第103話 人間の限界
『ほぉ? 器用に避けるものだな……弱者の戦いには時折感心させられるものがある。やはり貴様のような自らが弱者だと理解しながらも戦う人間が面白い……潰してしまわないように戦うのが面倒だが、な』
真正面から飛んできた斬撃には逆らわずに最小限の動きで避けた。派手に動けば魔の者が追撃をしてきた時に対応できないと思ったし、あんな規模の攻撃を受け止めることなど俺には不可能だったので、俺にとっては当然の選択肢だったのだが……どうやらお気に召したらしい。
うむ……こうして戦っていると、確かに魔の者は世界を滅ぼすことができるだけの力を持っているのだろう。それは理解できるのだが……今の所、人を使って遊んでいるだけで特に害悪になりそうな感じではない。いや、善悪の区別が存在していないのだから、それだけで人間にとっては途方もない災害になるかもしれないことはわかるのだが……どうにも世界を滅ぼしてやるなんて感じの存在には見えない。
ちらりと女神の方へと視線を向けてみるが、当然ながら俺に対して反応している暇などないと言わんばかりに魔の者へと向かって魔法を放っていた。
「……なぁ、封印が解けたらお前は何をするんだ?」
『ん? あぁ……我が世界を滅ぼす邪悪ではないから困惑しているのか? そのような小さなことで悩むとは、人間とはなんとも小さく不便な生物だな』
ほっとけ。
『しかしなぁ……我は混沌を司る者であるが故に、安定した世界には生きることなどできない。この次元もそうだ……不定期に世界が歪み、この次元に住み着いている物の怪共が食い合いを始めたりもする。我にとってはこの混沌こそが平和の象徴……秩序とは名ばかりの停滞した世界など我にとっては退屈で仕方がないのだ』
「ならこの世界にずっといればいいだろ」
『それがそうもいかん。我も、そこの女神も……一つの世界だけの神ではないからな』
うぅん……よくわからないけど、アイデンティティが崩壊する、みたいな?
人間にとって傍迷惑なことこの上ないんだけども、魔の者にもそれなりの理由があると考えてもいいのだろうか。勿論、人間が明日を生きることができるかできないかの瀬戸際であるのに対して、彼が言っていることは明日は早起きしようか遅くまで寝ていようか程度の温度差はあるだろうが、それでも彼なりに考えがあってやっていると思った方がいいのだろう。
一概に、俺の価値観で全ての考えを否定してしまうのは違う気がする。勿論、人間の生死に比べれば酷くどうでもいいことで魔の者は世界を混沌に巻き込もうとしているが、それが魔の者にとっての普通なのであれば、ある程度は考慮してやらなければならない問題なのかもしれない。元々、あの世界で生まれた人間ではないから言えることなのかもしれないけどな。
『さて、話はこれまでだ……どれだけ会話を重ねようとも人間と神が理解し合うことなど不可能。我に世界を破壊されたくなければ満足するまで踊り続けてみろ』
「満足するまで踊れば、お前は世界への侵略をやめるのか?」
『貴様……余程我と戦いたくないらしいな。我の圧倒的な力には勝てないとわかっているからか? それとも単純にあの世界の人間ではないが故にどうでもいいと思っているのか? それとも……よもや我という存在そのものに同情しているのではあるまいな?』
「まさか……お前に同情なんてする訳ないだろ」
確かに思う所が無い訳でもないが、所詮は他人のこと……しかも種族すらも違う存在のことなのだから俺からすれば「関係ない」の一言で済むことだ。
俺の言葉に満足したのか、少し呆けたような表情を見せてから笑いながら俺に向かって魔力の弾丸を放ってきた。
『それでいい! お前のような奴は好ましい! 女神が異世界から連れて来た人間でなかったら、我の眷属にしていたところだぞ!』
「お断りだ」
助けを求められてなくても俺は女神と会話を重ねることで彼女の眷属になるかもしれないが、魔の者とはいくら対話しても眷属になんてなってなかっただろう。そもそも考え方が違うし、生きている世界が違う……俺は何処まで行っても人間だから、混沌の世界では生きていけないのだ。
地面が割れて噴出してきた炎を避け、上から飛んできた魔力の弾丸を避け、何処からともなく迫ってきた触手を切り裂き、背後まで迫ってきていたシェリーと前後を入れ替えてシェリーを守るように周囲から飛んできた魔力の弾丸を弾き落とす。
「
『ふん』
どうやら、シェリーにはあまり興味がないらしい。
頭上から降ってきた光の杭なんて視線を向けることすらなく、右手から波動を放ってシェリーを攻撃してきたが、俺が庇うより先にデザスターが間に入った。
『やれっ!』
「はい!」
「
神聖魔法の弾丸を連続で放って魔の者の周囲に展開されているバリアを破壊できないかと思ったのだが……どうも強固過ぎてまともに突破できる気がしない。
「私の力を使って……そうすれば破壊できるはずだから」
「……わかった」
いつ、俺の傍にやってきたんだと聞きたかったんだが……そこはなんとか飲み込んで、女神の言葉を信用することにした。女神の力を使う……それは俺の身体の内側に残っている女神の力ってことだと思う。
女神が俺の身体を使って勝手に魔法を使用していた感覚を思い出しながら、再び
先ほど、俺が疑似再現したものとは比べ物にならない威力の光の矢が無数に放たれ、魔の者のバリアへと突き刺さる。
『ん?』
「
『くらえっ!』
女神のように破壊することまではできなかったが、空間にヒビが入ったことからバリアを破壊しかけることはできたらしい。そこにデザスターのレーザーが当たって完全に砕け散り、シェリーの
『……くだらん。人間がどこまで努力しても所詮は人間だ』
しかし、シェリー渾身の一撃も右手を振るうだけで闇の中へと消えていった。その光景を見て呆然としているシェリーに向かって、巨大な斬撃が襲い掛かったが……同時に魔の者の左手が吹き飛んだ。
『なっ!? 貴様っ!? あの者を利用したなっ! 女神の力を使わせ、その陰に潜んでいたなっ!』
「そこまでわかっているならさっさとくたばれ!」
女神の一撃が、魔の者の胸を貫いた。
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