第10話 神の意思
「お前がどんな手を使って亜竜を殺したのか確かめたい」
「……それは、俺と貴方が直接戦って知らなきゃいけないことなんですか?」
「俺はお前を追放したギルドのマスターとしてそれなりに知らなきゃいけないことがあるってことだ。何かしらの不正でお前が亜竜を殺したのならば元ギルドマスターとしてお前を始末しないといけないし、お前が正当な手段で亜竜を殺したなら俺の見る目がなかったってだけの話だ」
どうしよう……俺が想像していたよりも厄介な話かもしれない。俺はてっきり、お前如きにそんな力がある訳ないんだから不正だって言いがかりをつけられているものだと思っていたんだけど、アリウスさんは正当に俺のことを図ろうとしている。やり方は滅茶苦茶強引でヤクザみたいだけど、言っていることは理解できる。
「もっとも、どうせ亜竜を殺したのはシェリーだろうとは思ってるがな」
「はぁ? ここまで来てまだリンネさんのことを認めないんですか?」
「頼むから今は出てこないで、シェリー」
実際、俺が『竜の伊吹』に所属していた頃は役に立たない無能だったことは事実なんだ。その頃から俺に対して才能があるなんて考えていたシェリーの方が異常で、俺のことを追放したアリウスさんの考えは正しい。まぁ……暴力を振るわれたことは未だにちょっと許してないけど。いや……よくよく考えたら俺が無能であることと、理不尽に暴力を振るわれたことは関係ないのでは?
「さて、さっさと見せてみろよ。お前の力を」
アリウスさんはその言葉だけ残して俺の視界から消え、気が付いた時には俺の腹部には激痛が走っていた。
「うぐっ!?」
「鈍い」
腹部を殴られたのだと気が付いて吐き気を無理やり抑え込んだ時には、既にアリウスさんは俺の隣に立っていて、側頭部を蹴られて道端の木箱の中に突っ込んでいた。頭がぐわぐわと揺れるような感覚と共に、口から鉄分の味を感じる。生温かい液体が口の中でサラサラと流れているが……恐らくは血液、さっきの蹴りで頬の内側でも切ってしまったのだろうか。
木箱を退けながら立ち上がった俺の正面には、仏頂面のアリウスさんと「もっと痛めつけてやれ」と騒いでいる『竜の伊吹』のメンバー。
薄々理解はしていたのだが……今の攻防の間にアリウスさんは魔法なんて使用していない。ただ、早く動いて俺の腹を殴って、更に隙だらけで蹲っていた俺の側頭部を蹴っただけだ。それだけの行動で、俺は既にフラフラでまともに戦える状態じゃない。
「弱い……やっぱりお前は無能のままか? こっちはシェリーを引き抜かれたせいでそれなりに苦労してんだ。理不尽だろうと憂さ晴らしさせてもらうぞ」
「はぁ!? 私はリンネさんに引き抜かれた訳じゃなくて、自分から出ていったんです! そもそもそういう横暴な態度のギルドだったから気に入らなかったんですよ!」
シェリーが普段の3倍は口汚くアリウスさんのことを罵倒しているが、俺はそれを気にするだけの体力がない。
「
「……舐めてるのか?」
指先から放った電流は素手で振り払われてしまい、俺が反応するよりも早く俺の身体はくの字に曲がって探索者協会の壁に激突した。木製の壁がミシミシの歪む音が妙に頭に残っている。
「そんな下級魔法で俺と戦えるなんて本当に思ってるのか? 本気を見せろよ……それとも街の建物が巻き込まれるのを恐れてるのか? お前如きが?」
逆に、なんで街中で暴れて平気な顔をしているのか俺には理解できない。俺が模倣している魔法の中で最も強力なものは
実際、少しずつ野次馬が集まってきているし……数分もすれば探索者協会の職員が俺たちの戦いを止めに来るだろう。それまでこのまま待っていればいい。
「イラつくんだよ……お前みたいな弱い奴が、探索者にしがみついてるのがよ!」
本当に?
「リンネさん!? これ以上はもういいでしょう! リンネさんが死んでしまいます!」
このまま、待っているだけでいいのか?
「だからどうした? 弱い奴なんて死んで当たり前だろ」
このまま……誰かが助けに来てくれるのを待っているだけ。
それでいいのだろうか。
『貴方に、世界を救って欲しいのです。貴方にしかできないことだと私は思っています。ですから……世界を統治する女神として恥だとわかっていながらお願いします。あの愛しい世界を救ってください……その為の力は、既に持っているはずですから』
「
流れるように口から溢れた言葉は力となり、俺の体内の魔力を消費して事象を正確に世界に刻み付ける。天から落ちる光の杭は不浄なる者を貫き神の裁きをもたらす……なるほどいい言葉だ。もっとも、神聖魔法を模倣しただけの俺の魔法は相手が不浄なる者であるかの区別なんて付きはしないけれども。
流星の様に夜空を小さく照らした光は、速度を上げて迫ってくる。
「まさかっ!?」
「はは……もう知らねぇ」
天より降り注いだ光の杭は石畳を貫通し、近くに立っていたアリウスさんを吹き飛ばす。威力は調整していたので街を破壊するほどの威力ではないはずだが……これは後で怒られるな。
「ぐっ!? リンネ、てめぇ!?」
直撃は免れたようだが、光の杭から放たれた魔力によって右腕に火傷を負ったらしい。敵を滅する杭が発する白き光は、不浄なる者を焼き尽くす為に高温を発している。アリウスさんはそれを避けきることができずに受けてしまったのだろう。しかし……まさか
「今すぐ魔法の使用を中止せよ! こんな往来で探索者同士が派手な戦いを起こすなど言語道断! 速やかに下手人を捕らえろ!」
そう言うなら、最初にアリウスさんが俺を表に連れて行った時に言えよ。今更になって出てきて、街を破壊するような魔法を使ったからダメなんてもっともらしいこと言いやがって。
心の中ではちょっと悪態を吐いたが、抵抗するつもりはないので俺とアリウスさんは大人しく捕まった。この程度のいざこざなら探索者の資格を剥奪されることも、投獄されることもなく罰金だけで済まされるだろうからいいけどな。直接的に建物を破壊した訳でもないし、他の人に怪我させた訳でもないから。
それより問題なのは……俺が大衆の面前で神聖魔法を使ったことだ。どうするかなぁ……言い訳とかできないよなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます