第3話 国立魔導図書館

 魔法を覚えるのは楽しい。なんで今までやってこなかったのかと不思議になるぐらいに、俺は魔法を覚えるのが得意なようだ。もしかして、世界を救って欲しいと言って来た女神様が俺にチートをくれたのだろうか……まぁ、あり得ない話ではないと思う。この才能を見抜いていたから、シェリーが俺の中に神を見たなんて言っているのかもしれないし。

 現在、俺は魔法を学ぶためにシェリーと共に国立魔導図書館にやってきている。魔導図書館とは、その名の通り魔法が刻まれた魔導書が沢山収められている特殊な図書館で、限られた魔導士しか入ることを許されない結構貴重な場所なのだ。今回は聖女シェリー・ルージュがいたから入ることを許されたが、俺が単独で入ろうとしても門前払いを受けるだけだろう。


「ここなら、私が知らない魔法も沢山あると思います。もう私が教えられる魔法なんて殆どありませんから」


 たった数日の修行で、俺はシェリーが教えてくれた基礎魔法を全てマスターしてしまった。魔法の天才であるシェリーから見ても異常な速度での飲み込みらしく、俺は自らの内側に眠っていた自分の才能がちょっと恐ろしくなると同時に、なんとなく万能感に包まれた気がしていた。

 子供の頃、どれだけ努力してもできなかったことがおとなになったらすんなりとできるようになっていた、みたいな感触。無能だった自分と比べて圧倒的に成長しているのに、なんとなく哀愁を感じる人間の不思議な感覚。


 基礎魔法をマスターしたことで、次はシェリーがなにか教えてくれるのかと思ったのだが……シェリーは魔導図書館に行こうと言い出した。俺は当然、普通にシェリーが教えてくれればいいと言ったのだが……そこで彼女の秘密を知ってしまった。

 なんでも、彼女は基礎魔法以外は神聖魔法しか使えないらしい。衝撃的なカミングアウトに、俺はしばらく思考が停止していたが……よくよく考えるとシェリーが神聖魔法以外の魔法を使っている姿をあまり見たことがない。俺はてっきり神聖魔法が強力だからそれ以外の魔法を使っていないのかと思っていたが、まさか使えないとは思わなかった。


「わぁ……私も初めて来たんですよ、国立魔導図書館」

「そうなんだ。俺はてっきり何回も来てるものかと」

「あはは……暇があったら普段から大聖堂の方に行っているので」


 シェリーは聖女だから、魔導図書館よりも大聖堂に通っているのは納得か。

 この国……迷宮探索者が集うの国教である女神教の総本山、秩序の大聖堂は白亜の美しい聖堂で、王都の中心に存在する威厳のある建物だ。シェリーはその秩序の大聖堂にいる女神の大神官から直々に聖女の名前を与えられた素晴らしい人間だからな……なんで俺と一緒にいるのかマジでわからなくなってきたな。


 魔力で棚を動かし、お目当ての魔導書を幾つか手に取ったシェリーは俺の前にドンドンと積んでいく。


「さ、これが中級魔法の本です」

「……初級魔法は?」


 基礎魔法と呼ばれる属性の基礎となる魔法、それを少し発展させた初級魔法、それに志向性を持たせて効果を追加した中級魔法、そしてそれらを全て内包して属性魔力最大の威力を発揮させる上級魔法。魔法は主にこの4つの段階に分けられる。

 当然ながら、この4つに属さない魔法も多数存在している。シェリーが使う神聖魔法のように限られた人間にしか扱えない特殊魔法や、生活用水を出したり、木材に着火するだけみたいな生活魔法がある。

 基礎魔法を学んだのだから次は初級魔法だと思っていたのだが、何故かシェリーは中級魔法の本を俺の前に積んだのだ。いくら才能があると言っても、こういうのは段階的に成長していく方がいいと思うんだが?


「はっきり言いますけど、今のリンネさんに初級魔法は無駄です。なんならこの本だけで中級魔法を終えて上級魔法に行ってもいいと思います」

「そんなに?」

「はい。それだけ、リンネさんの吸収速度は異常ですから」


 う、うーん……優秀な魔導士であるシェリーがそういうなら間違いないんだろうけど……ここは先生の言うことをしっかりと聞いておくか?


「じゃあ中級魔法を学ぼうか」

「問題は」


 え、まだなにかあるの?


「今のリンネさんを見ていると、私が扱っている特殊魔法も……もしかしたら見るだけで模倣できるかもしれないと思うんです」

「それはちょっと、無理じゃない?」

「可能性としてはゼロじゃないと私は思います。いえ、むしろできる確率は高い」


 シェリーの目は真剣だ。俺が本当に見るだけで神聖魔法を学べると本気で思っているのか? 俺に、本当にそんな力が?


「……まぁ、上級魔法の後にですけどね!」

「だ、だよな。うん……考えておくよ」


 本当に俺が特殊魔法を見ただけで自分のものにできるほどの才能があったとしたら……俺は女神様をちょっと恨むかもしれない。そんなチート能力が無ければ救えないほど、この世界は危機に瀕しているのか、それとも俺が頼りないからこんな力を持たされたのか。女神様の意図はわからないけど……そんな力を他人に授ける能力があるのならば自分で救ってくれよって思ってしまった。


 数時間、シェリーと共に中級魔法の本を読みこむことで頭の中に内容を叩きこんでいく。


「……これを読んだだけで本当に使えるようになるんでしょうか?」

「え、シェリーがそれ言うんだ」


 持ってきたのはシェリーなのに。

 実際、最初の数十分は文字は読めているのに内容はするすると脳からすり抜けていった気がしたけど、数時間も読み込んでいると感覚として理解できるようになってきている。今すぐ外に出て実践すればすぐに発動できそうなぐらい、頭に中に完璧な中級魔法がイメージできていた。


「その顔を見ていると、中級魔法が使えるようになったってことですね」

「多分だよ? 確定ではないから外に出て試してみないとわからないかなーとは思うけど、多分できるようになったと思う」

「……女神様に愛されているんですね」


 女神様に愛されている……そう言えば、今まで不自然なぐらい考えていなかったが、俺が転生した時に出会った女神様はもしかして、シェリーが信仰している秩序の女神なのではないだろうか。実際、あの時は死んでいたせいで意識が朦朧としていて記憶が曖昧なのだが……世界を救って欲しいなんて秩序の女神らしいと思う。

 もし、本当にあれが秩序の女神なのだとしたら、シェリー的には俺が神に選ばれた人間と言うことになるのだろうか? 面倒なことになりそうだから黙っておこう……うん、そうしよう。

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