第53話 誇り高きその姿

 地を這って移動する地竜にとって、空を飛ぶ俺たちはどう見えているのだろうか。自らと同族のドラゴンのように空を飛ぶ俺たちに対して嫉妬したり、羨望の眼差しを向けたりしているのだろうか……あるいは、ただ上を飛ばれることにムカついているのか。

 地竜が今、何を思っているのか知らないが、その身体にシェリーが放った天から降り注ぐ光の杭が直撃する。神聖魔法神の御手ホーリーライトによって背中に大きな傷を受けた地竜は、怒り狂う訳でもなく……そのままゆっくりとこちらに照準を合わせて口を開いた。何と言うか……対空戦に慣れているような動きだ。もしかしたら、地竜は幾度となく他のドラゴンと戦ってきたりしたのかもしれない。対空戦に慣れているということは、空を飛んでいる敵と戦った経験が何度もあるということ。そして、地竜に対して喧嘩を売るような空を飛ぶモンスターは……ドラゴンぐらいだろうな。

 口を開いて発射してくる魔法なんて竜の伊吹ドラゴンブレスしかない。しかし、ここは地上と違って空中……しかも今の俺には女神の外套がある。だからそれを横に移動して回避することは容易いのだが、なにか嫌な予感がする。


「攻撃を続けてくれ」

「わ、わかりました!」


 地竜はここで殺さないと駄目だ。時間をかけて逃がしたりすればそれこそ途方もない被害が出てしまうだろうし、地竜が空を飛ぶ俺たちに釘付けになってくれている今の方が都合がいい。横にすーっと滑るように移動しながら、俺は地竜から決して視線を切らない。シェリーが腕の中で魔力を集中させて神聖魔法を発動しようとしている隙に、地竜はブレスを放ってきた。しかし、それは俺の知っている竜の伊吹ドラゴンブレスではない。


「うぉっ!?」


 地竜の口から吐き出されたのは岩石が混じった魔力の弾丸。竜の伊吹ドラゴンブレスのような派手な光線ではないが、それは空中を飛んでいる俺にとって竜の伊吹ドラゴンブレスよりも厄介な攻撃だった。

 1発、2発、3発……角度を調整しながら放たれる小さなブレスは、少しずつ俺の移動速度に合わせて放たれていた。あと数発も撃たれると、多分直撃する。勿論、そんなことをされて黙っている訳にもいかないので、俺は上下左右前後の揺さぶりをかけて目測を狂わせる。しかし、そうなると今度はシェリーが魔法に集中しきれないのではないかと心配になったのだが……どうやらシェリーは俺の身体に掴まって完全に集中状態になっていた。


神の御手ホーリーライト!」


 再び放たれた神の御手ホーリーライトを、地竜は避けない。避けることすら無意味だと言わんばかりに、地竜はこちらにブレスを吐きながらその直撃を気合だけで堪えている。神聖魔法はモンスターを消滅させる聖なる力を帯びた魔法だ。モンスターである地竜だって、直撃すれば痛いなんてレベルじゃない激痛があるはずなのに……地竜は微動だにせず、こちらに向かってブレスを吐き続けている。

 岩石が俺の横を掠める。段々と精度が上がっている地竜のブレスに、俺が危機感を覚え始めた頃……地上にいたメレーナとセレス姫が動き出していた。


「休憩は充分だろう?」

「誰に言っているんですか? 私はこれでも、暗黒魔法の継承者ですのよ!」


 視界の端でぶわっと広がった闇が、地竜に襲い掛かる。あれだけの暗黒魔法を使えばしばらくは動けなくなるだろうに……セレス姫はそんなこともお構いなしって感じらしい。なるほど、確かにあれはお転婆と称されても仕方がない元気さだと言える。身体が呪いに蝕まれているなんて嘘みたいな元気さだ。同時に、クロトが再び槍を持って地竜に向かって突貫していく。また自殺行為みたいなことをしているが、彼はきっとあの技だけでここまで生き残ってきた探索者なのだろう。自らの技にそれだけの自信を持っている……だから付け焼き刃で小手先の技を使用したりせず、どんな状況でも自らの技を信用している。自らの技に命をかけることができる絶対の自信。それは探索者にとって強力な武器だ。

 しかし……そんな攻撃を受けても地竜は微塵も動かない。ただ足を止めて、こちらを狙ってブレスを吐き、避けられたら軌道を修正して再び吐く。それを繰り返しながら、確実にこちらに狙いを近づけている。


「シェリー! なんとか早くとどめを刺してくれ!」

「そ、そんなこと言われてもできないですよ! まさか神の御手ホーリーライトを受けても平然と立ったままブレスを吐いてくるなんて……きゃぁっ!?」

「くそっ!」


 なんとか加速して避けたが、さっきのものは当たりかけた。もう、何度も避けられる自信はなくなってきたぞ。少しずつ、こちらが切れる手札を減らして、まるで壁に追い込むようにしてブレスを吐いてくる地竜……これは知能が高いなんてレベルの問題じゃない。下手すると喋り出すんじゃないかと思えるぐらいの知能だ。

 確実に、こちらを1歩ずつ追い込んでいるというのに、その行動には微塵の揺らぎがない。慢心とか、油断とか、余裕なんてものが全く見えない。それは、野生を生きてきたが故の絶対的な勝利など無いと言う教訓なのか、はたまた地竜にとって戦いとは相手が死ぬまで終わらないという前提が存在しているのか。


「っ! 神の裁きホーリージャッジメント!」


 天から降り注ぐ光は、そのまま地竜を飲み込み……蒸発させようと殺到する。しかし、その中からも地竜はブレスを吐いてくる。モンスターにとって、あの光は触れているだけで肌が焼かれるような痛みがあるはずなのに、精神力なのか……全く効いていないかのように動き続ける。

 ふと、急に地竜のブレスが止まった。もしかして死んだのかと思って地竜の顔へと目を向けた瞬間、全身に鳥肌が立った。


 地竜と目が、合った。


 即座に全速力で回避の構えに入ったが、地竜が放ったブレスはまるで俺の動きを予知したかのように移動した先へと飛んできて……紙一重で横をすり抜けていった。


「な、なにが……」


 今のは、絶対に当たると思ったのに紙一重で避けることができた。しかし、今のは俺が避けることができたと言うよりも、地竜が攻撃を外したように見えてしまった。何が起きたのかと思って地竜に視線を向けると……そこには口を開いたまま固まっている地竜がいた。


「し、死んでます。立ったまま……口を開いたまま」

「ギリギリで、勝ったのか?」


 地竜は微動だにせず、こちらをずっと狙い続けていたが、別にダメージを受けていない訳ではなかった。ただ痛みを堪えてこちらを狙い続けていただけで、ダメージを受けていない訳ではなかったのだ。

 絶命してもなお、地竜は大地にしっかりと足を降ろして立っていた。その誇り高きドラゴンの姿を見て、俺は完敗したと思った。

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