第54話 命の恩人

 辛勝。

 地竜との戦いはまさしく全身全霊を尽くし、更にそこから身体の内側からなにかをひり出してようやく掴んだとでもいうべき勝利……余裕を持って勝った、なんて笑えるような内容ではなかったし、そもそも俺たちは本当に勝ったのかどうかすら怪しいぐらいに消耗していた。

 地上に降り立ち、シェリーを地面に降ろしてから地竜の死体の方へと歩こうとした俺の足は上手く前に進まず、その場で片膝をついてしまった。


「リンネさん!? 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……傷を受けたとかではないから」


 ただ、魔力と気力と体力を消耗しすぎた。

 身体は既にだるいし、魔力は割とすっからかんだし、なにより1つでもミスしたら即死という環境で戦い続けたせいで精神がもうガタガタだ。精神的な動揺と言うよりも、単純に精神が身体に追いついていないというか……とにかく限界って話だ。もっとも、俺以外の全員も似たような感じになってるけど。


「これで今回の任務は成功だな!」


 唯一、元気が有り余っているのはメレーナだ。地竜に対して有効な攻撃手段を余り持っていなかったメレーナは、基本的にセレス姫のサポートに回っていたので消耗が少ない。そもそも、メレーナの精霊魔法は契約した精霊を召喚するのに魔力を消費するだけで、基本的には消費魔力が少ないのでそっちでも消耗が少ないってことはあるかもしれない。後は……多分、森の生活でエルフらしく狩りをしていたりする体力があったってことだろうな。

 反対にセレス姫は既に満身創痍……俺のように何とか頑張れば立ち上がれるなんて状態ではなく、地面に横たわって呼吸だけしている状態だ。魔力の消費がない暗黒魔法だが、自らの内側から呪いを引き出すのにとんでもない体力を消耗する……地竜を相手に有効打になるような出力で闇を引きずり出せば、なおさらのことだろう。


「ありがとう……君たちのお陰で助けられた」

「いえ、たった4人の救援で申し訳ないです」

「いやいや……有象無象が100人いようとも、君たち4人に比べたら心もとないものだよ。協会が君たちを救援として派遣してくれた理由がわかった」


 今回の依頼を最初に受け、真っ先に無理かもしれないのでと救援を呼んだギルドマスターのクロトの言葉に、俺は少しばかり恥ずかしさを感じていた。真っ直ぐに誰かから褒められるなんてことはそう慣れていないので、やっぱり少し恥ずかしい。


「改めて、俺の名前はクロト。『紅蓮獅子』のギルドマスターをしている」

「どうも。『夜明けの星』でギルドマスターをしているリンネです」

「……若いな」

「まだ20の若輩者ですよ」

「若いが、君は強いな」

「そうですかね? そうだと嬉しいですけど」


 元々は無能と罵られてきた人間だ。砕かれた自信が元に戻るには時間がかかるが……彼が強いと評してくれた俺の力がどこまで通用するのか。自分が自分のことを弱いと言うのはいいが、他人が強いと言ってくれた自分を自分で貶めるのはなんとなく気が引ける。だからここは、同じギルドマスターとしてしっかりと胸を張って相手をしようと思う。

 足に力を込めてなんとか立ち上がり、俺はクロトと握手する。


「やはり君は強い。力の話ではなく、その精神力の話だ」

「それは、ちょっとよくわかんないです」


 何処でそう感じたのかわからないけど、誉め言葉は素直に受け取っておこう。


「それにしても、君たちみたいな高ランクなギルドが救援に来てくれるとは……協会も地竜討伐はそれなりに重く見てくれたってことなのかな」

「高ランク?」

「たった4人でこれだけの実力者が揃っているんだ……きっと他のメンバーも集まるととんでもないことになるんじゃないか? それにしても『夜明けの星』とは聞いたことがないな。有名ギルドは大体記憶していたはずだが」

「その……すごく言い辛いんですけど、ギルドランクはまだEに上がったばかりです」

「……本当か?」


 まだ結成して間もないし、そもそもメンバーはこの4人しかいないし……なんなら地下迷宮なんて1回しか潜ったことがない。確かにメンバーは精鋭ではあるけど、精鋭の前に少数って言葉がついてくる。


「そ、そうか……ランクが近いギルドに救援を要請したってことなのか? やっぱり協会は地竜の脅威性を理解していないのか?」

「まぁ……協会は割と大雑把だと思いますよ」


 多分、協会的には地竜ぐらい倒せるだろって考えで平然と依頼を出しているんだろうけど、トップ層のギルドばかり見ている協会は目測が誤ってしまっているのだろう。正直、地竜討伐なんてCランクより上の連中を派遣した方がいいレベルだと思うんだけど……やっぱり空を飛ばないドラゴンってことで軽く見られているのかな?

 確かに、地竜はドラゴンの中でも被害が小さい方ではある。国を滅ぼした実績もある地竜だが、被害が小さいと言われる一番の理由は積極的に人間を襲うことがないからだ。怒り狂うと手当たり次第に破壊してしまう凶暴さや、地面を揺らしながら大地を荒らしてしまう天災のような強さはあるが、残虐さはあんまりない。ドラゴンの中には積極的に人間を襲う奴らもいるし、なんなら世界で最も有名な飛竜は人間への恨みから街を定期的に破壊することで有名だしな。そこら辺の連中と比べると、も与えられていないドラゴンなんて大したことないかもしれないが……それでもドラゴンなんだからもうちょっとしっかり確認して欲しいものである。


「ともかく、本当に助かった。傷を負ったメンバーも回復させてくれたし、君たちは命の恩人だ。なにか礼をしたいところだが……それは街に帰ってからでもいいかな?」

「あー……そのことなんですけど」


 クロトの人となり、そして実力を確認して俺は既に決めていた。


「俺たち『夜明けの星』は新興のギルドでして、まだ実績もメンバーも足りないんです。だから、お願いしたいことがあって」

「同盟、か?」


 流石、ギルドマスター……話が早くて助かる。


「ふむ……こちらとして即座にオッケーだと言いたい所なんだが、こちらも複数のメンバーを抱えるギルドだから、ギルド内でしっかりと話し合ってから決めさせて欲しい。勿論、いい返事をしたいとは考えているので期待してくれていい」

「本当ですか? いやーありがたいです……メンバーが全然いないからもう困っちゃって」

「こちらも経験したことだ。ギルドの立ち上げ直後は大変だからな」


 話が分かる男の人が相手でよかったー……これで俺の心労も少しは減ってくれることだろう。

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