第23話 エルフ

 王都フェラドゥから西に向かうと以前行った山脈とレスターがあるのだが、南に行くと広大な森に辿り着く。神域の森とか、迷いの森とか色々な名前で呼ばれている場所だが、基本的に奥地まで入って戻ってくることは難しい場所って扱いになっている。そんな森の奥地に存在する聖域と呼ばれる場所に、精霊樹は生えているらしい。


「聖域は基本的に選ばれた人間しか立ち入ることができず、エルフですら無暗に足を踏み入れることができない場所なんだそうです」

「……エルフも近づけないのに、神聖な樹なんだって守ってるのか?」

「人間だって禁足地とか作って祀るじゃないですか」


 あぁ……そういうこと?

 つまり、エルフにとっては足を踏み入れることができない場所に人間を通す訳がないだろうと。そうすると、俺たちは滅茶苦茶盗人みたいなことをしなきゃいけない訳だけど……探索者としてはいいのか? いや、人間とエルフの将来的な友好関係的にも駄目な気がするけど……そこら辺は俺達が考えることじゃないのか?


「行きましょうか」


 森の入り口で色々と話し込んでいたんだが、元迷宮探索者であるシェリーに迷いはないらしい。俺としてはこんな鬱蒼とした森に突っ込んでいく方が怖いんだけど……なんでシェリーはあんな漢気溢れる背中で俺を導いてくれるのだろうか。普通立場が逆じゃないかなーって思うけど……まぁ、経験の差か。


『────ぉ──』

「……え?」


 シェリーを追いかけて森の足を踏み入れた瞬間、耳元で声がした。慌てて振り返るが、そこにはなにもいないし……鬱蒼とした森の出口が存在しているだけだ。


「どうしました? もしかしてモンスターですか?」

「いや……声が、した気がして」

「声、ですか? こんな所に言葉を喋るような生物はいないと思いますけど……幻聴、ではないんですよね?」


 いや、俺の恐怖心が作り出した幻聴って可能性もあるし、もしかしたらそよ風が人の声に聞こえただけかもしれない。心霊スポットみたいなのでも結局は勘違いでしたみたいな感じが多いから……あれみたいなものかな。


「森に住んでいる何かの声が届いたのかもしれませんよ」

「どうして、そう思う?」

「何言ってるんですか……私たちは神の声を聞いたことがあるじゃないですか?」

「まぁ、そうなんだけども」


 確かに、大聖堂で神の声を聞いたって言う方がどっちかと言うと馬鹿みたいな話だと思うので、森の声ぐらい聞こえるかもしれないな。


「それで、なんて言ってたんですか?」

「いや、よくわかんない」

「早く行きましょうか」

「呆れないで!」


 そりゃあ俺だってここまで引っ張っておいて何を言っていたのかわからないって馬鹿みたいな話だと思うけども! 聞いてきたのはシェリーじゃん!



 森の中を進んでいても先ほどの声は聞こえてこない。もしかしたら俺の幻聴なんじゃないかって説が濃厚になってきたのだが……シェリーは何も気にせずに進んでいるので、俺も気にしないことにした。ファンタジー世界で急に声が聞こえてくるなんていつものことなのだろうと受け入れよう。

 聖域なんて名前の付けられる場所はどんな雰囲気なのだろうか。森の中を歩きながら俺は色々とゲームやアニメを想像して、雰囲気を頭の中で勝手に妄想しているのだが……あんまり思いつかない。ピンとこないと言うか……なんとなくそういう神聖な雰囲気の場所って足を踏み入れることが少ないから具体的にどんな雰囲気ってのが掴めないんだよな。勿論、少し前に入った大聖堂と似たような雰囲気なのかって想像はできなくもないが……人が作り出した神聖な建物と、聖域と呼ばれる自然の森は別物だろう。


「……あれ?」

「どうした?」

「迷った、かもしれません」

「嘘だろ」


 ずんずんと進んでいたシェリーが急に立ち止まったので、気になって質問してみたら迷ったと言い始めた。今まで真っ直ぐ進んでいただけなんだから迷うもクソもないと思うんだが……そもそもシェリーは何を目印に進んでいたのだろうか。

 シェリーに近づいてこれからどうするのか聞こうとした瞬間に、魔法が発動した気配を感じ取って俺は周囲に視線を向けた。シェリーは特に気が付いていない様子だが……俺の目には魔法が写っていた。


「……なるほどな」

「なにがなるほどなんですか? 私が迷子になるのが当たり前ってことですか?」

「まぁ、ある意味当たり前かもな……面白い魔法だ」

「魔法?」


 俺の目に魔法が写ったということは、それを一瞬で解析して俺が模倣することができるということ。俺が見た魔法の効果は……他人の平衡感覚を狂わせる魔法と道を組み替える魔法。気づかなければ、一生彷徨っていただろう。


疑似・迷宮ラビリンス

「っ!?」


 組み替えられた道を元に戻す。ガコン、という音と共に景色が動いていくのを見て、シェリーは目を見開いている。俺たちは、いつの間にかブロックごとに区切られた不思議な森に閉じ込められていた訳だ。そして、そのブロックを移動させて迷宮を生み出している奴がいる。当然……森の中に近づいて欲しくないのは、エルフしかいない。

 迷宮ラビリンスを模倣されたことを警戒しているのか、周囲でこちらを見張っていた気配が消えた。同時に、俺たちの平衡感覚を狂わせていた魔法も解除され……真っ直ぐ歩いていたつもりがぐるぐると回っていたことにようやく気が付く。


「どうしましょう……これだけ迷わされると、目的が何処かも……」

嗅覚追跡サーチセンス


 嗅覚を視覚に投影する追跡魔法。発動と同時に大量の色がついた煙が目の前に浮かび上がってくるが……その中に幾つか存在する、迷いなく奥へと向かって行く匂いに狙いを絞って歩き出す。

 俺が追跡魔法を発動したことを確認したシェリーは、黙って背後をついてきてくれた。恐らく……俺が追跡しているのは森の中に住んでいるエルフだろう。 エルフなら……間違いなく聖域と呼ばれる場所がどこにあるのかもしっかりと把握しているはずだ。


「そこまでだっ!」

「おっと」


 匂いを追跡してそのまま走り出そうとした俺の足元に、幾つかの矢が飛んできた。シェリーがすぐさま魔法の準備をしたので、それを手で制してから声をかけてきた人物に目を向ける。

 森の中で保護色となる深緑色の外套に身を包んだ人影が、こちらに向かって弓を向けていた。外套からちらりと見え隠れする青色の瞳はこちらを睨みつけていた。


「……周囲にまだいます」

「わかってる」


 声をかけて弓を向けてきたのは1人だが、周囲には他にも隠れているようだ。俺たちが怪しい動きをしたらすぐにでも攻撃できるように、エルフたちは準備しているようだが……さて、どうするか。


「この森に何の用か、喋ってもらうぞ。返答次第では……すぐに殺す」


 うーん……精霊樹が欲しいですなんて言ったら即座に殺されそうだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る