第75話 砂漠の迷宮
「星が綺麗だ」
「遮るものがないですからね……人工の明かりもありませんし」
サンドリザードに乗って砂漠を走り続けていたが、夜になる前にさっさと安全そうで寒さを凌げる場所を確保して野宿を初めていた。2匹のサンドリザードも、俺たちが持ってきた水とそこら辺の砂を食べてから速攻で眠りについている。
こんな砂漠のド真ん中で安心して眠れるほどに神経が図太くない俺が星空を眺めていたら、いつの間にか横にシェリーがやってきて……そのまま2人で星を眺めている。
「知ってますか? 天に浮かぶ星は女神様が生み出したものなんだそうですよ」
「へー……そう言う話、あんまり聞いたことないな」
「ですよね。リンネさんはそう言うことにあんまり興味が無い人だと思っていましたから。だから、今日は私が色々と教えてあげます」
「いや、別にそこまで教えて貰わなくても……まぁ、折角だから聞こうかな」
別にあんまり興味ないから聞かなくてもいいって言おうとしたら、シェリーの顔が露骨に落ち込んでいたので訂正して話を聞くことにした。
満面の笑みで語り始めたシェリーの話を要約すると、太陽が沈み月が昇るだけの世界ではあまりにも暗すぎるため、人々の道しるべとなる為に女神が天に星を浮かべたのだとか。だから太陽が出ている時間には輝くことはなく、夜の時間にだけ輝くとか……まぁ、ちょっとありがちな話だと思う。
実際、俺が今すぐ宇宙に飛んでいくような能力なんてないから確かめられないが、この世界でもこの地上の外には宇宙が広がっていて、別の恒星がああして輝いているのだろうか。そもそも、この世界の太陽はこの大地から光の速度で数分かかる距離に存在しているのだろうか……気にしても仕方のないことばかりが頭に思い浮かんでくる。
「あの少し赤色っぽい星は、女神の傷と言って、女神様が道しるべとして星を生み出した時に手を汚してしまったから、あの星だけ赤いんです」
「そうなんだ……女神って結構おっちょこちょいなんだな」
「そんなこと……あるかも?」
「それはシェリーの中でありなんだな」
シェリーの中の女神がどんな存在なのかイマイチわからん。凄い尊敬している相手であり、信仰している神でありながらもこうして時折ちょっと変な感じに解釈している所がある。なんとも都合のいい信仰と言うか……割とシェリーは現実的に割り切っている部分があって、女神に祈ったところで何事も解決する訳ではないぐらいの感覚でいると思うんだ。実際に女神と会話したことがあるからこそ、実際に存在する者を信仰していると自覚しているシェリーは、できないことはできないのだろうと割り切っているのだ。女神と言えば、万能で祈った人に救いを与える者みたいな扱いになっているはずなのに、シェリーはそんなこと微塵も思っていない。
ちょっと興奮気味に喋るシェリーと俺の間に、砂漠の冷たい風が吹き抜ける。砂漠と言うのは昼は暑くて夜は寒い最悪な場所だ。シェリーが寒そうに身を縮こまっているのを見て、俺は溜息を吐きながら自分が纏っていた外套をシェリーにかけてやる。
「え!? い、いいです! リンネさんだって寒いじゃないですか!」
「俺は別にそこまで寒くない」
嘘である。
「うぅ……ちょっと、優しくて困ってしまいます」
「この程度で優しいって言われてもな……さっさと寝るか」
寒さを紛らわせるためにもさっさと寝た方が早いだろう。極寒地帯のように寝たら死ぬってほど気温が低い訳ではないからな……精々、10度を下回るぐらいだろう。
「あの……一緒に、寝ませんか?」
「いいけど……朝になって暑いって怒るなよ?」
「なっ!?」
一緒に寝たらドキドキするって感じの反応を期待してたのかな? まぁ……実際に滅茶苦茶ドキドキするし、勘弁してくれよとは思っているけど……それを表に出さなければ問題なし。別にシェリーのことを女性として意識していない訳ではないからな……と言うか、そこら辺の話は2人で活動するって時に色々と話したから、お互いに気持ちは知っているはずだ。まぁ……シェリー的には恋人みたいな雰囲気にならないからちょっと焦っているみたいな感覚なのかもしれないけどな。
夜が明け、サンドリザードに乗って再び砂漠を駆ける。砂嵐と石から伸びる光の線以外に全く変わり映えのしない風景のせいで、時間感覚も距離の感覚も曖昧になってきている。サンドリザードはそもそも最初からそんなことを気にせず、朝になったら走って夜になったら寝るぐらいのことしか考えていないんだろうが……自分が何処まで来たのかわからなくて俺はちょっと心に来ている。
元々、自分の精神が強い方ではないと自覚している。精神が強かったら俺はきっと『竜の伊吹』で迷宮探索者としてそれなりの成功を収められていたはずだから。俺の精神は凡人のそれだ……だから、この無限に続くように思える砂漠では正気を保つことだけを考えていればいい。幸い、歩くのはサンドリザードがやってくれる。後は……シェリーの足を引っ張らないことだけだ。
「あ……」
「幻じゃ、ないよな?」
どれだけの時間、サンドリザードの上に乗って走っていたのだろうか。時間で言えば1回しか夜を越していないはずなのに、まるで数週間は砂漠の上を歩いていたような感覚だ。これは、やはりひたすらに変わり映えのない砂塵の中を進んでいたからだろうか。だが、それももう終わりだ。
「これが、迷宮」
目の前に存在している、石造りの巨大な門が俺たちを現実へと引き戻す。
盗賊の男が言っていた女神が作ったと言われる迷宮……ここに辿り着いたと言うことは、俺たちはサンドリザードに乗って砂漠の、この大陸の中心にやってきたってことになる。誰がどうやってそんな地形の細かな部分を把握したのかわからないほど、変わり映えのない砂漠だったが、なんとか発狂する前に辿り着けた。
「サンドリザードはここに置いていくしかないんだが……水は置いていくよ」
ここまで俺とシェリーを運んでくれたサンドリザードは、特に疲れた様子も見せずに目の前に差し出された水を飲んでいた。俺にもそのタフさがあれば、ここに辿り着いた時にもう少し元気だったかもなと思いながらも、俺は振り返って迷宮の入り口に視線を向ける。
「衛兵でもいるかと思ったけど、流石にここまで街から離れた場所だといないか」
「当たり前ですよ。こんな場所に住み込みで働いている人がいたしたら、とんでもない苦行ですよ」
「もはや拷問だよな」
ま、くだらない話は放っておいて……さっさと入るか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます