無能はいらないと言われてギルドを追放された俺、悔しさを糧に努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていたみたいです
斎藤 正
第1話 追放された
「おい無能、ギルドから追放だ」
「……え?」
いつも通りの日常を送っていたある日、俺は唐突にギルドマスターにそう言われた。俺が迷宮探索者になった時からずっと世話になっているギルドなのだが……常日頃からお前は無能だと罵られ続けてきた。時には肉体的に痛めつけられることもあったが……俺が無能であることには事実だったのは甘んじて受け入れていた。なにせ、このギルドを出て行けば俺は絶対に行き場所がないとわかっていたから。そう、思っていたのに。
「ま、待ってくださいアリウスさん! 俺、このギルドを追い出されたら他に生きていく場所なんて──」
「ごちゃごちゃうるせぇ! お前みたいな無能を今までおいてやったことを感謝して欲しいぐらいだ! それともなんだ? 俺たち『竜の息吹』に泥を塗る算段でもあったのか?」
「ち、ちがっ!?」
ギルドマスターであるアリウスさんの言葉を否定しようとした俺の頬に、鈍い痛みが走ると同時に身体が浮遊感に包まれた。木製のテーブルを破壊しながら壁に突っ込んでからようやく、俺は殴られたことを理解した。
「げほっ!?」
「今の拳も避けられないような雑魚が俺たち『竜の息吹』にはいらねぇ……昔からの馴染みだからちょっと甘く見てやったが、最近はうちも実力派のギルドって売ってんだわ。お前みたいな無能は消えろ!」
「がっ!?」
頬を殴られ、痛みに喘ぐことしかできなかった俺の腹にアリウスさん蹴りが刺さる。なんとか吐き気を堪えて床に倒れ伏した俺を見て、アリウスさん以外のギルドメンバーが嘲笑している。
いつからだろう……こんな風に馬鹿にされて笑われるのことが日常になったのは。そして……弱者として甚振られる日常を受け入れて、媚びへつらう様に笑うようになったのは。俺はもう、人間として終わっているのかもしれない。
「ちょっと待ってください!」
そのまま囲んでボコボコにされてから外に放り出されそうな空気の中、それを割って入ってきて俺を庇うように立つ白髪の少女に、アリウスさんが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「……シェリー、いたのか」
「いたのかってなんですか!? いなかったらなんだったんですか! 私がいなかったらリンネさんをこのまま殴り続けるつもりだったんですか!?」
「無能を庇うのはやめとけシェリー。お前の聖女って肩書きにはぴったりの行動かもしれないが、探索者といて無能を庇うのはお前の不利益にしかならないぞ」
「っ! 人間として……恥ずかしくはないんですか!? 人を甚振って、それを面白おかしく笑って!」
もういいんだ……そう思っているのに、頬と腹に残る激痛が俺の喉を動かしてくれない。惨めだ……年下の女の子に、こんな風に庇われている自分が物凄く惨めだ。いっそのこと、このまま死んでしまった方がマシかもしれないと思うくらいに、俺は惨めな気持ちを味わっていた。
勿論、俺を庇ってくれているシェリーに悪気はない。これは俺が勝手に感じている劣等感であって、間違ってもシェリーにこの気持ちをぶつけてはいけない。わかっているはずなのに……どうしても世界中の全てが俺を嗤っている気がして悔しくなってくる。
「……平行線だな。ま、これ以上その無能にかける時間が無駄だってのには同意だが。野郎ども、遊んでないで明日の支度しておけよ」
「ういーっす」
「なんだよ、今日はもう終わりか」
「今日は? 毎日、こんなことをしているんですか?」
「しぇ、りー」
「リンネさん? どうしてリンネさんが私の足を……」
なんとか身体を動かして、更に突っかかろうとするシェリーを止める。これ以上、俺を庇うような行動をすれば今度はシェリーがどんな目に遭うか……そんなことはさせてはならない。俺が殴られたり蹴られたりするのは、俺が無能だから仕方がないが……シェリーはそうじゃない。敬虔に神を信仰し、光の魔法で人を癒す力を持つ聖女シェリーは、こんなところで俺みたいな無能を庇って将来を閉ざしては駄目だ。
そんな俺の思いとは裏腹に、シェリーの空色の瞳は覚悟を決めたような鋭さをしていた。咄嗟に俺がそれを止めようとしたが、それよりも早くシェリーは懐から取り出した紙をアリウスさんに投げつけた。
「おい、なんだこりゃあ?」
「見てわかりませんか? 脱退届です」
「……つまらない冗談だな」
「冗談ではありません。前々から、このギルドの雰囲気は私には合わないと思っていましたから。ですが……今回のではっきりしました。私は、貴方たちが嫌いです!」
言ってしまった。
シェリーは、はっきりと自分の意見を突き付けながら俺の肩を持ち上げて立ち上がらせようとしてくる。こんなことで、シェリーみたいな将来有望な子がAランクのギルドを脱退するなんてありえない。
「無能に情でも湧いたのか? やめとけよ……無能はいつまで経っても無能だぜ?」
「えぇ、はっきりしました。クズはどこまで行ってもクズだと」
クズ、という言葉をシェリーが発した瞬間に、室内が一気にピリ付いた空気に変わる。ギルドを離れて欲しくないシェリーが相手だとしても、真正面からクズ呼ばわりされて黙っていられる訳はないだろう。何人かは武器に手をかけているし、シェリーもしっかりと杖を握りしめていた。
「……はっ。何処へでも好きに行けばいいさ」
「アリウス団長!? シェリーは──」
「信頼できねぇ人間に背中は任せられるかよ。こいつらはもう、俺達とは関係ねぇ」
アリウスさんの言う通りだ。ここまで揉めてしまった相手と背中を合わせて戦うことなんてできる訳がないだろう……だから俺は、シェリーになにもして欲しくなかったのに。
「今までお世話になりました。二度と、会いたくないです」
「こっちのセリフだ馬鹿が。今までお前の為にどれだけ金を使ったと思ってやがる」
その会話を最後に、シェリーは俺に肩を貸してそのままギルドを出た。
何故、シェリーは俺のことを庇うのだろうか。暴力を振るわれることに納得してはいけないと、そこは自分でも理解しているが……それはそれとして、自分が無能であることには変わりがない。
「そんな心配そうな顔をしないでください。あんなギルドに所属していなくても、生きていく方法なんていくらでもありますから!」
「……でも、探索者としての信用はガタ落ちだよ。俺みたいな無能を庇ったせいで」
「無能なんかじゃないですよ。覚えてないかもしれませんけど……リンネさんは私の命の恩人ですから!」
命の、恩人?
「私がまだ弱かった頃に、私のことを助けてくれたじゃないですか。あの時、リンネさんが助けてくれなかったら私は死んでましたよ?」
「……昔の話だろ?」
「でも、命を救ってくれたのは事実ですから。昔のリンネさんはもっと自信に溢れてましたよ?」
「根拠のない自身ほど、空虚なものはない……あれは若さだよ」
「今だって若いじゃないですか」
そういう意味じゃなくてね。
「それに……私はリンネさんが無能だなんて思ったことありません。リンネさんが私を助けてくれた時……確かに見たんです。貴方の中に渦巻いている力を」
「……死に際の幻覚だね」
「私がただの魔導士ならそうかもしれませんが、私は神の声を聞き、神の力を降ろす聖女ですよ? 確かに私は……貴方の中に神を見ました」
神、か……確かに、俺は彼女の言う神に出会ったことがある。だからなんだって話なんだが……シェリーは俺の中にその時の残滓を見ているのかもしれない。そんなもの、俺には残ってないと思っていたが。
「俺の中に神を見たって……なんか怪しい詐欺みたいだな」
「なっ!? 私が信仰しているのは秩序の女神様です! 国教です!」
「知ってるって……そんなムキにならないで」
俺の言葉にプンプンと頬を膨らませながらも、シェリーは蹴られた俺の腹に手を翳した。
「
優しい緑色の光が俺に注がれ、数秒もすると蹴られた痛みが消え、更に数秒の時間が経過すると青痣になっていたものが消えていく。神聖魔法の基礎でこれだけの力を発揮するのは、シェリーが優秀な魔導士だからだ。
「相変わらず、いい腕だね」
「ありがとうございます。でも、私の調子がいいのはリンネさんの近くにいる時だけですよ」
「お世辞にしても意味不明な言葉だね」
「お世辞じゃないですから」
じゃあなおさら意味不明な言葉だよ。
「神聖魔法の効果が高まるのは神聖な空気が充満している場所だけです。たとえば……大聖堂とか、聖墓ですとか」
「俺は大聖堂なのか?」
「わからないですけど……とにかく、私はリンネさんと一緒にいると調子がいいんです!」
うーん……強化アイテム。無能な俺でもシェリーの強化アイテムとして生きていけるならそれで……いや、無理だろ。
俺はギルドを追放され、シェリーは俺に追従するようにギルドを脱退してついてきた。ギルドから離れてしまったことはいいんだが……人間が生きていくには金が必要不可欠であることに変わりはない。
幸い、と言ってはなんだが、Aランクギルドに所属していたこともあって俺もそれなりに貯金があった。勿論、Aランクギルドの中でも最前線で活躍していたシェリーには遠く及ばないが。問題は……シェリーが俺と一緒にいようとすることだと思う。
「ギルドを脱退したってしっかりと探索者協会に報告しないといけないですよね。それから、パーティー申請を出してリンネさんと組んでいることの証明、後は……賃貸の契約ですかね?」
「……なぁ、本当に一緒にパーティー組むの? あんまり気乗りしないんだけど」
「組みます。そのまま放っておいたら、リンネさんは自殺とかしてそうですし」
そこまで弱い人間だと思われてる? まぁ……正直、現状から考えて自殺が選択肢に上がってくることは確かなんだけど……でも、俺は臆病者だから自分を殺すことだってできないさ。そんな勇気があったらもっと真面目に迷宮に突っ込んでると思う。
探索者として迷宮へ入るにはギルドに所属することが推奨されている。それが探索者を一括で管理する国の組織、探索者協会から出されている方針で、ギルドに所属せずに少人数で迷宮を探索するのはあまりいい顔をされない。
「うーん……パーティーを組んでも2人じゃまともに迷宮探索なんてできないですし、しばらくは王都の外でモンスターを狩って日銭を稼ぐ日々ですね」
「……やっぱりパーティー組むのやめようよ。そうすればシェリーはすぐにギルドに所属できるでしょ」
シェリーの実力ならばAランクギルド、なんならSランクギルドにだって所属できる可能性がある。俺みたいな落ちこぼれの無能とは違って、シェリーは偉大な魔導士なんだ……こんな所で俺に構っている暇があるのならば、もっと有能な人たちと組んだ方がいい。
「嫌です」
俺の言葉は、単純な否定の言葉だけで斬り捨てられた。
「はぁ……」
「リンネさんって武器は使えないんですよね?」
「センスないからね」
前世の記憶が足を引っ張っているのか、それとも単純に運動音痴なのか知らないが……俺はこの世界で武器と呼ばれるものが全く使えない。剣を持って振るっても紙も斬れないし、槍を持って突けばこちらが弾かれ、弓を持って矢を放てば的の手前の地面に突き刺さる。はっきり言って才能がないとしか言えない。
「じゃあ魔法を使うしかないですね。私と同じ、魔導士です!」
「魔法ねぇ……俺が魔法まともに使えないの知ってるだろ?」
確かに、武器と違って魔法は重さもないから楽だろう。しかし……こちらにも致命的な欠陥がある。それは……俺がそもそも魔法を明確にイメージすることができないのだ。
魔法とは自らの体内にある魔力を媒介としてあらゆる事象を引き起こす神秘の力。魔法にとって大事なのは内に秘められた魔力を扱う術を知ること、そして魔法によって起こる事象をしっかりとイメージすることなのだが……俺は変に考えすぎてしまってこのイメージがはっきりしない。
魔法が全く使えないって訳ではないのだが……どうも火力と消費魔力が釣り合わないことばかり。
「じゃあ基礎的な魔法から学んでいけばいいんですよ。何事も学び、そして反復して覚えることが大切ですから!」
「うーん」
確かに、武器を扱うのと違って魔法は学問だと言われるぐらいに知識と反復が大切であるとは言われている。凡人でも魔法を極めれば大賢者になれるとかなんとか……本当かどうかは知らないが、このまま追放された無能として腐っていてもシェリーに迷惑をかけるだけ。
やってみるしかないよな……腐るのは失敗した後でもいいからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます