第51話 覚悟を抱く

 吹き荒れる暴風と破壊の嵐を前に、誰もが顔を強張らせている。疑似的に再現した俺の竜の伊吹ドラゴンブレスが、地竜の放つ本家の竜の伊吹ドラゴンブレスと激突して、周囲の地形を破壊しながら拮抗していた。


「ど、ドラゴンと拮抗してる!?」

「離れろっ! 巻き込まれるぞ!」


 俺の背後で倒れている探索者たちは、破壊の伊吹を見て生存を諦めていたようだが、俺が放った同様の魔法を目にして、自らが助かるかもしれないことを思い出して即座に逃げ出した。動けないほどの怪我をしたものは、軽傷の者が抱えてただひたすらに背中を向けて逃げ出す。

 ここで変なことをせずに背中を見せて逃げることができる……なるほど、確かに彼らは優秀な探索者なのだろう。弱き者はこの光景を見てもただ眺めていることしかできないだろうし、逆に中途半端なプライドがある奴は逃げることもできず、かと言ってなにか行動を起こすこともできずに焦ることしかできないだろう。その点、彼らは自分たちがこの場においてどういう立場にいるのかをしっかりと把握して、時には背中を見せて逃げる無様さも必要であると理解している。臆病で優秀……生存能力に秀でた素晴らしい人たちだ。

 さて、そうなると問題になってくるのは俺の方。疑似的再現したとは言え俺が放っているのは生物としてこの世の頂点に立つほどのスペックを持つドラゴンが、本気で相手を殺す時にしか用いることのない破壊の奥義……それを放ち続けて、俺の魔力がどこまで持つのか。結論から言えば、俺の魔力はあと数十秒もすれば尽きるだろう。通常の探索者と比べて魔力の総量が多い自覚はあるが、それでも生物の頂点に立つドラゴンと比較すれば月とスッポン。あと数秒もこうして競り合っていれば徐々に押し込まれ、数十秒後には俺の魔力が尽きてそのまま消し飛ばされる。地竜の竜の伊吹ドラゴンブレスを真正面から受けて生き残っていられるほどの超生物的な身体能力は俺に存在していない。


「リンネ!」

「このままでリンネさんが危ないですね……なんとかしないと」

「わかっている! 水の精霊ウンディーネ!」


 俺がこのままでは死ぬと理解しているメレーナとセレス姫が即座に動いてくれた。ありがたいことだ……全員を守る為に俺は咄嗟に竜の伊吹ドラゴンブレスを放ったが、このままでは死ぬことを誰よりも理解していた。最初から負けるつもりで挑んだ訳ではないが……実際にこうして競い合ってみるとよくわかる。ダンプカーを真正面から素手で受け止めろなんて言われてできる人間がいないのと同じだ。そもそも、人間とドラゴンは競い合うべき存在ではないのだと心底思い知らされてしまう。

 メレーナが召喚した水の精霊、ウンディーネが周囲に散らばる魔力の残滓を集めているのが見える。あれが解放されるまで堪えることができれば俺は生き残れそうだな……堪えることができればの話だが。


侵食する闇ナイトメア……少し無茶をします。離れていてください」

「あ、あぁ!」

破壊する暗黒シャドウインパクトっ!」


 身体から大量の影を生み出したセレス姫が、その影を利用して壁を作り出して地竜の顔面にぶつけた。生み出した闇を壁のようにしてぶつける単純な魔法のようだが、あれだけの影を生み出したらセレス姫は一気に疲労困憊だろう。しかし、そのおかげで地竜が体勢を崩して隙が生まれた。

 疑似・竜の伊吹ドラゴンブレスを中断して全力で横に回避する。競り合っていた破壊の奥義の片方が消え、地竜の口から放たれていた破壊の伊吹がそのまま地面を抉りながら俺の横を掠めながら後方に消えていく。なんとか、生き残ることができた。


「ウンディーネ!」


 地竜は俺が横に移動したのを見て、即座に軸合わせをしてから再び竜の伊吹ドラゴンブレスを放とうとして、横からやってきた大量の水を受けてそのまま押し流されていった。都市で使えば簡単に街を一掃できそうな出力……氾濫した巨大な川のように暴れ狂う水の奔流に飲まれれば、地竜と言えども地に足を付けて立っていることは難しいだろう。

 竜の伊吹ドラゴンブレスによって破壊された地面が水によって更に片付けられていく光景を見ると、地竜がどれだけ異常な力を持っているのかがわかる。なにせ……ここまでやっても、地竜はただ黙って立っているのだから。


「さぁ……ようやく戦闘開始だな」

「そうだな。しかし、さっきの出力をウンディーネにもう一度出させるのは無理だぞ? ウンディーネだって疲労困憊だ」

「私も、暗黒魔法はしばらく無理です」

「俺だって魔力の半分以上は使い切った」


 最初の攻防だけで、こちらはもうボロボロだ。俺の魔力総量は通常時の半分以下で、もう一度地竜の竜の伊吹ドラゴンブレスを相殺しろと言われても、今度は数秒もたないだろう。メレーナもウンディーネは限界で、サラマンダーとシルフはそもそも相性が悪いはずで、最後の精霊である土の精霊ノームでは地竜なんて呼ばれる化け物にはそもそも勝てないだろう。セレス姫も同じく、無茶な暗黒魔法の使い方をしたので疲労困憊……と言うか、立っていることができることの方が驚きだ。それだけ、暗黒魔法を使用することによって身体にかかる負担は尋常ではない。

 一方、地竜の方はまだまだ元気いっぱいって感じ。そもそも竜の伊吹ドラゴンブレスをあれだけ使用しても魔力総量の4分の1にも届いていないだろうし、ウンディーネの水流と破壊する暗黒シャドウインパクトを合わせて大した傷にはなっていない。


「前に亜竜と戦ったことがあるけど、桁違いだな」

「亜竜も充分に強いですが、彼らのようなドラゴンがいるから亜竜と呼ばれるのでしょうね」


 亜竜とは比べ物にならない。俺が疑似再現して放った竜の伊吹ドラゴンブレスは亜竜から再現したものだが、出力も範囲も桁違いだ。亜竜は確かに強力なモンスターで、並みの探索者では太刀打ちできないような強さを持っているが……やはり真正のドラゴンには全く敵わないだろう。

 誰が言ったか「ドラゴンとは生物の枠組みを超えた存在であり、そもそも人間のような矮小な存在が歯向かうべきではない」という言葉を思い出した。確か……ドラゴンを神として崇める宗教家、だったかな? そいつはドラゴンのことを神聖なる生物であるから歯向かうなって言ってたが、そもそも生物の性能的に歯向かってはいけない生物だと思う。こうして実際に相対してみるからこそ……そう思ってしまう。


 正直言って、かなりキツイ状況だ。このまま続けても勝てるかどうかなんてまるでわからないし、そもそもあの地竜が血を吐いて地面に倒れる姿を想像するのすら難しい。

 覚悟を、決めるしかないようだ。ここで生き残るには、自分の限界を超える、覚悟を持たなければならない。

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