第65話 白き神獣

 未開の孤島、と言ってもそこまで大きな島ではないので探索するのことがそれほど難しい訳ではない。森が存在していて、人間が入ることは想定されていないので歩きにくい部分はあるが、歩けないほどではないのでずんずんと進んでいける。

 俺たちが島について最初にこちらに飛んできた衝撃から数十分が経過したが、流石に先ほどのような衝撃波は起きていないのだが……再び島が揺れるような音と共に戦闘の音が聞こえ始めた。

 もし、本当に神獣がこの島にいて魔の者が使役しているモンスターと戦い続けているのだとしたら、とんでもないことだと俺は思う。天へと昇っていった光の柱、その後に島全体を揺らすような衝撃を放った魔法……そんな攻撃をしなければならないような敵がこんな高頻度で現れているのだとしたら、魔の者と全面戦争をして勝てる気がしない。何度も違う敵と戦っているではなく、1体の敵と戦い続けているのだとしたら、それはそれで勝てる気がしない。神獣がどれだけの力を持っているのかもわからないが、少なくとも魔の者はやはり人間が単独でなんとかできる存在ではないのだなと改めて思い知らされた形になる。


「うぉ……これ、近づいて大丈夫なのか?」

「近づかないと何が起きているのかも把握できないんですよ? それに、神獣が戦っているのだとしたら加勢してあげたいとも思いますし」

「そうだな……だが、俺たちの方が足手まといになる可能性はある」

「その時は一目散に逃げるしかないですね」


 神獣には悪いと思うが、流石に俺たちが足手まといになってしまうのならばさっさと逃げるに限る。実際にどんな敵とどのようにして戦っているのかはまだ誰にもわからないが、あの光の柱でなければ倒せないような敵なのだとしたら俺たちではキツイかもしれない。


「光……そろそろ、森を抜けそうですね」

「気を付けてね」


 シェリーが森の木々から見えた光を見て、そろそろ森を抜けそうだと言っている。森を抜けた先が崖際だったとかになったら大変なので先に警告しておくと、シェリーはわかっていますとも、みたいな顔をしながらもずんずんと進んでいく。本当にわかっているのか疑問だが、あれだけ自信を持って未知の場所を歩けるのは迷宮探索者としての経験からなのか。俺は少し臆病なぐらいに進んでいるんだけどな。

 木々を振り払いながらようやく森を抜けた先に待っていたのは、崖なんじゃないかと錯覚するほどの急勾配の下り坂。そして、眼下に広がる広大な森と……その森の木々よりも大きな身体を持った白き獅子が黒い山羊のようなモンスターの首を噛み千切り、口からビームを放つ光景だった。


「え」

「うーん……予想外だな」


 神獣なんて言われているぐらいだから威厳のある姿なんだろうなと思っていたのだが、まさかどう見ても数十メートルサイズの怪獣とは思わなかった。鬱蒼とした森と切り立った山々が島の海岸から見えていたので、どやって船の乗組員は白いモンスターと黒いモンスターを発見したんだよと思っていたのだが、これなら確かに高く飛び上がっただけですぐに姿が見えるだろうな。

 獅子が口から放ったビームは竜の伊吹ドラゴンブレスすらも可愛く見える威力で、森の一部を消し飛ばしながら黒山羊の身体を溶断してしまった。


「あれが神獣……とんでもない大きさに、とんでもない威力の魔法」

「俺たちが敵う相手じゃないかもしれませんね」

「それは……どっちに対してだ?」


 オーバが聞いてきたどっち、と言うのは俺たちが神獣に勝てないのか、それともさっき消し飛ばされた黒山羊に勝てないのかどっちなんだと言っているんだと思うが、正直どっちにも勝てるか怪しいだろう。


「おーいっ!」

「いっ!? な、なにしてんだ!?」

「え? 私たちは彼に会いに来たんですから、しっかりと声をかけないと」


 まだ敵か味方かもわかっていないような状態で、シェリーが大声を出して神獣を呼ぶ。それに対して神獣の存在感と力に口をあんぐりとさせていたクロトが勢いよくシェリーに近寄って抗議するが、シェリーは何の文句があるんだと言わんばかりに胸を張っていた。


『ほぉ……人間が私に会いに来るとは珍しいこともあるものだ』

「あ、喋った」


 少し離れているんじゃないかと思っていたが、神獣はなんの問題もないと言わんばかりにこちらに視線を向けて言葉を発した。口から音を発していると言うよりは、魔力を振動させて声のように響かせていると言う感じだ。まぁ、獅子は人間と声帯の作りが違うのだから、喋るにはそういうことをする必要があるってことなんだろうな。


『しかし、そこの少女と隣にいる男は随分と懐かしい気配を纏っているな。特にそっちの男……お前が纏っている外套は、女神のものだな?』

「あー……うん」

「そうだったのか……」


 女神の外套に関してはまだクロトたちには話せていなかったのだが、白き獅子は見ただけでわかるらしい。 

 ずしずしと大地を揺らしながら近寄ってきた獅子は、俺たちが何故ここに来たのかを考えているのか、少し唸っていた。


『いや、ここまで近寄ったからこそわかる。お前……』

「あんまり言わないでくれるか?」

『わかっている。しかし、お前のその力は人間には余りあるものだろう。よくここまで無事に生きてこれたものだ……魔の者とは戦わなかったのか?』

「何回か」

『そうか。幸運だな』

「違いない」


 この白き神獣は俺の持っている力を近づいて見るだけで理解したのだろう。そして、同時にその力を持っている俺に対して魔の者がなにかしらのちょっかいを駆けてくることも理解している。女神の外套を持ち、女神から授かった力を持っている人間が会いに来た。それだけで今回、何故俺とシェリーが自分に会いに来たのかをしっかりと理解したうえで、神獣は鼻でそれを笑っていた。


『人間の力で奴に対してどこまで抗えるのか、私は知らんぞ』

「そうか。けど、今回来た理由は2つ」

「2つ? 依頼だけじゃないのか?」

「1つは、秩序の女神を信仰する人間たちが貴方のことを心配していたからだ」

『心配? 相も変わらず女神の近くにいる人間は自らのことよりも他人のことばかり気に掛ける馬鹿ばかりのようだな』


 言いたいことはわかる。そして、口にはしなかったが神獣の言葉もまた、自分よりも他人を優先している様にしか聞こえない。


「もう1つは……封印されている力、魂、肉体について聞きたい」

『……そうか! お前はただ力を託されただけではなく、声を聞き、意志までも……なるほどなるほど……だから私に会いに来た、と』


 どうやら、表層部分については理解していたが深くは理解できていなかったようだ。しかし、主語を抜いた言葉だけでしっかりと神獣はこちらの意思をくみ取ってくれた。


『勿論協力しよう……と言いたいのだが、な?』


 そう言いながら、ちらりと神獣は自らの背後に視線を向けた。そこには……大地を割って地の底から黒色の山羊のようなモンスターが現れた。その姿は、先ほど神獣によって消し飛ばされたものと全く同じだ。

 どうやら、神獣もまた面倒な仕事をしている最中の様だ。なんとか解決しないと、話の続きは難しいだろう。

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