第99話 魂の行方

 かしゃん、という軽い音と共に世界が割れた。

 パラパラと空から降り注ぐガラスのような魔力の欠片を見つめていると、怒りの形相をした国王がこちらに向かって突っ込んできた。虚を突かれた行動だったのでシェリーとデザスターも反応できなかったようだが、俺はギリギリで反応できていたのでなんとか腕を掴んで攻撃を受け止めることができた。


「貴様ぁっ!」

「なんだよ……やっぱり自分の領域が破壊されるのは気分が悪いのか? そりゃあ悪かったな……できないなんて大口叩いてたから、破壊したくてしょうがなかったんだよ!」


 俺が破壊したのは、無限に広がっていた国王の領域。空が割れ、ゆっくりと世界そのものが崩壊していく光景の中で国王が怒りの表情のままひたすらに俺の命を狙って攻撃してくるが、既に全てを自由自在に動かせる領域は崩壊しているので、防ぐことも避けることも容易い。逆に、俺が広げた侵食する闇ナイトメアはまだ健在なので、俺の方が有利な状況かもしれない。

 吹き飛んだ領域の外には、当然ながら俺たちが足を踏み入れた王城の廊下が広がっていた。領域内で自由に大きさを変えていたデザスターは、世界が廊下になった瞬間に壁と天井を破壊してその場に立っていた。領域内は単純に外と同じ大きさではなかったということだろう……まぁ、外の分の大きさだったら街まで続いているような範囲の領域だったから、そうだろうなとは思ってたんだけども。


「な、なんの音だっ!?」

「やべぇ」


 国王が操っていた幻影の騎士はいいのだが、本当の騎士団にこの光景を見られたらかなり面倒なことになるのはわかり切っている。なにせ、目の前のこいつがどれだけクズだったとしても、国王であることには変わりがないのだから、騎士団からすると俺たちは城内に忍び込んで国王の命を狙っているとんでもない賊ってことになる。

 掴んでいた腕を放し、胴体に蹴りを入れて距離を取ろうとしたが、今度は俺が攻撃を受け止められてしまった。すぐさまシェリーが俺の援護に入ろうとしてくれたが、それよりも速く幻影の騎士が現れてシェリーを取り囲んでしまった。


「曲者としてこのまま処刑してやろうか?」

「遠慮しとく……疑似・神の裁きホーリージャッジメント

「ぬぅっ!?」


 俺が神聖魔法を使えないなんてことはないからな。

 掴んでいた俺の足を放してさっさと逃げようとしていたので、再び俺が国王の腕を掴んで神の裁きホーリージャッジメントの真下で動きを止める。


「は、放せっ!?」

「嫌だよ……もうこれ以上戦いが長引くのはごめんだ」

「ぐぎぇっ!?」


 天から光が降り注ぐと同時に、国王は若返っていた半身が光によって溶け始め、悲鳴のような断末魔のようなよくわからない声を口から発しながらその場に座り込み、ゆっくりと光に焼かれていた。


「お、お助けくださいっ! 儂が死んでしまえば、貴方様も女神の力を得ることができなくなるのですよっ!? こ、このままでは儂は、あ、あぁ……おおおおおおおぉぉぉぉっ!?」

「なっ!?」

『リンネ、離れろっ!』


 虚空へと向かって命乞いをしていた国王だが、突然苦しみだしたと思ったら身体が膨張して弾け飛んだ。デザスターの警告を聞いて腕を放してから逃げたのだが、特にこちらに衝撃があった訳でもなく……国王の身体がただ膨張して弾け飛んだ。肉片と血液が周囲に散らばり、シェリーを取り囲んでいた幻影の騎士たちが姿を消してしまったことから……恐らくだが、魔の者によって殺されたのだろう。やはり、所詮は女神の魂から力を得るためだけに生かしていた存在って訳か……容赦はないらしい。仮にも数百年間も手を組んでいたはずの相手を、こうまで無慈悲に殺せるとは……やはり敵は人間には当たり前に存在している情というものがないようだ。最初からそんなものがあるとは期待していなかったが、実際にそれを目の前で見せつけられると嫌な気分だ。


「こっちから聞こえて来たぞ!」

「やばいな……さっさと逃げるか」

「女神様の魂を回収していません!」

「そ、そうだった……国王を殺せば全てが解決だとばかり思ってたんだが」


 それを忘れていた。当初の想定だと、国王が身体の内に隠し持っているぐらいの認識だったから……不老の原因が魔の者による力だと判明していた時点で、女神の魂を身体の内に取り込んでいるみたいなことではなかったんだよな。


『どうする?』

「……デザスター」

『はぁ……やはりそうなるか』


 ちょっと酷なことを頼むことになってしまうが……今はそれしか方法がない状況だ。白き神獣にそんなことを頼むのは自分でもどうかと思うのだが、俺とシェリーが姿を見られるよりは、マシと考えるべきだろう。

 俺の考えを理解してくれたデザスターは、身体を少し縮ませながら全ての魔法を解除してそのまま騎士たちの声がした方向へと駆けて行った。


『ぐるぁっ!』

「なっ!? モンスターだと!?」

「何故城内にモンスターがいる! 見張りは何をしていた!」

「その話は後だ! 今はあのモンスターを殺せ!」


 城内に入り込んだモンスターのように振舞ってくれたデザスターによって、騎士たちはそちらに注目せざるを得ない。その隙に俺とシェリーはデザスターが破壊した天井から2階へと忍び込む。


「国王が過ごしている部屋の場所とかわかるか?」

「わかりませんよ……そもそも、国王は王城から屋敷に帰って毎日睡眠を取っているって嘘の情報だったみたいですし」

「城にいたもんなぁ……でも、城にいたってことは、この城の内部の何処かに女神の魂が隠されているかもしれないってことだろ?」

「そう……ですか?」


 無かったらその時に考える。

 とにかく、城の中をしらみつぶしに探してみるしかない……幸いなことに、騎士たちはデザスターが全て引き付けてくれているので、城内を巡回しているような人間はいない。静かに動き必要もないだろう。

 下の階からは壁を破壊するような音と共に、騎士たちの悲鳴らしきものも聞こえてきているんだが……殺してはないよな? 今は様子を見に行くこともできないからとにかくデザスターを信じるしかできないんだが……本当に大丈夫なんだろうか。

 いや、今はとにかくひたすらに女神の魂を探索して、さっさとこの城を出ることだけ考えよう。下の階から再び壁をド派手に破壊するような音が聞こえてきたが、敢えて無視しながら俺はシェリーと共に廊下を走り出した。

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