来たのだが……実に簡単で分かりやすい話になったと思う。なにせ、俺は今からこのオーバという男に対して自分の実力を認めさせるだけでいいのだから。たったそれだけのことで同盟を結ぶことができると考えると、これほどシンプルでわかりやすい条件もない。
「じゃあ、やりましょうか」
「……乗り気だな。自信があるのか?」
「そりゃあ、自信はある程度無いとギルドマスターなんてやってられませんよ」
なにより、自信が無くても虚勢を張り続けることが大切なのだ。本当は自信がないことでも、虚勢を張り続ければいつかそれが真実になる……特にギルドマスターみたいに誰かの戦闘に立つ仕事をしている時は、自信がなくても虚勢を張り続けることに意味があるのだ。先頭の人間が迷えば、後ろについてきてくれていた奴らも迷ってしまう……だから、先頭は迷ってはいけない。
精一杯の虚勢……それが、リーダーに求められる力だ。
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