第73話 白亜の街
「止まれ」
白亜の壁に近づいていくと、衛兵らしき人間に止められた。
「お前たち、外から来た人間か?」
「大陸の外から来た人間、ですね」
「そうか」
「入るのに特別な許可が必要でしたか?」
「いや、通行料を払えば通ることはできる。外の人間はな」
「外の人間は、ね」
つまり、スラム街で貧困に喘いでいるような連中はどれだけ金を集めたって通してくれないってことか。どんな分け方することでこんな貧民街と富裕層が住む街として分かたれているかなんて知らないが、あんまり気分がいいものではない。だからと言って、外からやってきただけの俺が何かする訳にもいかないので……ここは我慢して金を払って中に入ろう。
懐から金を取り出そうとした所で、背後にいたシェリーに止められた。
「あの、私たちってこの国のお金持ってないんですけど……大丈夫なんですか?」
「あ」
しまった……そのことを忘れていた。俺たちが持っている金なんて全てがフェラドゥで回っているものだけなんだから、こんな所で金を持っていますって出しても変人として見られるだけな気がするんだが。
「問題ない。フェラドゥとは国交があるから、俺たちだって通貨の両替ぐらいはできる」
「あ、そうなんですか。どれくらい払えばいいんですか?」
「外から来た2人だと、これくらいだな」
「え」
マニュアルのような紙を見せられて、俺とシェリーは固まった。なにせ、そこに書いてる金額は……フェラドゥならパン1個すらまともに買えないような値段。子供のお小遣い以下の値段だったのだ。
「どうした? まさか足りないのか?」
「いえ、足りるんですけど……」
これは……フェラドゥの力が強すぎるのか、砂漠のド真ん中に存在しているこの街の立場が弱すぎるのかわからないが、余りにも値段が低すぎる。思わず自分の目を疑ってシェリーと顔を見合わせてしまった。
衛兵の手の上に小銭を幾つか置くと、それを丁寧に数えてから満足気に頷いていた。
「よし、入って良いぞ」
すごい上機嫌なんだけど……余りにも値段が安すぎてそんな細かいお金がなかったからちょっと価値が高い硬貨を渡したからかな。値段が違うぞと突き返されずに、そのまま懐にしまったってことは、チップみたいな文化があるってことだよな。
よくわからないままに門を潜り抜けて俺とシェリーは街の中へと足を踏み入れ……その光景に唖然としてしまった。
少し遠くに見える広場には噴水が存在し、広場を中心として幾つもの道が四方へと向かって伸びている。大理石のような白い石材によって建てられた建物群は外のスラム街とは別世界のような高級さを漂わせ、砂漠地帯であるにも関わらずまるで高温を感じない。街全体が空調で整備されているかのような適温に思わず困惑していると、小さな少年が俺の足元へと駆け寄ってきた。
「お兄さん旅の人!?」
「あ、あぁ……そうだよ」
「そうなんだ! 街は初めてでしょ?」
「なんで?」
「初めてここに来た人はみんなそうやって街をぼーっと見るんだって、お母さんが言ってたから」
そりゃあ、そうだろうな。
あんなスラム街を抜けて金を払った先に出てくる街がこんなものだと、確かに誰もが驚くだろう。オアシスを中心とした街なんて言われているからどんなものかと思ったら、まさかこんな美しい街並みがでてくるとは微塵も予想していなかったのだから。それにしても……これだけの貧富の差があることを考えると、中の人間はきっと外の人間のことを人間としてすら扱っていないんだろうな。
「何処から来たの!?」
「海を越えた大陸からな」
「あ、迷宮のある場所から来たの!? すごい! 迷宮に入ったことある!?」
こんな子供がフェラドゥの地下迷宮を知っていることに少し驚いてしまったのだが、あの迷宮を目指して生まれた大陸を飛び出してやってくる人が多いと言うのだから、きっとそれだけ有名なのだろう。そして、恐らくはこの少年はモンスターと戦う探索者や騎士に憧れているのだろう。小さな体に見合った棒切れを剣に見立てて腰に差しているのがその証拠だ。
「こら、旅の人を質問攻めにするんじゃありません」
「あ、ごめんなさい」
「うちの息子がすいません」
「いや……」
身なりは確かに金を持っていそうな服装ではあったが、あんまり金持ちって性格ではなさそうな普通の女性が少年の頭を軽く叩いて叱っていた。
横でシェリーが居心地悪そうに身体を動かしているのを感じたが、俺も同じような感覚だ。なんだか……この街は歪なんだ。貧民街と富裕層で分けて生活しているのに、中で生活している彼女たちからは貴族や金を持っている人間特有の雰囲気が無いし、なんなら外の人間に対してなにか感情を抱いている雰囲気もない。これだけ特権階級のような生き方をしていたら、外から来た人間のことをスラム街の連中と同じだと蔑みそうなものだが、そういうのも感じられない。なのに、彼女たちは富裕層として生活しているのだ。
はっきりとここがおかしい、とは断言できないが……とにかくこの街は何処かがおかしい。そう感じられる違和感があった。
「すいません。砂漠の真ん中にある迷宮に行きたいのですが、それに関して情報を得られる場所はありませんか?」
「砂漠の迷宮? うーん……あれは王族の皆様が管理しているものだから、多分王様の許可がないと入れないんじゃないかしら」
「王族が……そう、ですか」
「あんまり力になれなくてごめんなさいね?」
「いえ……ちょっとでも情報が得られたので、助かりました」
そこで少年とその母親とは別れたのだが……俺はシェリーに視線を向けた。
「王族に許可を取らないと入れない迷宮って、入れる可能性あるかな?」
「ほぼないと思った方がいいんじゃないですか? 王族が管理しているってことは、それなりに重要な何かが存在しているのか、それとも王族のルーツに関わるものである可能性がありますから」
そうなんだよなぁ……フェラドゥの王族にもそんなものがあって、確かに「なんとかの霊廟」とか言う歴代国王の遺骨が納められている場所があるとかないとか。きっと砂漠の迷宮はこの街の王族にとってそんな価値のあるものなのだろう。そして、そんな場所に余所者を入れてくれるかと言ったら……まぁ、無理だろうな。
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