第102話 気に入られた

 いかにも魔王って感じの見た目と尊大な態度……こいつが女神によって力と名前を奪われて封印された魔の者とやらで間違いないだろう。しかし……椅子に座ったまま鎖に縛られているはずなのに、アクティブに動きすぎだろ。いや、その場から動いてはいないのでアクティブではないか……ただ、こちらに向かって魔法で攻撃を仕掛けたり、どんな魔法なのか理解もできないがこちらの場所を入れ替えて移動させられたりしている。これで本当に封印されているのだろうか。ちょっとでも動くたびに鎖がジャラジャラと音を鳴らしているので疑う余地はないと思うが、それでもなんとなく疑ってしまう……これが存在の違いってやつか。


『頑張るではないか。ほら、もっと踊ってみろ』


 魔の者にとって、俺は目の前で踊っている道化師程度の扱いらしい。まぁ……さっきから飛んでくる正体不明の魔力の塊を避けることしかできていないので、踊っているようなものなんだろうが……それにしたって「もっと踊ってみろ」と言われると普通にムカついてくるものだ。

 さっきから戦っていて気が付いたことは幾つかある。まず……俺を挑発するようなことを言いながらも、女神とは一定の距離を保ちながら常に警戒していること。恐らくだが、この謎の次元は女神にとってアウェイの環境であり、完全復活は果たしていないとはいえ魔の者と真正面から戦うのは厳しいものがあるのだと思う。そして、魔の者からしても力が封じられている状態で女神の攻撃に当たる訳は行かない……だから、先ほどから女神が動くと次元そのものを揺らしながら地形を入れ替えて常に距離を取っている。そしてもう一つ気が付いたことがあるのだが……頑なに俺が魔の者の左半身に回り込むことを嫌っている傾向がある。もしかしたら……封印の影響で魔の者は左半身が動かないのかもしれない。俺から見て右手側になるが、走ってそちらに回り込もうとすると何故か女神と同様に遠ざけられてしまう。


『ほら、これはどうだ? 避けられるか?』


 考え事をしながら魔の者の前で踊っていると、足元から深紅の茨が生えてきた。突然のことに反応しきれず、右腕を掠る形になってしまったが、毒などはなかったようで特に変化はない。続けざまに幾つも茨が生えてきたので、なんとか避けながら反撃に疑似・神の射手ホーリーアローを放つが、魔の者に当たる直前の空間で停止してしまう。


『ほぉ! そら、次はこれだ』

「マジかよ」


 再び放たれた茨をちょろっと避けたら、頭上から隕石が複数落下してきた。目視で避けられるのでまだ隕石を避けるのは楽なのだが、同時に地面が割れるような勢いで魔の者から衝撃波が飛んできて、危うく身体が真っ二つにされるところだった。


『ふははは! やはりただの人間ではない……随分と遊び甲斐のある玩具だ』

「人を玩具扱いしてんじゃ──」

『それ』


 くっそ。

 反撃に放った疑似・神の御手ホーリーライトも視線を向けることなく砕かれ、地面の下から無数の手が生えてきた。追いすがるように生えてくる手に気色悪さを感じながらひたすら後ろに下がっていたら、瞬きもしていないのにいきなり魔の者の目の前に戻されていた。


『もっと踊れ! ふははははは! 我が復活するまでの暇潰しには丁度いいではないか!』


 俺が遊ばれていると、横からデザスターのレーザーとシェリーの神の裁きホーリージャッジメントが魔の者に襲い掛かった……が、レーザーは魔の者に触れる前に壁のようなものに阻まれて周囲に拡散し、シェリーの神の裁きホーリージャッジメントの光はまるで気にしていなかった。


「ふぅ……ふっ!」

『おっと』


 余裕そうな表情でこちらを見下していた魔の者だが、なにかを察すると世界をぐちゃぐちゃに掻きまわして俺たちの位置を入れ替えてしまった。同時に、俺の目の前には地面を突き破って天にまで届きそうなほど大きさ光の十字架が生み出されていた。


『いくら我が最強の生物であったとしても、貴様の攻撃を真正面から受けて無事でいられるとは思えんからなぁ……秩序を司るだけはある。混沌を司る我とは真逆の性質よ』

「もう……だからあんまりこの空間で戦いたくなかったんだけどっ!」


 文句を言いながら、女神の背中にいつの間にか出現していた大きな光の翼がはためくと同時に、無数の光弾が超高速で魔の者に向かって飛んでいった。デザスターのレーザーと同様に、魔の者の目の前に存在する壁のようなものに阻まれていた光弾だったが、壁を削るような音を響かせ始めたと思った次の瞬間に、何もない場所でガラスが割れるような音と共に光弾が魔の者に襲い掛かった……が、再び位置を変えて攻撃を避けていた。


『ふむ……我に力を使わせることが目的か?』

「えぇ……貴方がそうやって私の攻撃を避け続ければ、復活は遅くなるでしょう?」

『確かにな。本来ならばそろそろ鎖が全て消えていもおかしくはないのだが……どうにも増えているぞ?』

「さっき増やしたから」


 そう言われてよく見ると、魔の者を縛り付けている鎖の数が増えている気がする。女神は攻撃して魔の者を消耗させながら封印を強めているらしい。


『えぇい面倒な……もっとその者で遊ばせろ』

「はぁ? そんなこと、させる訳ないでしょう。リンネは私にとっても大切な客人なんですから、貴方のような野蛮で混沌な存在に任せられません」

『同じ、世界の性質を司る者ではないか』

「だとしても、貴方は世界に干渉しすぎている。神として、それを見過ごすことはできない!」

『つまらぬ女よ』


 魔の者の右腕から放たれた漆黒の奔流を、女神は視線だけ消し飛ばした。


『リンネ、女神を援護するぞ』

「お、おぉ……俺は踊ってた方が女神の手伝いになる気がしてきたんだが」


 戦闘のスケールが違いすぎてまともに割って入れる気がしない。魔の者が俺で遊んでいる間に、女神が封印をどんどんと強めって言った方がいいと思うんだが……どうなんだろうか。しかし、魔の者に攻撃が届かない理由はわかった……あんなバリアが張られているのならば、そりゃあ攻撃も通らないだろう。まず、攻撃を通すにはあれをなんとかしなければならないんだな。


『ふはは……貴様の相手はつまらん。我の相手をするのは、やはりお前だ』

「なにがそんなに気に入られてるのか俺には全く理解できないんだけどな」


 再び魔の者の目の前に引き寄せられた俺は真正面から飛んできた、世界をそのまま切断してしまいそうな規模の斬撃から逃れるために、頭を働かせる。

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