第24話 逃走劇

「……返答無しか?」

「流石にもうちょっと待ってくれないかな」

「悪いな。こちらもで殺気立っているものでね……あまり長く待てるほどの余裕はないぞ」


 例の件とか言われてもエルフの事情なんて全く知らないんだから、俺たちに八つ当たりしないでもらえると嬉しいんだけどな。とは言え、俺たちの目的は精霊樹の枝葉……つまりエルフたちの秘宝を盗もうって話だ。普通に話したら速攻で矢が飛んできて殺されるだろうし、かと言って話し合いで貰えるようなものでもないだろう。


「……どうする、シェリー」

「あんまりやりたくないですけど……強行突破しかないと思います」

「そうしたら精霊樹に辿り着くまでひたすらエルフと戦い続けることにならない?」

「エルフの数はそれほど多くない筈ですから……なんとかなるかもしれませんよ?」


 希望的観測だな。しかし……この状況は普通に詰みだ。まともに戦わずにこのまま進むことなんて絶対にできないし、かと言ってこのまま帰ったら金も得られないし信用だって失ってしまう……探索者にとって信用を失うことは痛いことだから、避けたいところだ。


「話し合いは終わったか? 返答を聞こう」

「精霊樹が──」

「──殺せ」


 せめてちょっとでも言い訳をしようと思っていたが、精霊樹の名前を出した瞬間に周囲から一斉に矢が飛んできた。


疑似・火炎竜巻ブレイズストーム

「なっ!?」


 冷静に、魔法を起動して飛んできた矢の対処をする。

 火炎竜巻ブレイズストームはその名の通り、燃え盛る竜巻を発生させる魔法。今回は自分を中心に周囲にだけ竜巻を発生させることで飛んでくる矢の全てを燃やした。しかし、ここは森の中なので矢を燃やしたら速攻で火炎竜巻ブレイズストームを止めて、シェリーと共に森の奥に向かって勢いよく走り出す。


「奴ら、聖域の場所を知っているのか!? 追えっ! 絶対に聖域に近づけるな!」


 嗅覚追跡サーチセンスで覚えておいた道を走り出したら、エルフの1人が聖域に向かっていることに気が付いて焦り始めたので、どうやら本当にこっちが聖域で合っているらしい。俺はてっきり、森の中にあるエルフの集落にでも辿り着くのかと思っていたんだが……聖域に向かっているのなら好都合だ。

 結構な速度で走っている俺たちを追いかけて来るエルフは、流石にこの森の地形に慣れているからなのか、はたまた別の理由があるのか知らないが……全員が弓矢を構えながら俺たちに追いつけるほどの速度を維持していた。

 背後から再び放たれた矢に対して俺が魔法を起動しようとしたが、それを制してシェリーが魔法を発動する。


「ここは私が。神の射手ホーリーアロー


 飛んでくる矢にシェリーは魔力の矢で対抗する。神の射手ホーリーアローによって放たれた光の矢は、エルフが放った矢を粉砕しながらそのまま森の木々に穴を空けるような威力を見せる。真正面から矢と矢がぶつかって、片方が呆気なく粉砕されるのを見るとちょっと威力にびっくりしちゃうな。まぁ、それだけ神聖魔法が強力ってことなのかもしれないが……やっぱりシェリーが優秀な魔導士だってのもあるだろう。


「くっ!? 前の連中とは違う……こいつら、強いぞ!」

「今度は少数精鋭で来たということだ。絶対に通すな!」

「今度は?」


 俺たち以外にも、精霊樹を狙って森に入った人間がいるってことか? じゃあ最初にエルフが言っていた例の件ってのは、人間がちょっと前にも入ってきてピリピリしてるってことか? だから俺たちを捕捉するのが早かったのか。

 言い方的に、前に入ってきた連中は大勢でやってきて……そんでもって普通にエルフたちによって殺されたっぽいな。全滅ってことはないんじゃないか……と思ったが、迷宮ラビリンスの魔法があるのだから1人ずつ削って殺すことはできるか。

 ちらりと背後を走るシェリーに視線を向けると、視線の意図を理解してくれなかったのかきょとんとした顔で首を傾げられてしまったので、足を止めてシェリーを抱きしめるようにして腕の中に閉じ込めてから魔法を発動する。


疑似・透明化インビジブル

「消えっ!?」

「どういうことだ……消えた、ぞ?」


 空間を引っ張るようにして俺とシェリーの姿を消す。この魔法は周囲の景色と同化する魔法ではなく、どちらかと言えば普通に透明化しているだけである。目を凝らせば見えなくもないぐらいの誤差を景色に生み出してしまうが……この鬱蒼とした森ではそれも見つけにくいだろうし、このままゆっくりと進もう。


「あわわ……り、リンネさんに抱きしめられちゃった」

「あんまり大きな声を出さないでくれよ?」


 あくまでも透明化しているだけでそれ以外の音とかが消える訳ではないんだから。足音に注意しながら俺はゆっくりと歩き出す。シェリーは抱きしめたままだが、これは本来透明化インビジブルが1人にしか使えない魔法なのに、抱きしめることで無理やり2人で使っているからだ。この状態だと俺たちも走ることができないんだけど……透明化しているからなんとか逃げきれないかと思って。


「落ち着け。多彩な魔法を使える敵と言うことは、身を隠すような魔法を持っているということだ。奴らは姿を消しているだけで、まだこの近くにいるはずだ」

「し、しかし……消えてから走って何処かに移動していたら、もう見つけることは困難では?」

「落ち着けと言ったはずだ。姿を消すことができるなら何故最初からそうしない? 恐らくはなにかしらのデメリットがあるからだ。たとえば……音は消せないとか、な」


 おいおい……あのリーダーみたいな奴は頭がキレるな。


「姿を消すだけの魔法だとしたら、音や痕跡は消すことができない。足跡も当然残るだろうし、匂いだって残っているだろう。本当に全てを消せるのだとしたら、そもそも姿を見せて森の中に入ってくる意味がない」


 面倒なことになってきたな。あのリーダーは明らかにこちらのことを的確に分析してきている……このままゆっくりと進んでいるだけだといずれ見つかるかもしれない。ここは一か八か、賭けにでるしかないか?


「加えて、奴らは何故か迷いなく聖域の方へと進んでいた。恐らくは……何かしらの目印があるのだろう。つまり……ここから聖域への道中に奴らはいる」


 シェリーに視線を向けると、今度は勢いよく頷いてくれた。


神の裁きホーリージャッジメント!」

「っ!?」

「ま、眩しいっ!?」


 リーダーの女がこちらの向かって弓を向けてくるのと同時に、シェリーが神の裁きホーリージャッジメントを放つ。天から降り注ぐ眩い光が森の木々を貫通してその場を照らし出す。


疑似・闇の誘いダークコーリング


 エルフたちの動きが止まったことを確認してから、俺は闇の誘いダークコーリングで鎖を出現させてエルフたちの全身を拘束していく。

 これで俺たちを追いかける敵はいなくなったな。

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