第52話 女神の外套

 破壊の権化と言って差し支えない……そう思えるほどに地竜の攻撃は凄まじかった。

 俺たちの攻撃を受けてもものともせずに突進してくる地竜は、自らの質量を活かした重量攻撃を繰り出してくる。勿論、質量に比例して動きは遅いのだが……如何せん体長の違いから完全に避けることは割と難しい。俺たちの1歩と、地竜の1歩では距離が違いすぎるのだ。鈍足で5歩進んだとしても、俺たちはその数十倍は移動しなければ避けきることができない。なにより厄介なのは、地竜の怒りやすい性格からくるしつこさだった。


「また来るぞ!」

「ちっ!?」


 地竜はただ移動するだけで周辺の全てを破壊するほどの暴虐性をその身に秘めているが、知能が高いドラゴンなだけあって魔法も平然と使用してくる。自分が破壊した大地を固めて、弾丸のように飛ばしてくる。いや、大きさ的には弾丸なんてかわいいものではなく、砲弾と呼ぶべきだろう。

 岩石の砲弾、それ自体には特に魔法がかけられている訳でもないのでただの岩の塊でしかないのだが……その速度が異常だ。瞬きしたら目の前に迫っているだろうと思えるほどの速度で、体長の数倍はある岩石がすっ飛んで来たら……まぁ、死ぬよな。


疑似・巨岩壁ギガントウォール

魔弾フライクーゲル!」


 俺が壁を生み出してなんとか防ぐが、1つの砲弾につき1個の壁が破壊されるのであんまり効率はよくない。メレーナが横で魔弾フライクーゲルを放って岩石を破壊してくれているが、それも焼け石に水だ。なにせ、破壊しても破壊しても、地竜はお構いなしにどんどんと砲弾を生み出してこちらに放り投げてくるのだから。

 この状況をなんとかするには、地竜の動きを止めるしかない。方法として、俺は闇の誘いダークコーリングも考えたが、多分簡単に鎖を引き千切られて終わりだろう。それくらい、人間とドラゴンの差は大きい。


突貫撃ストライクシュート!」


 どうするべきかと悩んでいると、暴れ狂う地竜の横から命を捨てるように突っ込む男の姿が見えた。負傷して仲間と共に安全な場所まで逃げているはずのクロト……俺たちが救援するべき相手が剣を持って地竜に突貫していた。


爆ぜる暗黒シャドウブラスト


 自殺行為にしか見えないが……地竜の動きがピタッと止まった。それを確認してから俺とメレーナが同時に走り出し、少し回復したらしいセレス姫が暗黒魔法を放つ。自身から切り離した影を地竜の目の前に持っていき、それを爆発させたのだ。周囲に小さな影の針が刺さっているのが見えるので、本来ならばああやって敵を大量の針で串刺しにする魔法なんだろうが、地竜に対してはただの目くらましにしかなっていない。しかし、セレス姫の狙いは最初から目くらましなので問題はないようだ。

 地竜に向かって突貫しながらも、自らの死を確信していたであろうクロトは驚いた様子のまま固まっていた。


風の精霊シルフ!」


 地竜を前にして固まっているクロトを助けるために、メレーナがシルフを召喚して風でクロトを吹き飛ばした。同時に、俺は動きの止まった地竜に対してある程度のダメージになることを期待して魔力を消費する。


疑似・神の裁きホーリージャッジメント


 天から降り注いだ光は地竜の身体に直撃し、肉を焦がすような音と共に地竜にダメージを与えている。ただし、地竜ともなると神聖魔法を正面から受けながらも動きが止まることはなく、むしろこの光を放っている術者を殺せばいいと判断したのか、俺の方へと顔を向けて口を開いた。

 地竜が口を開いてやることなんて竜の伊吹ドラゴンブレス以外にないのだが、今の俺にはそれを防ぐような手札はほぼない。放たれれば……死ぬ。


神の御手ホーリーライト!」


 今にも竜の伊吹ドラゴンブレスが放たれそうな瞬間に、地竜の頭に向かって天から杭が降り注いだ。それも1本ではなく、10本以上は落ちてきた。身体の至る所に突き刺さる神聖なる杭に、地竜は甲高い悲鳴のような声を上げながら地面に潜った。あの地竜が、攻撃を嫌って逃げ出したのだ。

 ちらりとそちらに視線を向けると、肩で息をしているシェリーと目があった。どうやら、治療していた人たちは一命を取り留めたらしい。完全に回復させることなく、俺たちを助けるために参戦してくれたようだが……こちらもかなり無理をしているだろう。


「大丈夫ですか?」

「なんとか……まぁ、逃げる方法は1つだけあったんだけども」


 俺の言葉を聞いて、シェリーはちらりと俺の背中にある女神の遺した外套を見た。これを使うことで俺は確かに地竜の竜の伊吹ドラゴンブレスを避けることができただろうな……防ぐことはできないけど。ただ、竜の伊吹ドラゴンブレスを避けた所で、その余波で大きく吹き飛ばされていただろうからあまり有効的な手段だったとは言えない。

 地面に逃げ込んだ地竜は必ず戻ってくる。今は光を嫌って潜っているだけで、土の下から俺たちのことを虎視眈々と狙っているだろう……特に、神聖魔法を使って来た俺とシェリーを。


「さて、シェリーが戻ってきたことだし、外套を使って戦うとするか」

「では、事前に決めていた通り」

「うん。攻撃は任せるよ、シェリー」


 対モンスターにおいて、もっとも火力が高いのはシェリーの神聖魔法。ドラゴンが相手だとしても魔法1つで有効打になってしまう神聖魔法は、正真正銘対ドラゴン用の切り札と言えるだろう。なら、俺たちがやるべきことはシェリーが狙われないように立ち回ること……なにより、シェリーのことをしっかりと守ることだ。

 外套に魔力を流して調子を確かめる。女神の遺物とは言え万能の効果を持っている訳ではないので、しっかりと扱わないと壊してしまうかもしれないからな。壊してしまったら絶対にシェリーに怒られるし……丁寧に扱おう。


「さて、聖女様?」

「はい、私を連れて行ってください、王子様」


 誰が王子様だ。まぁ……結果的には王子様みたいなことになるんだけども。

 地面が揺れて地竜が飛び出してくる予兆がする。俺はゆっくりと、冷静にシェリーの膝の裏に腕を差し込んでお姫様抱っこの要領で抱き上げる。そして……地竜が地面を割ってこちらに突っ込んでくるのと同時に、外套の力で空を飛んだ。


「思ったより、速いですね!?」

「地竜から逃げるためだから、我慢してくれ」


 女神の遺した外套は、魔力を込めることで自在に空を飛べるようにする魔法のアイテム。ただし、俺はこの外套に魔力を込めている間の行動が物凄く制限されてしまう。魔法が撃てないとかではないのだが……外套に魔力を絶えず流し込む必要があるので集中力がそちらに向かってしまう。だから俺たちは色々と考えて……こうして誰かを抱き上げて移動と攻撃の分担することにしたのだ。


神の御手ホーリーライト!」


 俺の抱えられているシェリーは、天を舞う俺たちを見上げる地を這う竜に対して、天からの光を浴びせた。

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