第61話 神獣探索
「依頼、ですか」
「そうです。なにかお困りのこととか、ありませんか?」
「そうですねぇ……」
探索者協会を挟まずに直に交渉してみる。これが結構大変なことではあるが双方にメリットが存在する依頼の形態として、探索者たちの中でも多用しているものが多い。
まず、探索者協会を挟んで仕事をするメリットは主に2つ。1つは探索者協会という国の正式な組織が許可した依頼しか流れてこないので、危険な依頼だったり知らない間に犯罪の片棒を担がされていたみたいなことにはならないという安全面の部分。そしてもう1つのメリットは依頼を受けることが容易であると言うこと。直接交渉しなくてもいいので、探索者側は基本的に依頼だけに集中することができるので煩雑な手続きなんかに労力を割かなくてもいいと言うこと。
逆に、探索者協会を挟まずに個人間での依頼を行うメリットは大きなものが1つ。それは……探索者協会が持っていく仲介料が無くなるので、探索者協会で受ける依頼よりも基本的に高額な仕事が増えると言うこと。勿論、間に国を挟んでいないので知らない間に犯罪者になっていましたなんて笑えない話もあるが、今回の相手は女神に仕える神官なのでそこら辺の問題はない。
前世の価値観で言うと、宗教に傾倒している連中なんてのはどうも胡散臭い犯罪まがいのことばかりやっている金の亡者ってイメージしかないのだが、この世界の女神に仕える神官は基本的に善人しかなることができない。なにせ彼らは、基本的に女神から直接指名された人間だけなのだから。
「……1つだけ、あります」
「あるんですか!?」
「何故驚いているのかわかりませんが、ありますよ」
オーバには色々と言い訳をして神官の依頼を受けようって言ったけど、実際に悩みを持った神官なんて少ないと思っていた。しかし、目の前の優男のような神官にはしっかりとした悩みがあるらしい。
「正直に言うと、これは探索者の方々に頼むようなことではないですし、かと言って国に言うのもどうなのかという内容なのですが……聖女様と共に行動し、神の間で女神様の声を聞いた貴方にならば話せることなのです」
「なるほど。内容は?」
「遥か古代に、女神様がまだ地上に姿を現していた頃、1匹の怪我をした魔獣を保護したという逸話があります」
急にどうした。
「その魔獣は最初こそ女神様に対して牙を剥いていたようですが、神聖なる魔法で魔獣の怪我を治し、愛情を持って接しているうちにその魔獣は女神様に心を許し、次第に2人は心を通じ合わせていき……いつしか女神様を守る神獣となったと言われているのです」
「そう、ですか」
「その神獣は、女神様が地上から天へと戻られてからも、女神様が愛した人間を守る為に地上で魔の者の配下たちと戦い続けていたそうなのですが……その行方は不明なのです」
「普通に寿命が尽きたとかではなくて?」
俺の単純な疑問に対して、神官の男は目を閉じてから首を横に振った。
「神獣となったその者には女神様が生きている限り、その命が尽きないと言う盟約の力が働いていると言われています。そして……その神獣は長い年月を生きたことで人間の言葉を覚えて人々に愛されていたと。そんな神獣がいきなり姿を消すなんてことがあり得るのでしょうか?」
うーん……その話がもし全て本当なのだとしたら、あり得ないと断言できるだろう。悠久の時を生きながらそれでも女神が愛した地上を、人間を守って戦い続けてきた神獣が死なぬ身体を持っているその生物が、全てを投げ出して何処かに消えるとは到底考えられない。
「それで、依頼とは?」
「……数週間前に、南の海を越えた離島で悪魔のように厳つく巨大なモンスターと戦っている白き獅子のようなモンスターを見た、と言う噂が他国の商人から齎されました。そして、こちらで文献を漁った所……その神獣について『白き
「もしかしたら、その離島の白き獅子がいなくなった神獣かもしれない、と?」
「はい」
そりゃあ……普通の探索者にはお願いできないことだろうな。なにせこれは女神に仕える人間が知りたがっているだけのことだし、なにより大陸から離れて離島まで行って確かめてきてくれなんて話、殆どの人間が受けないだろ。なにより、恐らくだが探索者協会に持ち込んでも、真偽不明な噂の為だけに優秀な探索者を送り込むことはできないと突っぱねられていたと思う。
「もし、それが本当に神獣だとしたら、どうするんですか?」
「そうですね……私は、労わってあげたいと思います」
「労わる? 女神について聞く、とかではなく?」
「はい。神獣は何百年、何千年と魔の者と戦い続けているのだとしたら……我々は彼の庇護下で何も知らずにぬくぬくと生きていた訳でしょう? だから……今まで人類を守ってくれてありがとうと、まずは言ってあげたいのです」
「そう、ですか……」
これは……決まりだな。
「受けましょう」
「よろしいのですか? 神官の身ですので、貴方のような立派な探索者に払えるだけの金など持っていませんが」
「問題ありません。ただ……俺が受けたいと思っただけですので」
彼の思いを聞いたら断るなんて選択肢は頭から消え去っていた。知名度とかそんなことに関係なく、神獣探索は請け負ってやろうじゃないか。勿論、これに関しては俺のエゴだから『紅蓮獅子』のメンバーに手伝ってと言うつもりはない。シェリーには声をかけるつもりだが……他のメンバーもあまり付き合わせなくてもいいような依頼だ。
「ん? 神官なのに金を持っていないんですか?」
「はい? 逆に神官は金を持っているものなのですか?」
「そういう、イメージだったんですけど」
宗教家って金持ってるもんじゃないの?
「確かに、ある程度のお金は活動費として毎月貰っていますが、その殆どは寄付してしまっていますし……お恥ずかしながら配偶者もいないものですから」
「……必要最低限で、生きてるんですね」
「はい……あ、両親への仕送りはしていますよ」
「そうですか」
なにその世捨て人みたいな生活は……知名度を上げてあわよくば金を稼ごうとしている俺が急に意地汚い人間に見えて来たわ。
うん……マジもんの聖職者と人間性を比べて勝てる訳なかったな。
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