第2話 魔法の基礎
俺には前世の記憶がある。
日本という国で生まれた俺は普通の男として命を受け、学校に通って人生を送っていた。前世での名前は前橋勇樹……なんだか勇気が湧いてきそうな名前だが、実際はなんの変化もない日々を送っていた人間で、普通に大学を卒業したら企業に就職して……いつの間にか死んでいた。多分病気かなんかだと思うんだが、そこら辺は曖昧で思い出せない。
はっきりと覚えていることと言えば……真っ白で生温いお湯のような幸福感に浸り続けていた俺に、突然世界を救って欲しいと言って来た女神様がいたってことぐらい。
彼女は名乗ったりはしなかったが、その全身から溢れ出る高貴で神秘なオーラから俺は勝手に女神様だったと思っている。そんな人からいきなり世界を救って欲しいと言われて俺は困惑したが……異世界に転生させると言われて生き返ることができるならと速攻で安請け合いした訳だ。
結果的に、リンネ・クローズという人間として異世界に転生して、自分が無能であることに打ちひしがれて世界を救うことなんて普通に諦めていた。
これが、リンネ・クローズの原点だ。
「いいですか? 魔法の基礎は、とにかくこれから自分が起こす現象をイメージすることです。イメージすることさえできれば、どれだけ杜撰な魔力操作でも発動します。逆にイメージできなければどれだけ魔力操作が緻密でも発動しません」
「……理にかなってない」
「その考え方が駄目なんです!」
じゃあ俺、魔導士向いてないのでは?
「
シェリーが掌の上に火球を出現させる。炎の超初級魔法である
視線で促されたので俺もそれを真似して
「
「……なんか小さいですね」
「そもそも俺はそんな大きさの火球を想像できない」
俺の掌に現れたのは、野球ボールぐらいの大きさにしかならなかった火球。シェリーの掌の上にあるスイカよりも大きい火球とは雲泥の差だ。
「うーん……どうすればいいんでしょうか。想像力は私がどうにかできるものではありませんし」
「逆に、シェリーはどうやってそんな明確にイメージしてるんだ? そもそもそんなものが使えるって想像が俺にはできないんだけども」
「その……ちょっと恥ずかしいんですけど」
急にもじもじとし始めたシェリーは、森の中で周囲に人がいる訳でもないのに俺に近寄ってきて耳打ちしてきた。
「小説ぅ?」
「い、言わないでくださいよ? 私だってちょっとどうかと思ってるんですから!」
シェリーが俺に教えてくれた想像の方法は……子供の頃から愛読している小説に由来しているらしい。子供の頃に呼んだ小説に出てきた魔法がかっこいいと思い、それを真似していたら勝手にできるようになったのだとか。
理屈としてはわからなくもないが……創作物から着想を得るってのも面白い話だな。
「……」
「どうしました? も、もしかして呆れましたか!? た、確かに今でも読んでるのは子供っぽいかなーなんて自分でも思いますけど、私だって最近は恋愛小説とかを呼んだりもしますよ? 私もしっかりと大人としての階段を踏み出して──」
「
小さく詠唱した俺の掌の上に、先ほどシェリーが発生させていた
なんか意味わからないマシンガントークをしていたシェリーが、言葉を途中で止めて俺の頭上にまで浮かび上がっていく火球を見て口を開けたまま呆けていた。
「す、凄いですっ! どうやったんですか!?」
「え? あぁー……ちょっと自分の好きなものでイメージしてみたんだよ」
前世で好きだった漫画やゲームから想像したなんてちょっと恥ずかしいので言えなかったが、とにかく少ない魔力で基礎的な魔法を発動する方法を知れてよかった。魔法は学問なんて言われているから、しっかりと教本通りにやらないとできないと思っていたんだけども……まさか好きな創作から生み出すなんて発想があるとは。大人になると頭が固くなるって本当なんだな。
頭上まで掲げた
「その……一度発動した魔法の大きさを、自由に変えるのってどうやってやってるんですか?」
「え? ちょっと縮小したり拡大したりのイメージで」
スマホの画面を指で大きくしたり小さくしたりするイメージでやってるんだけど。
「普通はそんなイメージできないですよ? 魔法って、こう……決まった形があるというか……一気に想像力が高まりすぎじゃないですか?」
「そんなこと言われてもな」
俺はただできると思ったからやっているだけだし、物凄い感覚的な縮小と拡大だから他の人に教えるとかは無理だぞ。
極限まで小さくしてビー玉ぐらいにした
「……どうやったんですか?」
「わかんない」
なにがどうなってあんな動きになったのか……全く理解できない。
なんだか微妙な雰囲気になったが、シェリーが咳払いをしたことでなんとか意識を立て直す。
「つ、次はもうちょっと難しい魔法にしてみましょうか!」
「よろしくお願いします、シェリー先生」
「先生……はい! 任せてください!」
おぉ……なんか急に気合入ったな。
数時間もするとシェリーは疲れ果ててその場に座り込んでいた。そんなシェリーを横目に、俺は魔法を次々と使用していく。
「
「……よく、そんなに魔力が使えますね」
「自分でも驚きだよ。それに、今まで全く使えなかった魔法の使用感が全然違う……本当に自分の身体が自分じゃないみたいだ」
するすると身体の中から魔力が抜けて魔法がポンポンと発動する。今までの人生が全て無駄だったんじゃないかと思うぐらいには充実した感触だが……まだ基礎的な魔法を使っているだけなんだよな。
「魔力の総量が多いのはそうなんですけど、実際は私と大して変わらないですよね」
「そうなんだ。そういう感覚がイマイチわからないからどうなのか自分では判断できないかな」
「はい……魔力総量の問題ではなくて、リンネさんは不思議と物凄い魔力効率がいいんですよね。最小の魔力で最大の効果を発揮しているというか」
へー……特に意識してなにかしている訳じゃないから、全くわからないんだけど、シェリーが言うならそうなんだろうな。
「なにより、魔法を覚える速度が異常ですよ。普通は何度も失敗を繰り返して魔法を覚える物なんですよ? それを見ただけでなんて……とにかくすごいことなんです! リンネさんはやっぱり才能があるんですよ!」
シェリーがなんでそこまで俺のことを慕ってくれて、才能があるって信じてくれているのかわからないけど……魔法に関しては確かに客観的に見ても才能が有りそうな感じだな。シェリーの言う通り、見ただけで模倣するのは訳ないくらいに……今の俺は魔法を自らの腕の様に自由自在に動かせる。
「
太陽が沈み始めたので指先から魔力を放って周囲の木々に貼り付け、それを光らせる。戦闘用の魔法ではないが、暗い迷宮探索の際にギルドメンバーが使っているのを何度も見てきたので、記憶を頼りに再現する。
「わぁ……私が見せてない魔法も使えるんですね! ふふふ……このままリンネさんに沢山の魔法を覚えさせて、どんどん自信をつけさせてあげますから!」
「君はどこ目線で俺のことを語ってるんだ? 親なのか?」
シェリーがよくわからないよ。
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