第19話 ワーム

 ギドの右腕から滲み出るようにして姿を現したのは、人型の黒い影。


「……あれなに?」

「見たこともありませんね」

「魔の者が操る影の刺客だ。やはりギドは魔の者と接触して直接力を受け取っている……でなければあんなモンスターを身体の内側に使役している訳がない」


 影の刺客とやらがギドの右腕から離れ、ゆっくりと立ち上がった次の瞬間には俺とシェリーに向かって走ってきた。多分、狙いは俺とシェリーじゃなくて背後の精霊なんだろうけど……精霊の前にいる俺たちが邪魔だから先に殺してやるみたいな感じがする。


神の裁きホーリージャッジメント

「っと、雷霆サンダーボルト!」


 天から降り注ぐ光によって大半の影の刺客が消し飛ぶ中、すり抜けてこちらに向かって来た影に雷霆サンダーボルトをお見舞いしてやると、しっかりと消し飛んでいく。

 まだ俺は魔法を使いこなせている訳ではないが……上級魔法の威力は確かなものだ。


「邪魔するなっ! 外部の人間には関係ないことだろう!」

「そう言われても、私たちは探索者協会からこの件をしっかりと解決するように言われてますから」

「俺のやらかしのせいでな」

「だから貴方が何を思って暴れているとか関係なく、この件をしっかりと対処しないといけないんです。これは街を救いたいとかではなく、探索者としての資格を停止されないためなんで」

「おいおい……しっかり私を助けてくれよ」


 精霊がなんか言ってるけど、はっきり言ってこの街が滅んだ所で綺麗な水が高くなるぐらいで多分王都には大した影響ないと思うからそこまで興味ないんだよな。勿論、目の前で滅ぼされるのを放置するほど薄情ではないが……滅茶苦茶命をかけてまで助けたいかと言われるとそうでもない。

 それはそれとして、仕事なので手を抜くことはない。


闇の誘いダークコーリング!」

神の御手ホーリーライト


 天から降ってくる光の杭と、対になるように地面を砕きながら上がってきた闇の鎖が衝突し、神の御手ホーリーライトがそのまま闇の鎖を砕いてギドを吹き飛ばす。地面を転がりながら吹き飛ばされたギドは大木の幹に激突して血を吐いていた。


「ぐっ!? な、なんだこの力はっ!?」

「これでもAランクの探索者なので、舐められては困りますね。それに……聖女の名前は伊達ではないので」


 シェリーが扱う神聖魔法はどれも強力無比なもの。魔の者とやらに力を貰ったギド程度では抗うこともまともにできないのだろう。実際、さっきの闇の誘いダークコーリングという魔法は強力そうに見えたが、拮抗することなく一方的に神の御手ホーリーライトに押し負けていたから……少なくともギドとシェリーの力の差は圧倒的なのだろう。

 俺はシェリーの戦いを傍で見ながら、ギドが扱う魔法をしっかりと観察しておく。


「精霊を殺せれば……くっ! 闇の誘いダークコーリング!」

神の御手ホーリーライト……ん?」

「はぁっ! 闇の衝撃シニスターインパクトっ!」

疑似・闇の誘いダークコーリング


 闇の誘いダークコーリングを使用してシェリーの視線を誘導してから、影を移動してこちらに近づいてきて、いきなり意味の分からない魔法を放ってきたので、そのまま疑似再現した闇の誘いダークコーリングをぶつけてやる。

 掌から放たれた衝撃波を切り裂き、腕を貫通した俺の疑似・闇の誘いダークコーリングを受けて、ギドは思考が停止したような表情をしていた。まぁ……いきなり真正面から自分の魔法を受けたらそんな顔にもなるか……それにしても、この闇の魔法は少ない魔力で非常に強力な効果を発揮するんだな。人間が生み出した魔法じゃないのかもしれない。


「闇の魔法をすぐさま再現するとは……お前、まさか神の目を持っているのか?」

「神の目ってなんだよ。初めて聞いた単語だよ」

「あー……女神からなんか貰わなかったか?」

「貰った」

「その力が神の目だ……秩序の女神は魔法を一目見ただけで解析する目を持っていた」


 へー……女神と肩を並べた精霊が言うなら本当のことなのかな? まぁ、今はどうでもいいんだけど。

 腕を貫かれた痛みを感じていないのか、思考が停止していたギドはシェリーに簡単い取り押さえられていた。


「な、なんなんだ……なんなんだよお前はっ!?」

「俺? お前をボコボコにしてたのは俺じゃなくてシェリーの方だろ」

「私はただ魔法を使っていただけですけど、リンネさんみたいに真正面から他人の魔法を使ったりしてないので」

「神聖魔法の方が凶悪だっただろ」


 そりゃあ、俺がいきなり神の御手ホーリーライトを使ってギドの半身を消し飛ばしたとかならわかるけどさ……そこまで酷いことしてないし。そもそも自分の魔法でやられるならまだマシだろ。


「まだっ! まだ私はなにも成していない! まだ私は、まだ私はなにもしていない! こんな所で死ねないんだよ!」

「諦めろ、ここから何をする気なのか知らないけど、そもそもお前は魔の者とやらに利用されているだけでただの捨て駒扱いなんだから、命をかけるまでもないだろう?」

「知ったことか! 私は選ばれた人間なんだ! そうだ……私は神に選ばれた人間! お前たち愚鈍なクズとは違う!」


 あー……駄目だなこれ。こういう風に自分が選ばれた人間だと思い込み始めた人間ってのはどこまで行っても止まることなんてないし、そんなことしても無駄だろみたいなことを言っても聞く訳がない。むしろ、素直に殺してやった方がマシかもしれないぐらいだ。それがわかっているからなのか、シェリーが即座にその首を落として決着を付けようとしたところで精霊が止めた。


「なにか来るぞ」

「は?」


 人を殺すのは駄目的なことを言いだすのかと思ったら、意味の分からないことを言われてちょっと困惑していたら……地面を派手に揺らしながら湖の中から蛇のように長い胴体を持った気持ち悪い生物が飛び出してきた。ミミズのようにも見えるが、頭のような部分から透明な触手みたいな部位が幾つも生えているし……なにより水から飛び出してきたのに平然と空中を泳いでいるのがキモい。

 シェリーがギドを放り投げて魔法を放とうとした瞬間、キラっと頭の部分が光ったのが見えた。同時に、俺は最近自分が使っている魔法と同じ兆候であることに気が付いて、シェリーの腕を思い切り自分の方へと引っ張って抱きしめながら後ろに飛ぶ。


「きゃっ!?」

「あっぶねぇ……」


 俺とシェリーが背後に飛んだ直後、さっきまで立っていた地面に雷が落ちていた。あの気持ち悪いワームみたいなモンスターが放ったのは、俺が最近愛用している雷霆サンダーボルトで間違いないだろう。

 空中を泳ぎながらこちらの様子を窺っていたワームは、そのまま湖の中へと引っ込んでいき……姿を消した。


「あれも、こいつが使役したモンスターか?」

「……死んでますよ?」

「は?」


 ギドの腕を引っ張りながら使役したモンスターなんだったらなんとかしてもらおうかと思ったが、シェリーに言われて初めて死んでいることに気が付いた。


「あのモンスターは使役されていない。恐らく……自らの命と引き換えに召喚したんだろう」

「そこまで恨まれてたのか?」

「さぁな」


 面倒くせぇことになってきたなぁ……あのワームを倒さないと街から帰れないんだろ? しょうがねぇ……シェリーと協力してなんとかするしかないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る