第57話 醜い
「実力は、わかった……これで同盟を結ぶことに反対する奴なんている訳がないだろう。決闘はこれで──」
「冗談じゃない。アタシはまだ戦ってもないんだよ? 決闘なんて名前を付けたからには決着がつくまでやるのが礼儀ってもんだよな!」
「おい!」
オーバは俺の
暴走し始めたオリーブを止めようとオーバが出てこようとしたので、俺はそれを手だけで制止してこちらに全速力で向かってくるオリーブに視線を向けた。
「さぁ! もっと面白いものを見せてくれ!」
「
再現したのはセレス姫が扱う暗黒魔法。この場にセレス姫がいたらきっと面倒なぐらい反応しただろうけど、ここにはいないので思い切り使ってやろう。
本来ならば、その身体の内側に呪いを抱えていなければ発動することができない暗黒魔法だが、俺はそれを魔力によってなんとか再現していた。威力、精度共に本家であるセレス姫には劣るものの、見た目は完全に再現されている暗黒魔法。ただし、元が強すぎるだけで今の状態でも充分すぎる程に強い。
真正面から突っ込んできたオリーブが反応できない速度で放った暗黒の壁は、邪魔者を排除するようにそのまま前方へと滑っていき、オリーブを押し流していった。
「なんだいこの魔法は……面白いことをする奴だね!」
「元気だなぁ……なら」
何処までやるか少し決めあぐねていたのだが、ここまでタフな相手なら多少の怪我をさせてでも威力を強めてやったほうが喜ぶだろう。
暗黒の壁を越えて背中を向けた瞬間に、俺は新たな魔法を発動する。
「
「いっつ!?」
暗黒の壁のことをただの壁だと思っていたのか、それに背中を向けた瞬間にそれを爆ぜさせることで周囲に影の欠片を突き刺す。オリーブの身体にも数個ほど刺さったようで、さっきまでの余裕のある表情ではなく、痛みを堪える苦悶の表情に変わっていた。
それでもなお、足を止めることなくこちらに向かって走ってくる精神力は素晴らしいと思う。しかし、俺みたいな魔法を主体に戦う人間は近寄られると面倒なことになるのでなんとしてもそれは避けておきたい。
「
「鎖っ!? こんなものっ!」
「
「がっ!?」
「
連続で多様な魔法を発動することで、闇の鎖で動きを止めてから雷で身体を麻痺させて完全に硬直させ、そこに衝撃波を叩きこむことで数メートル以上吹き飛ばす。全て殺さないように手加減はしているが、本気で戦う時と大差ない魔法のラインナップだ。俺の強みはこの圧倒的な手札の多さ……しかも、他人の魔法を見れば見るほどに手札は増えていく。自分の強みをしっかりと活かす為に、普段からどの魔法を組み合わせれば強いのかを考えている。
「何者だ?」
「何者って……これから同盟を結ぶ相手だよ」
「そんなことを聞いているんじゃない! これほどの強さを持った探索者が噂にならない訳がない……絶対に元々は何処かに所属していた探索者のはずだ。お前はとんでもないのに目をつけられているぞ……正直、変なことに巻き込まれることを考えると同盟を断ってもいいかもしれないと思うくらいには、な」
「なっ!? リンネは俺たちと同盟を結んだってそんなことをする人間じゃねぇ! そこは絶対に俺が責任を取る! あいつは……あいつは相手が地竜であることを知りながらも俺たちの命を助けてくれた恩人なんだぞ!」
「わかっている。だからこそ、断り辛いと言っているんだ」
「断る必要なんてないから問題なし!」
「はぁ……」
少し遠くて、ギルドマスターとその右腕が言い合っているのが聞こえてきた。オーバが俺の力に対して危機感を覚えるのは当然のことだろう。力を持つというのはいいことばかりではなく、面倒ごとを引き寄せることになるからだ。今の俺は無能扱いされてギルドの隅で蹲っていた存在ではない。未だにあの時の感覚のまま喋りそうになってしまうが、今となっては俺も実力者の仲間入りをしているのだからしっかりとそこを自覚して行動しなければならない。
オーバ的にはギルドの仲間たちを危険に巻き込みたくないから、俺たちを抱えることへのリスクを考えているのだろうが、そこは後から俺が説得するから問題ない。要は、多少のリスクを抱え込んでもそれ以上に余りあるメリットをこちらから提示すれば問題ないのだ。たとえば……セレス姫という一国の姫が後ろ盾についていること、とかな。
ちらりとオリーブの方に視線を向けると、そこには不気味なくらい好戦的な笑みを浮かべている幽鬼が立っていた。ふらふらとしながらも、全く気力が衰えていない……いや、むしろさっきよりも迫力が増している。なるほど……これがこのギルドの主力か。中々にタフで面白い性質を持った人間がいるものだと、少し感心してしまった。
「ふふ……いいぞ。さぁ、ここから──」
「馬鹿が……もう終わりだ! これ以上やったところでなんのメリットにもならない!」
「ふざけるな! これはアタシとあいつの決闘だ! 邪魔するなら──」
「あの、普通に決闘するの嫌なんだそろそろやめませんかね」
オーバが終わりって言ってるってことは、既にもう俺の評価は固まったってことだ。これ以上続けてもいいことなんてないだろうし、俺はさっさと終わらせたい。しかし、この俺の発言に対して真っ先に反応したのは……オリーブだった。
「は?」
雰囲気が変わった。さっきまでの闘士を滾らせていた姿から、明らかに殺気をこちらに向けている。まるで、決闘を断ったことそのものに怒っているかのようだ。
「ふざけんなよ……こんな力を持っていながら神聖な決闘を踏みにじるなんて、許さないからな」
「悪いけど、俺が信じている神聖なものは女神様だけなんだ。決闘なんて、野蛮人のするあほらしい話に巻き込まないでくれ」
戦いは美しいものなんかじゃない……醜いものなんだよ。
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