第112話 これからの世界【完】

 これから世界はどんどんと荒れていくと思う。

 世界的に大国として大きな影響力を持っていたフェラドゥの没落は、水面に投げ込まれた投石のようなもの。波紋を広げて大きく水面を荒していくことは想像に難くない。しかし、投げ込まれた石によって揺れた水面もいつかは落ち着いていくものであるように、これから起こる世界を巻き込む混乱も収まる時が来る。女神サフランが司る秩序とは、そういうものなのかもしれない。


 既にこの世界に生きている存在になってしまった俺も、世界の混乱に巻き込まれる人間になっている。以前ならば俺は女神によって連れてこられた人間でしかなかったかもしれないが、今は既に女神の管理下から離れたちょっと力を持っている人間だ。この世界にしっかりと生きている存在になってしまったのだから、当然ながら俺も世界の波紋には巻き込まれることになる。その時に俺がどう行動するのかは、その時になってみないとわからないが……少なくとも俺は、自分を曲げなければそれでいいぐらいに考えていた。

 人間にとって多大なる影響を及ぼすはずだった魔の者は、殆どの人がその影響を受ける前に世界から放逐することができた。世界に悪影響を及ぼす存在でありながら、サフランとは表裏一体の存在でもあった魔の者が世界からいなくなったことによる世界の影響は、残念ながらただの人間でしかない俺には予測することはできないが、きっと小さくはないだろう。それこそ、フェラドゥという大国が没落して滅びるぐらいの影響はある。


「なんだか、こうしてゆっくりできているのが奇跡みたいですね」

「奇跡か……実際には自分で頑張ったから手に入れた休暇、みたいなもんだけどね。俺たち以外に魔の者と戦うことはできなかっただろうし、世間的には存在していない戦いだから」


 世間的には、俺たちの活躍なんて当然ながら知られていない。冥府なんて存在そのものが眉唾物だし、魔の者とか女神とか他次元とか、普通の人間にはまず理解できないような単語が羅列されてしまうから誰かにわかってもらおうとも俺は思っていない。シェリーとしては、俺が世界を救ったんだと言いたいらしいが、人間ってのは結局自分の周囲で起きていることを理解することが限界なのだ。誰にも見られず、誰も知ることができず、目に見える影響を及ぼしている訳ではないことを認めて貰おうなんてことが無理な話……俺が世界を救ったんだぜ、なんて言おうものなら鼻で笑われるか、本気で頭を心配されるかのどちらかだろう。


 言い方は悪いかもしれないが、俺とシェリーなんて所詮は探索者でしかないのだから国に関することにそこまで深く入り込むつもりはない。これからフェラドゥが割れてもなにもすることなく……横からそれを眺めていることしか俺たちにはできないし、なにかするつもりもない。

 シェリーもそのことがわかっているから、不穏な空気が漂っている街中を眺めながらも特に行動をせずに、俺と一緒に屋根の上で転がっている。


「快晴の空って、どうしてこんなに気持ちがいいんでしょうね」

「それは、快晴じゃない空を知っているからじゃないか?」


 快晴の空が美しい、気持ちがいいと感じるのは、快晴ではない空のことを知っているからだと俺は思う。快晴しか知らない人間がいたとしたら、きっと快晴の空を見たって気持ちいいなんて思うことはないだろうし、快晴の空になることが多い場所に住んでいたらきっとこれほど美しいと思うこともないだろう。人の幸福と同じで、相対的な価値観を持っているからこそこの空のことを綺麗に思うことができるのだ。

 今まで自分たちが平和を享受するしかしていなかったのに、急に平和ではなくなったからフェラドゥの人々は空を見上げることもせずに慌ただしく動くしかできない。そうすることでしか、不安を拭えないから。


「……なんか、リンネさんってなんでも知ってるみたいなことをたまに言いますよね」

「気のせいだと思うぞ? 俺はなんでも知っている訳でもないし、別に世界について悟っている訳でもない……ただ、自分が思ったことをそのまま口に出してシェリーに喋っているだけだ」

「そうですか? 殺気の快晴じゃない空を知っているから、なんてそれっぽいでしたけど」

「それっぽいことを言おうとしてるからな」


 男って生き物は、どうしたって女の前で格好よく決めておきたいもんなんだよ。だから俺はシェリーを前にして格好よく決めることを意識しているだけだ……それは、俺がシェリーのことをしっかりと女性として意識している証拠でもあるので、ちょっと恥ずかしくもあるんだけども。


「で、女神がしっかりと存在していたことを知った聖堂はこれからどうするんだろうか。女神が降り立った大地って考えると、ここは女神を信仰する人間からすると聖地になる訳でしょ?」

「まぁ、そうですね……でも、女神様が存在しているという事実が大事なのであって、別に聖地であるこの地が戦争によって荒れたとしても、きっとそこまで気にしないと思いますよ」

「女神本人があんな感じだし、そもそも気にしてないかもしれないけどな」

「あ、あはは……否定しきれない」


 シェリーの中での女神という存在が良くも悪くも地に足ついた存在になっているようだ。俺としては女神を盲目に信じていた時よりはマシだと思うけど……聖女としてはきっとダメなんだろうな。ま、そうは言っても聖堂は別に宗教であることを利用して悪いことを企んでいる訳でもないので、別にシェリーがサフランのことを盲目的に信仰してもそこまで問題にはならないと思うけどな。そもそも、シェリーにとって女神は声が聞こえてくる存在だから、神のご意思だ、みたいな詐欺には引っかからないし。


「よいしょっと」

「何処に行くんですか?」


 空を見上げながら俺が立ち上がると、シェリーも一緒になって立ち上がってきたが……別になにかをしようとした訳ではない。俺がやるべきことなんてこの世界には残っていないし……これからやることは、俺が自分の意思で決めて実行していくのだから。


「好きなことをしにいくんだよ」


 女神に与えて貰った人生……折角ならば悔いが残らないように生きてみようと俺は思った。

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無能はいらないと言われてギルドを追放された俺、悔しさを糧に努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていたみたいです 斎藤 正 @balmung30

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