第69話 幻影の砂漠

 広大な大陸にひたすら広がる砂漠……その砂漠を身一つで歩いているとなんの修行をしているのかと思うこともあるが、これも世界を救う為なのだから我慢するべきだろう。

 女神に仕えたと言われる白き神獣デザスターと出会い、彼から孤島より更に南に行ったところにある大陸、その砂漠のオアシスに封印された秩序の女神の力、そのヒントがあるかもしれないと言われて俺とシェリーは南の大陸を訪れていた。

 デザスターはこの砂漠は女神と戦争で両者が最初に争った場所であると言っていたが、今のところはそのような痕跡は一切見られない……と言うか、歩いても歩いても砂漠ばかりで段々と辟易としてきたところだ。


「オアシスなんて本当にあるのか?」

「あ、ありますよ。実際、そのオアシスから来たって人もフェラドゥにいるんですから」

「ならその場所を教えてもらって来ればよかったな……そうしたらこんな風に歩き続けなくてもよかったかもしれない」

「これ、一応は貰った地図に即して歩いているんですけどね」


 それでこれとか……この砂漠に住んでる人たちは頭おかしいよ。

 便利な世の中に慣れ切った人間からすると、こんな砂漠を長々と歩くってこと自体が考えられないって言うのに……そもそも、俺がオアシスの存在を疑問視し始めているのは、あまりにも人間の痕跡が見当たらないからだ。普通、整備したような跡があったりするものだと思うんだが、どうにもそんなものすら見つからないので、本当に人が住んでいるのかどうかを怪しんでいるのだ。

 砂漠なのでやはり足跡なんかは簡単に消えてしまうのだろうが、それでも何の目印も立てないまま生活するのだろうか? それとも……余所者である俺たちには見えないなにかしらの目印がしっかりと置かれているのか。


「さっきから変なのは後を追ってくるし……意味わからないし」

「え?」


 俺の言葉を聞いてシェリーが後ろを振り向いた。俺はずっと前から気が付いていたのだが、どうやらシェリーは気が付いていなかったらしい。てっきり、シェリーも気が付きながらそのまま放置しているもんだと思ったんだが……俺の方が野性の勘は優れていると言うことだろうか。まぁ、シェリーは地図を睨んでいたからそれも関係しているんだろうけど。

 俺たちの背後をつけ狙う様に追いかけて来ていたのは、ミミズのような長い胴体を持ったよくわからないモンスター。多分、サンドワームとか名前がついていそうなモンスターなんだが……どうやらこちらに襲い掛かってくる訳ではないらしい。それよりも更に背後からサソリのようなモンスターが飛び出してきて、更に更に上から鷲のような大きな鳥型のモンスターがサソリを狙って降りてきた。


「……食物連鎖ですか?」

「まぁ、そうだろうな。結局、モンスターってのは魔の者によって生み出された対女神用の生物兵器な訳だが、女神との戦いに負けてからモンスターは自然に定着してしまったから、こうして独自に進化していったんじゃないかな」


 魔の者の影響を色濃く残す悪魔のようなモンスターたちは、先ほどのモンスターたちのように物を食ったりはしない。厳密に言うとモンスターは生物ではないということの証明のようなものだが、結果的には魔の者の手から放れたモンスターたちは本能によって生き残る術を手に入れて進化していったのだ。ドラゴンが、その頂点に君臨している訳だが。


「走るぞ!」

「はい!」


 ミミズ、サソリ、鷲……全てのモンスターが俺たちに目もくれずにひたすらに生存競争を続けている。しかし、全てのモンスターが巨大なので直接攻撃することはなくても巻き上げられた砂で方向を見失ったり、攻撃に巻き込まれる可能性は高いので逃げるに限る。



 モンスターたちの戦いから逃げるように走り続け……ふと気が付くと緑の草木が生い茂る場所に着いていた。


「これが、オアシス!」

「……いや、幻覚だろ」

「え?」


 砂漠から突然緑色の植物が生い茂る場所にやってきたらオアシスよりも先にそっちを疑った方がいいと思う。砂漠のオアシスと言えども、こんな鬱蒼とした森を形成できるほどの恩恵はないだろうし、なにより周辺からモンスターの気配を感じる。幻覚を生み出しているのがモンスターなのか、それとも幻覚によって騙された人間を狙っているのか知らないが、どちらにせよこんな場所がオアシスな訳がない。

 しかし……目の前の景色が幻覚だとわかりながらも、それを破る手段がないので俺とシェリーはゆっくりと、慎重に進むしかない。


「こんな規模の幻覚を生み出すことができるモンスターがいるってことですよね? それって……どんな怪物なんでしょう」

「デザスターがモンスターに気をつけろって言ってたのがわかるな」


 シェリーの言う通り、これだけの規模の幻覚を引き起こすことができる能力なんて普通はあり得ない。人間には魔力量の限界があるように、モンスターにだってある程度の限界は存在している。人間よりも遥かに魔力量が多いモンスターだっているが、それにしてもこれだけの幻覚を維持し続けている状況が異常なのだ。

 森の幻覚だと理解しながら歩いていると、やはり足は砂を歩いているような感触がしてくる。さっきまでは土の上を歩いていたような気がしたのに……ゆっくりとだが、もしかしたら幻覚の範囲外に出ているのかもしれない。


「──だよ、こいつは」

「ん?」


 今、声が聞こえた気がしたが……この幻覚を見せられている他の人間がいるのだろうか?


「シェリー……シェリー?」


 ふと、横に視線を向けるとそこにシェリーの姿がなかった。さっきまで、確かに俺の横を歩いて喋っていたはずのシェリーがいなくなっている。それを認識してから、初めて俺の心に焦りが生まれた。

 まず、頭の中に最初に浮かんだ疑問は「何処からなのか」というものだった。何処からが幻覚で、何処までが幻覚じゃなかったのか……それがわからない。

 いたはずのシェリーが消えてしまったと言うことは、俺はこれを幻覚だと理解しながらも幻覚に囚われていたことになる。いや、そもそも俺が幻覚を見抜いているということ自体が幻覚なのかもしれない……なんて、堂々巡りなことを考えていても仕方がない。なので……ここは少々大胆な方法でいこう。


白の太陽サンライズ


 魔力を解放し、両手を広げると……背後に小さな白い太陽が生み出される。それは白き神獣デザスターが扱っていた魔法に、俺が勝手に名前を付けたものだ。

 極限まで圧縮された魔力の炎を背負い、俺は周囲に視線を向ける。幻覚を見せているのがモンスターなのだとしたら……これでなんとかなるだろう。俺はそう思いながら白の太陽サンライズを破裂させた。

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