第111話 平和とは

 平和、と言うものは相対的な価値観の上に成り立っていると俺は思っている。

 俺にとっては魔の者に関することが全て片付いたこの世界は滅茶苦茶に平和そのものなんだが、普通にフェラドゥという国に住んでいる人間からすれば平和が崩れ去った直後みたいな雰囲気だ。


 全ての片がついたのでこれからはのんびりのギルドマスターをしながらゆっくりと生活しようと思って、久しぶりにギルドハウスに戻ってきたら……死にそうな顔のクロトと、悩ましそうな顔で書類を睨み付けているオーバがいた。


「どうも」

「っ! やっと来たのか……ここ最近、王都でも姿を見せないから何処に行ってるのかと心配になったんだが」

「聞きます?」

「……いや、聞いたら今以上に厄介なことになるから聞かないでおこう」


 賢明な判断だと思う。

 オーバが頭を悩ませている書類の内容は想像できるし、クロトが横で死んでいるのもそれに関係した話だろう。まぁ……無理もない話だ……なにせ、して、国がひっくり返りそうになっているのだから。世間的には国王は何回も代替わりしているはずだが、実際には魔の者に与して寿命を延ばし続けていた妖怪が1人で支配していた。表向きには配偶者などもいたはずだが、それらも全て偽装したもの……行方不明扱いで大騒ぎになっているはずだろう。しかも、書類上は存在しているはずの国王の血縁者も全く存在していないのだ……分家も本家も断絶したようなものだ。

 1人の人間が永遠の命を手に入れて国を支配することは永遠の繁栄に繋がると良く言われるが、その永遠の命を持っていると思っている人間が作った国が崩壊すると、こうもガタガタになってしまうんだなと思った。やはり人間が暮らす国の王は、人間でなければならないと思う……その先にあるのが国の崩壊だとしても、だ。


「それで? 国王が死んでこれからどうするって?」

「……国王の血を引き継いでいると主張する公爵が次期国王は自分だと言い始めたらしく、それに対して大臣が政治も知らないカスが出しゃばると言って、国が割れそうになっている。しかも、両方ともダンジョン探索に金を出し過ぎていると国王の政策には反対だった立場だから、探索者たちは一斉に国を離れるかもしれない、と」

「あちゃー……」


 国王がダンジョン探索にそこまで力を入れていたのは、恐らくだが金を得るためだ。どれだけ寿命を延ばして永遠の命を手に入れたとしても、金は別に降ってくるものでも湧いてくるものでもないから、継続して金を手に入れる必要があったのだろう。それ以外の理由もあったのかもしれないけど、今となってはどうでもいいことだ。

 それにしても……探索者がこの国から出て行ったら、それこそ一瞬で崩壊するのは目に見えている。フェラドゥの地下迷宮があるからこそこの国はここまで発展しているのだし、探索者という数も実力も正確に計ることができない戦力が国に潜んでいるから他国から侵略されることも戦争に巻き込まれることもなかったのだ。それが一気に放出されれば……どうなるのかなんて目に見えている。


「リンネはどうする?」

「この国に残る」

「即答か……なにか理由があるのか?」

「ここは俺の生まれた国だし、なにより女神がいる」

「女神……そこまで信仰心があったようには見えなかったが、本人に出会って色々とあったのか?」

「いや? 女神に対するスタンスはそんなに変わってない……いや、むしろ女神ってあんまりいい奴じゃないなって思ってるくらいだ」

「えっ!?」


 後ろで様子を見ていたシェリーが俺の発言にショックを受けているようだが、完全無視でいいだろう。


「しかし、この国に女神が存在している以上は……俺だってこの国を安易に離れる訳にはいかない。これでも、女神に選ばれた人間だからな」


 女神は既にこの国から離れ、世界そのものを見守っている訳だから別にこの国に残る必要はないのだが、シェリーもこの国に残るだろうから俺もこのまま残ろうと思っているだけだ。なんだかんだ言って、俺もシェリーに絆されたって所だろうな。

 俺の返事を聞いて小さくそうか、とだけ呟いたオーバはしばらく書類を眺めていたが……頭を左右に振ってから握りつぶした。


「なら俺たちも残ろう」

「マジか!?」

「あぁ……その方がいいと俺は思う」


 隣で死んでいたクロトは、オーバの言葉を聞いて驚愕の声を上げていた。やはりオーバが手に持っていた書類は国王が死んで探索者たちが外へと流出していく中で届いた、外からの勧誘のようなものだったらしい。

 まぁ、オーバぐらいの実力があればどこの国に行っても上手くやれるだろうが……それでもこの国に残ってくれるらしい。


「あ、でも俺は別に国の為に戦争とかするタイプじゃないことは把握してるよな? シェリーもそういうの、あんまり参加する気ないと思うし」

「ないですよ」


 だよな? 俺たちは最初から戦争には興味がない。だからオーバたちが一緒に残るとしても、この国を守る為にとか考えている訳ではないのでそっち方面で協力するつもりはない。


「わかっている。お前たちは聖堂の所属だからな」

「いやー……別に聖堂の所属って訳でもないんだけども……まぁ、事実上はそういうことになる、のか?」


 非常に不本意ながら、俺も聖堂の関係者ってことになるからな。


「不謹慎なこと言うけど、崩壊する国を見るってそうそうないことだからちょっと見てみたいよな」

「本当に滅茶苦茶不謹慎なこと言ったな!?」

「はぁ……どうしてこうも馬鹿なのか」


 馬鹿のはずのクロトに驚かれ、オーバには呆れられてしまったが……生きているうちに国が崩壊するところを見るなんてそうそうないだろうからさ。

 国の崩壊……そう考えると、俺たちは国に残れるけど、セレス姫とかどうしようかな。セレス姫がいるからはっきりと口にはしないが、フェラドゥが崩壊しかけて真っ先に戦争を仕掛けてくるのはアルティリア王国だと思っている。貧困と戦争ばかりだった国を王族が暗黒魔法だけで安定させたアルティリア王国は、フェラドゥの持つ地下迷宮は非常に魅力的に映るだろう。ま、貧困とか関係なく全ての国が狙ってくるだろうけどな。


「はぁ……山積みだな」

「平和なのにな」

「何処が平和なんだよ」


 平和とは、相対的な価値観によって生み出される言葉だ。

 俺にとっては魔の者が消えて全てが平和になったのだが、この国に住む大多数の人間にとっては国のピンチなのだ。

 オーバとクロトに対して温度感の違いを感じるのは、ここ最近の俺が沢山のことに巻き込まれすぎたことによる慣れによるものなんだろうな。

 慣れたくなかったんだけどね。

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