第25話 メレーナ

 シェリーの神の裁きホーリージャッジメントは邪なる者だけを焼き尽くす究極の神聖なる光。特に魔の者に対して与している訳ではないエルフたちにはただの眩しくて強い光にしか感じない。しかし、その光による目くらましが目的だったので効いていないことは問題ではなかった。突発的に強い光を見せられて視界がぼやけない生物なんていない。そうして視界が制限された状態では必ず動きが止まると思っていたので、その状態を利用して俺は闇の誘いダークコーリングで攻撃するのではなく全身を縛り付けるようにして動きを止めたのだ。

 そのまま動けなくなったエルフたちを置き去りにして、俺とシェリーは全力で森を駆け抜けていた。一直線に目指すには森に存在している聖域……そこにあるって話の精霊樹だ。


「……ちょっと悪いことしましたね」

「ちょっとかな……正直、今回の俺たちの件でエルフと人間が本格的に敵対してもおかしくない訳だし、ちょっとじゃない気がする」


 エルフたちにとって逆鱗に触れるようなことをしている自覚はある。いくら依頼のためとはいえ、エルフたちが大切にしている聖域に足を踏み入れて精霊樹の枝葉を盗もうなんて馬鹿みたいなことをすれば、人間とエルフの友好関係なんて絶望的だと。まぁ、元々物好きなエルフ以外は人間のことを毛嫌いしてまともに関係なんて築いていないじゃんって言われたらその通りなんだけども。

 シェリーもその自覚があるのか、エルフたちを置き去りにして走り出してから露骨に口数が減った。神に仕える人間として、大聖堂を踏み荒らされるようなことをしているようなものなので俺以上に罪悪感があるんだろうけど。


 しばらく無言のまま鬱蒼とした森の中を走っていると、突然雰囲気が変わった感覚がした。景色にさしたる変化はないが……どうにも落ち着かない気分になるような、それこそ大聖堂に入った時のような荘厳な気配を、ただの森から感じる。エルフたちがこの森を聖域と呼ぶのもわかるぐらい、明らかに何かがあるのを感じさせる。

 シェリーもその気配を感じ取っているのか、緊張した面持ちで足を止めていた。大聖堂に女神が声を届かせることができるように、この場所にもそれ相応の力を持った存在が声を届かせることができるのかもしれない。あるいは……力を持った存在がそのまま居座っているか。俺が森に入った瞬間に聞いた声のような物は、絶対にここから発せられていたはずだろう……と言うか、ここ以外にそんな場所がこの森にあるとは思えない。


「……すごい今更なんだけど、精霊樹の枝葉なんて回収して何に使うんだ? コレクション?」

「高濃度の魔力を帯びている精霊樹の枝葉は、磨り潰すことで万能薬にすることができると聞いたことがあります。依頼者の身内の人間か、あるいは依頼者本人が難病にでも患ってしまったのではないでしょうか」

「万能薬……本当にそんなものが?」

「勿論、万病に効く薬なんて存在しません。ただ……精霊樹の枝葉が持つ高濃度の魔力は、人間の体内にある魔力を活性化させて体調を良くする効果はあるというのは本当です」


 自己免疫能力を上げて病気を治すようなもんか。治療法が確立されていない病気を治すにはそれぐらいしかないってことになるのか……そうすると金儲けの為でもないし、なんとなく複雑な気分になってくるな。

 立ち止まっていてもなにも始まらないのでとりあえず神域を歩き始める。森の風景は変わっていないので特に警戒することはないと思っていたのだが……数分間歩いていると、森が急に開けて広場のような場所に出た。


「建物、か?」

「……これは大聖堂と、同じ造りです」


 森の中に急に現れた崩壊した建造物の跡を見て、俺は呆気に取られていたのだが、シェリーはそれ以上の衝撃を受けていた。そこにある素材と建物の造りからそれが王都フェラドゥにある大聖堂のものと同じことに気が付いたらしい。

 女神を信仰する為に作られた建物である大聖堂と同じってことは、この場所も元は人間が作った建物ってことになるのか?


「進んでみましょう。確かめたいことが沢山できてしまいました」

「そうだな……わかった」


 女神に関係している建物ならば、俺だって無関係ではない。世界を救ってくれと頼まれ、封印されている女神を解放するためには各地を巡る必要があるからだ。もしかしたら……ここにそのヒントがあるかもしれない。


「止まれ」

「……まだ警告してくるなんて、侵入者に対してちょっと優しすぎるんじゃないか?」

「お前たちの意見は聞いていない」


 精霊樹を求めて歩き出そうとした俺とシェリーの背後から、声が聞こえた。ゆっくりと振り向くとそこには外套を脱ぎ捨てたらしく、民族衣装のようなものを着た金髪緑眼のエルフが立っていた。


「1人か?」

「他の者はお前の魔法から抜け出せていない」

「へー……ん? じゃあ逆に、アンタは簡単に抜け出せたってことじゃ──」

「ここはエルフにとって神聖なる場所……入り込む人間を許せるほど、今のエルフには余裕がない」


 余裕が、ない?


「全力で行かせてもらう……もう、容赦はないぞ」


 手に持っている弓を構えながら容赦しないと言っている姿を見ても特に何も感じていなかったが、次の瞬間には感じたことのないぞわりとした感覚が肌を撫でた。


風の精霊シルフ


 見たこともない魔法を発動させたエルフに、俺とシェリーは思い切り警戒して距離を取ったが、魔法によって生まれたのは小さな風だけ。そよ風のような小さな風を生み出しただけで、特に脅威になる要素はないはずなのに……本能が警鐘を鳴らし続けている。

 しばらく黙って見つめ合っていると、ポンという音と共に風の中から緑色の小さな妖精のようなものが現れた。


「頼む」

『ハイハーイ』


 妖精に対してなにかを呟いた瞬間に、俺とシェリーの肌を撫でていたそよ風は段々と強くなっていき……吹き荒れる暴風へと変わっていた。


「これが、エルフの精霊魔法」

「なにそれ」

「エルフが共生する精霊と契約することで発動することができる特殊な魔法です。人間には再現不可能な神の如き奇跡を起こすことができると……それしか知りません」


 確かに……だ。精霊魔法……そういうものもあるのか。


「私の名前はメレーナ・プリム」

「……なんで名乗ったの?」

「これから死んでいくお前たちに名乗ってやるのが礼儀だと思ってな。誰に殺されたか、しっかりと覚えて逝け」


 あー……武人みたいな?

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